42.居るはずのない者
「「ありがとうございました」」
「楽しんでくれたようで何よりです。また宮城に来ることがあればよろしくお願いしますね」
常に完璧な綾乃の意外な弱点が見つかったところで、二人は店を後にする。
この後は少し距離があるので、直接墓参りに向かう予定である。
電車に乗るため駅に向かおうとした矢先、優心のポケットが震えていた。
「優心、ポケットが震えているけど。電話かしら?」
「みたいだな。こんな朝早くから一体誰だ………?」
優心がスマホを取り出すと、そこに表示されていたのは『大和さん』の文字。
「大和さんからだ。どうしたんだろう?」
「大和さんって、弁護士の?」
「そうそう………あ、もしもし。どうかしたんですか?」
『ああ、優心くん。今、どこにいるんだい?』
「宮城ですけど……… あれ、伝えてませんでしたっけ?」
『そういえば言ってたねぇ……… あれだ、綾乃ちゃんと行くってやつだろう?でも今日だとは聞いてなかったけどなぁ」
………確かにいつ行くかは伝えてなかった気がする。まあ知らせる必要も無いとは思うけど。だがそれだけでわざわざ電話をかけてくるだろうか?
少し気になるから聞いてみるか。
「大和さん、用件はそれだけじゃないでしょう?本題があるんじゃないんですか?」
『さすが優心くんだ、僕のことをよく分かってるねぇ。そっちにいるなら会ってほしい人がいるんだよ』
「会ってほしい人、ですか?」
こっちに友人なんていないし、親戚だって一人もいない。一体誰なのか、全く検討もつかない。
こっちには碌な思い出が無いため、思わず警戒してしまう。
そんな俺の姿を、大和さんは見透かしたように、
『ああ、いや。君もよく知っている人さ。あまり身構える必要はないよ。お墓の方に向かってもらうよう伝えておくから』
「はあ。とりあえず分かりました。でもその口ぶりだと、誰かは教えてくれなさそうですね」
『それはサプライズというやつさ。たまたまそっちにいたみたいだからついでだよ。それじゃあまた』
「切られた………」
あの人、言うだけ言って切りやがった。元々ああいう人なのは知ってるから気にしないけど。
「優心?大和さんはなんだって?」
「ん?ああ、なんか人に会ってほしいんだってさ」
「話が見えてこないわね。理由とかも聞かされてないんでしょう?」
「向こうに来るらしいから、会えば分かるだろ」
二人は駅に向かって歩き出す。
これが優心の予感の正体だとは、気づく余地も無かった。
バスや電車を乗り継ぎ、時には寄り道しながら移動すること3時間。
今回の旅の主目的である、優心の家族が眠る墓に到着した。
そして、優心は例の謎の予感を強く感じていた。まるでここに何かあるとでも言うかのように、優心の内から呼びかけてくる。
「ようやく着いたわね……… ここが優心のご家族が眠っているっていう………」
「そうだな……… 俺もここに来るのは中学卒業以来だ。手入れも碌に出来てないから、少し綺麗にしてやらなきゃな」
そして二人は、水の入った桶と花束を持って墓に向かう。
『戸張家之墓』
そう書かれた墓石の前に立つ。
「久しぶりだな、みんな。やっぱ手入れされてなかったか……… 今綺麗にするから、ちょっと待っててくれ」
墓石に丁寧に水をかける。汚れは意外とあっさり落ちて、すぐに本来の姿を取り戻す。
「これでようやく紹介できるな。みんな、俺の友達の綾乃だよ」
「初めまして皆さん、氷川綾乃と申します。優心くんとはいつも仲良くさせてもらってます」
「今日は綾乃が来たいって言ってくれたんだ。みんなのことを話したら、挨拶したいってな」
「いつも優心くんには助けられてます。頼りになる、一番大切な人です」
二人で他愛もない話をする。心の中では、ざわめきが収まらないまま。
一通り話し終えて、そろそろ帰ろうと思い、立ち上がる。
「じゃあな、みんな。また来るよ」
「お邪魔しました。今度はもっと色んなお話をしたいです。優心の恥ずかしい話とか」
「勘弁してくれよ……… どこで聞いてるか分からないんだから………」
そうして足を出口の方に向ける。
だが、その足はすぐに止まることになった。
「なんであなたがここに………」
「僕がどこにいようと不思議じゃないだろう?さっき電話した時には、東京にいるなんて一言も言ってないだろう?」
「それはそうですが………それで会わせたい人って………」
「ははっ。まあそう焦らないでくれよ。僕だって久々に挨拶したいんだからさ」
そう言って大和さんは墓に近づいていく。
そしてその口から出た言葉に、俺は思考が止まる。
「久しぶりだね、兄さん、春奈さん」
「…………………………は?」
兄さん………?今、父さんのことを兄さんって言ったか………?それに春奈さんって………そんな馬鹿な、ありえない。
父さんには兄弟がいなかったはず。じいちゃんもそんな話は一度もしなかった。今の今まで隠してたっていうのか?
「隠しててごめんね、優心くん。いや、優心」
「………………説明、してください」
「君は頭がいいからきっと分かっているんだろう?おそらく君の考えている通りだよ」
「………あなたは、父さんの弟で………俺の叔父さんってことですか………」
「ちゃんと理解しているようで何よりだ。さすがは兄さんの息子だ」
「なんで黙ってたんですか」
ありえないと思いつつも、信じるしかない状況。それならば、俺のことを最初から知っていた風だったのも辻褄が合う。
何よりも、血の繋がった人がまだいたということ。俺にとってはどんな形であれ、それだけで希望になる。
だが、今まで黙っていた理由が分からない。なぜ父さんやじいちゃんが教えてくれなかったかも。
「兄さんが言い出したんだよ。『俺の事情に巻き込みたくない』ってね」
「父さんの事情………?」
「それは僕の口からは言えないな。自分で知るべきことだと思うよ」
「そうですか……… それじゃあ、大和さんが会わせたかった人って、大和さん自身ってことだったんですね」
自分ならいくらでも調整が効くからな。そりゃ分からないわけだよ。
だが、予感は消えない。まだ何かがあると、俺にささやいてくる。
その予感はやはり正しかった。
「いいや、違うよ。そろそろ来るんじゃないかな………ああ、来た来た。おーい、こっちだよー」
俺と綾乃は大和さんが手を振った方を見る。そこには、ここにいるはずのない者がいた。
「ごめんなさい遅くなって」
「いや大丈夫だよ、優奈ちゃん」
「………どうしてここに秋津さんが」
そこにいたのは、よく見知った後輩。そこに、いつもの笑顔はない。
コツ。コツ。
石段を降りてくる音がやけに耳に響く。
ドクン、ドクン。
心臓の音がうるさく鳴る。
「お久しぶりです、綾乃お姉様、戸張先輩………いや、ここに呼んだっていうことは、そういうことなんですよね?」
「ああ、もう大丈夫だよ。君は十分苦しんだ、そろそろ救われるべきだよ」
「………ずっと、会いたかった………………」
「お兄ちゃん」




