43.秋津優奈
私、秋津優奈…いや、戸張優奈は本来死んでいたはずの人間だ。
事故が起きたあの時、私は車内に取り残されていた。みんな車の外に飛び出していて、中には私だけ。
すごく怖かった。ここで死ぬのかと、泣き叫ぶ気力すら無かった。
だけど、すぐに気づいたお父さんとお母さんが助けに来てくれた。嬉しかったけど、悪夢はここからだった。
車内から引っ張り出された私は、呆然と燃え上がる車の方を見つめていた。いつまで経っても二人が出てこない。お兄ちゃんは既に気を失っていて、救急車に乗せられていたからそのことは知らない。
瞬間、炎が大爆発を起こした。幸い、すぐに私も搬送されたから、二人の無惨な姿を見ることは無かった。
けど意識は失っていなかった。背中に火傷を負っていたけど、大したものでもなかったのですぐに退院した。
入院中に、お父さんとお母さんが死んだこと、お兄ちゃんの意識が戻らないことを聞いた。
そして私は、誠治叔父さんと出会った。
私は全てを話した。二人が私を助けたことで亡くなったこと。お兄ちゃんの意識が戻らないこと。
そして………お兄ちゃんが起きた時、私も死んだことにしてほしいということ。
それから、お祖父ちゃんたちにも会ってそのことを伝えた。
なぜそんなことをしたのか、理由は単純。
私は、お兄ちゃんに会う資格がないと思ったから。
だって私が二人を殺したようなものだから。心苦しいし、お兄ちゃんはすごく苦しむと思う。
だけどそれ以上に私が苦しまなきゃいけなかった。大好きなお兄ちゃんと二度と会えない。そのことを考えるだけで、涙が溢れ出してきた。
それと同時に、私は自分自身に苛立った。自分のせいで両親が死んだのに、なぜ私が悲しんでいるのかと。
二人は涙すら流せず死んでいったのに。本当に死のうかと考えたことも一度や二度じゃない。
その度に誠治叔父さんに止められ、落とし所としてとある計画を伝えられた。
それこそが、お兄ちゃんが事故のショックから完全に立ち直った時、そして私が十分苦しんだと誠治叔父さんが判断した時、再会するというもの。
最初はその計画に反対した。それでは罰にならない。私に希望を与えてしまったら、きっとそれに縋ってしまうから。
でも叔父さんに言われた。
『優奈ちゃん、あまり抱え込まないでほしい。この事故は別に優奈ちゃんが悪いわけじゃない。悪いのは突っ込んできたトラックの運転手だよ。気にするようなことじゃないんだよ』
まだ子供だった私には、この提案を断ることは出来なかった。断るにはあまりにも魅力的すぎた。
それから私は誠治叔父さん、正確には奥さんの実家である秋津家の養子になった。こうやって苗字を変えてしまえばお兄ちゃんに見つかることもないという、叔父さんからの提案だった。
叔父さんは『それよりも優奈ちゃんが心配なんだけどね』って言ってたけど。
そこから私たちの計画は動き出した。まず、叔父さんの古い友人だという山﨑さんのところに行った。その時はよく知らなかったけど、後からとんでもない人だってことを聞いて驚いた。
山﨑さんは『馬鹿げた話だ』と言ったけど、使えるものは全て使って私を死んだことにしてくれたらしい。
その後は、二人の伝手を辿って様々な根回しをした。お兄ちゃんが転校先で困らないように、なるべく問題児の少ない学校を選んだり。私自身もお嬢様学校に入学して、いつかのために使えそうな友人を作ったり。いつしか学校全体を牛耳っていたり。
まあそんなことは些細なことだ。お兄ちゃんのためなら、なんだってするって決めたんだから。
少し経って、お兄ちゃんが殺されかけたと知って、私は怒り狂った。山﨑さんにも相談して、相手を徹底的に潰すようお願いした。志田先輩のことはその時に知った。まさか全く同じ相談をしていたとは思いもしなかったから。
志田先輩にはお兄ちゃんにバレないようにこっそり接触した。私が実の妹であることと計画のことを話し、全面的な協力を取り付けた。
そして、高校に入学する日が来た。叔父さんにはどうせ気づかれないから会ってもいい、と言われたけど、そんな簡単に会う気にはなれない。
そんな考えも、お兄ちゃんを一目見た瞬間に吹き飛んだ。
5年ぶりに見たお兄ちゃんは、とても凛々しくなっていた。先輩から写真はもらっていたけど、実物は何倍もかっこいい。
それよりも、大好きなお兄ちゃんが元気そうで良かった。その気持ちがとにかく強かった。
でも聞いていた通り、とても嫌われていたのは許せなかった。また上手いことやって、認識を改めさせようと思ったけどやめておいた。なんかお兄ちゃんは気にしてなさそうだったし。
そしてこれも聞いていたことだけど、隣人の同級生の尻を追いかけていた。しかも相手にされてない。
でもその先輩、すっごく綺麗だったんだよねぇ……… あの人がお姉ちゃんになるんだったら、私は大賛成かな。頑張れ、お兄ちゃん。
入学してからは、遠目から見たり、帰りに見かけて尾行することもあった。
そして尾行がバレた。タイミング悪く、別の被害で警戒していたみたい。
なんとか誤魔化したけど、危うく気づかれるところだった。これ以上の接触は無理だと思って、そのことを叔父さんに相談した。
「ねえ叔父さん。5年経ってもお兄ちゃんは変わってなかったよ。あの勘が鋭いところとか、本当に変わってないなぁ………」
「ということは、バレそうになったのかい?」
「そこでバレたのかって聞かない辺り、叔父さんも大概だよね」
「まあ、もういいんじゃないかな。優奈ちゃんもこの5年間、苦しかっただろう?」
「当たり前でしょ。近況を聞いてても、お兄ちゃんと話してないし、顔を合わせてもないからね」
その喪失感といったら、とても言葉にはできないほどに私の心はぐちゃぐちゃだった。
学校では何度も会ったし、話すようにもなったけど、それだけじゃ失った5年間は取り戻せない。
「話してきなよ。優心くんの部屋の鍵は渡しておくからさ」
いつでも行けるようになってからずいぶん経った。何度も行こうとしたけど、結局その度に勇気が出なかった。
そんな時に、叔父さんからお兄ちゃんがお墓参りに行くって話を聞いた。日にちを知っているであろう志田先輩に連絡して、念入りに準備した。
そして5年越しに、兄妹として言葉を交わした。
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