47.で、どうするの?
旅行から帰ってきて数日が経った頃。
ようやく優奈側の都合がついたので、前に約束した通りに2人きりで話をすることになった。
ちなみになぜ遅くなったのかというと、単純に優奈が夏休みの課題をやっていなかっただけである。
そういうことなので、今日は綾乃との生活は一旦お休みだ。
8月も終盤とはいえ、まだまだ茹だるような暑さが続いているので、優心はクーラーをガンガンに効かせていた。いつもであれば綾乃に『電気代が無駄になる』と言われているところだが。
「あー…あっついなぁ………」
いくらクーラーが効いていようとも暑いものは暑い。ただあまり温度を下げすぎると風邪を引きかねないので、代わりに風量を上げる。それにこっちの方が電気代は安上がりだしな。こういった知識も綾乃との生活の賜物だろう。
それに今日は優奈が初めて家に来るからな。出来る限り快適にしておかなければ。
部屋を片付け終えて、後は優奈を待つだけ。
幸い、インターホンはすぐに鳴った。
「はーい、今行きますよっと」
「おはよ、お兄ちゃん」
「………………え?いや、どうやって入ってきたんだ?」
なんか鍵開いてるんだけど。俺、ちゃんと鍵を閉めたか確認したんだけど。
まさかと思って優奈の手を見る。だが優奈は両手を後ろで握っていた。
「お兄ちゃん、おはようは?」
「優奈、その前にまず質問に答えてくれ」
「鍵、開いてたよ?」
「そんなわけないだろ。ほらその手の中身、見せてみろ」
ただ握っているだけじゃない、強く握りしめているのだ。まるで両手で何かを隠すように。
「ほんとに鋭いんだから。はい、誠治叔父さんにもらった合鍵だよ」
「………あれ、これって大和さんのやつだよな?」
「そのことなんだけど叔父さんが、『僕にはもう必要無いから、優奈ちゃんが持っててくれ』って」
「そうか………」
つまり、もう俺の様子を見に来ない、そういうことなんだろうな。
「安心して、これからは私が様子を見に来るから。私の部屋も用意してくれてるみたいだし」
「ちょっと待て。優奈の部屋なんか無いと思うんだが………」
「えっ?でも叔父さんが入ってすぐの左の部屋って言ってたけど」
何だって?確かにその部屋は大和さんが使っていたが、俺は入らないよう念を押されていた。それに来客用だって言ってたと思うんだが………そういえばあの人と綾乃以外で来客なんか無かったな………
うん、悲しくなるからやめよう。
「とりあえず入ってみてくれ。俺はその部屋には入らないよう言われててね」
「そうなの?それじゃ遠慮なく」
優心は扉から離れる。誠治が見ていないのに約束を守るところはさすがと言うべきか。
その行動もすぐに意味を為さなくなったが。
「ええっ!?なんでぇ!?」
部屋から優奈の悲鳴が聞こえてくる。優心は思わず様子を見に行ってしまった。
「優奈?どうかしたか?………って、何だこれ」
「いやこっちが聞きたいんだけど!?」
大和さんだけが使っていたはずのその部屋は、いつの間にか女の子らしい部屋に改造されていた。
「これ、私の部屋と全く同じなんだけど………」
「何それ怖い」
「家具の配置、本棚の順番に写真立ての場所も…何から何まで全部一緒なんだけどぉ!?ねえどういうことか説明してよお兄ちゃん!」
うん分かった。分かったから首元を掴んで揺らすのはやめてくれ。それ首が締まってるから………うっ。
口から意味のある言葉が発せないことを理解した優心は、対話と意識を早々に放棄した。
「ちょっとお兄………………あ」
優心の身体から力が抜けたところで、ようやく優奈は首を絞めていたことに気がついたのだった。
幸い、優心が気を失っていたのは一瞬のことですぐに目覚めた。
真っ先に目に入ったのは、土下座する優奈の姿であった。
「えーっと、何してんの?」
「首絞めてごめんなさい」
「いやそこまでしなくていいよ。混乱する気持ちは分かるし」
「でもぉ………」
さすがは俺の妹、自罰思考がすごいな。
でも俺みたいになってほしくはないので、そこは注意しなきゃな。
「俺がいいって言ってるんだからいいんだよ。あんまり気にしすぎると、いつか取り返しがつかないことになっちゃうから」
「だってお兄ちゃんまで死んじゃったらどうしようって………私…………わたしぃ………」
うえぇぇぇぇん、と優奈はその場で泣き出してしまう。優奈の気持ちはよく分かる。だって俺たちは似た者同士なのだから。
しかし泣かれるとは思わなかったな……… まあ優奈も長いこと会ってなかったし、寂しかったのかもな。
………さすがに自意識過剰すぎるか。今のは忘れて優奈を宥めよう。
「大丈夫、優奈は俺よりも賢いからそうならないと思うよ。ただ、今よりももっと自分を大事にしような」
「………ぐすっ………うん。お兄ちゃんがそう言うなら、そうする。でも私はお兄ちゃんより賢くないから。………だから…もしそうなったら、お兄ちゃんが助けてね?」
「当たり前だ。妹を守るのは、お兄ちゃんの役目だからな」
安心させるように笑ってみせる。すると優奈も釣られたように、あははっと笑い出す。
少し腫れた目には、涙は無かった。
さて、優奈がここに来た理由を忘れてはいけない。
何をするために来たのか?そう、これまでのこと、そしてこれからのことを話すためだ。
部屋を紹介しただけで満足しそうになっていたが、二人ともなんとか思い出したようだ。
「それで優奈、先にこれからのことを話しておきたいんだけど」
「そうだね。とりあえず、私は今まで通り秋津優奈として暮らすよ。急に妹でしたーって言っても混乱させるだけだし」
「学校でも今まで通り他人でいいか?」
「寂しいけど仕方ないね。でも特別仲が良い子には教えてもいいでしょ?」
「まあそれくらいならいいか。俺も綾乃とか春馬には教えたし」
あ、そういえば聞かなきゃいけないことがあったな。
「その春馬のことなんだけど」
「あ、聞いたんだ。まあ協力してもらうには丁度良かったんだよ」
誤魔化されたな。優奈がこう言うってことは、本当に話せない事情があるのか。俺は全面的に優奈の味方だからこれ以上は聞かないが。
「それよりもお兄ちゃん。お義姉様は?」
「今日は来ないように言ってあるけど」
「じゃあ丁度いいね。ねえ、好きなんでしょ?」
「………!?………な、なんのことか分からないな」
突然話が変わったことで動揺してしまったが、悪あがきでとぼけてみる。当然、バレているようだが。
「恋愛的な意味だって、分かってるでしょ?大丈夫、私は応援してるから。だって綾乃お姉様が本当にお義姉様になってくれるんだから!」
そう言って恍惚とした目になる優奈。やっぱりニュアンスが違うように聞こえたのは間違いじゃなかったんだな。
「そうは言ってもなぁ…正直、今の心地良い生活が壊れるのが怖いんだ」
「………うっそでしょ………我が兄ながら鈍感がすぎる………」
「なんか言った?」
「ううん何も?でもそうだなあ………あ、叔父さんにこんなチラシ貰ったんだけど」
優奈は持っていたバッグから1枚の紙を取り出す。これは………
「花火大会?」
「そ。ここから近いところで、私も叔父さんに毎年連れて行ってもらってたんだ。で、どうするの?」
「何がだ?」
「うっわ、これでも気づかないとかさすがの私でも引くよ?お義姉様を誘うの!それで告白するの!」
「展開が急過ぎないか?」
そう抗議してみるも、
「我が兄ながらごちゃごちゃうるさいなあ。これは私の意見だけど、好きでもない人と一緒に生活するとかありえないから。脈無しとか、もっと無いから。だから、当たって砕けろっ!だよ、お兄ちゃん!」
「いや砕けたらダメだろ」
でもそうだな、そろそろ覚悟を決めないといけないかもしれない。
優心の心の迷いは晴れていく。
運命の花火大会まで、あと3日。
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