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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第三章 愛の炎は夜空の星より煌めいて

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41.今だから話せること

 



 さて、困ったことになったぞ。

 ベッドの反対側には、俺と背中合わせで眠る綾乃がいる。

 その事実が、眠気を遮っていてなかなか寝付けない。


 そしてそれは、綾乃の方も同じだったらしい。


「優心、まだ起きてる?」


「ああ、少し眠れなくて」


「ちょっとだけ私の話、聞いてくれる?…話すって、約束したから」


 そうして綾乃が語り出したのは、今まで頑なに話さなかった綾乃の過去だった。





 私は由緒正しい名家である氷川家の長女として産まれた。兄はいなかったため、必然的に私が家を継ぐものとして育てられた。

 もちろん教育は厳しく、書道や華道など色々な習い事も通わされた。学校でも友人なんていなかったし、いたとしても一緒に遊ぶ時間なんてなかった。


 数少ない歳の近い知り合いは1つ下の妹だけだった。その妹も半分しか血の繋がっていない、つまり異母姉妹ということよ。

 さらに厄介な話、私よりも妹の方が優秀だった。大抵のことは私よりも上手く出来ていたもの。

 そんな妹を父は溺愛していた。当たり前よ、家のことを考えるなら出来の良い方を優遇するに決まってる。


 でも妹とは仲が悪いという訳では無かったのよ。むしろ良好な関係を築けていたと思うわ。小さい頃は2人で過ごすことも多かったし、大きくなってからも普通に話していた。妹の方はそうでも無かったようだけど。


 高校に上がる前、実家を追い出されたわ。妹に家を継がせるからって。私の母は全力で反対していたけど、それ以上に私が疲れてしまっていた。妹からも冷たい言葉を浴びせられて、仲が良いと思っていたのは自分だけだったのだと思い知った。

 あの重圧から解放されるならと、自分から家を出ていったわ。


 それから程なくして母が死んだ。元々身体は弱かったけど私がいなくなったことで、今まで母を支えていた責任感が無くなって、それで全ての糸が切れてしまったみたい。私と同じように、氷川家に嫁いだ者としての重圧もあったのでしょう。

 母が最後に遺した言葉は、



『綾乃…産まれてきてくれてありがとう。綾乃は私と違って強い子だから、幸せになってね』



「そう、言っていたわ………」


「綾乃………」


「………でも私は強くなんかない。私は逃げたのよ…家からも、自分からも………」


「そんなことないだろ」


 綾乃がずっと過去を隠してきたのは、自分が逃げたせいで母親は死んだと思っているからだったのだろう。

 だが綾乃が逃げ出したのも仕方ないと思う。厳しく育てられてきたのに、お前はもういらないって言われたようなものだ。

 自由を奪われた挙句、それが報われないなんて。そんなのあんまりじゃないか………


「綾乃は悪くない。逃げたっていいじゃないか。人ってさ、そういう生き物じゃないか」


「それでも………逃げたことで母を…お母様を死なせてしまった………」


「それは綾乃のせいじゃないだろ?綾乃の母さんは一言も綾乃のせいだって言ってないんだから、あまり自分を卑下しない方がいいんじゃないか?まあ、俺も人のこと言えないけどな。………それに」


「………?」



 きっと、当たり前のことじゃないのだろう。それでも俺は思うんだ。



「親だったら誰だって子供に元気に育ってほしいものだと、俺は思うけどな」


「………!………そう、かしら。…だったらいいわね………」


「きっとそうだよ。あ、今度は綾乃の母さんのお墓参りに行ってもいいか?俺も挨拶したいな」


「いいわね、それ。夏休み中は無理だけど、冬にでも行きましょうか」



 少し暗い話になったけど、綾乃が元気を出してくれて良かった。他愛もない話をしてる間に、すぅ…すぅ…と寝息が聞こえてくる。いつの間にか綾乃が寝てしまっていたらしい。

 俺もなんだか眠くなってきたな。明日はいよいよ墓参りか。父さん達に会いに行くのも久々だなぁ。


 優心はさっきまで寝床で悩んでいたとは思えないほど、あっさり眠りに落ちたのだった。







 翌朝。先に目が覚めたのは、珍しく優心の方であった。



「ふあぁ………………」


 もう朝か……。昨日は、確か綾乃の昔の話を聞いて、気づいたらそのまま寝てたのを見てたら俺も眠くなってきたんだよな。


 俺は隣で眠る少女に顔を向ける。さすが綾乃だ、寝顔も綺麗だな。

 そんなことを考えていると、綾乃も起きたようで目が合う。


「……ん、おはよう優心」


「ああ、おはよう綾乃」


「私の顔をじっと見つめてどうしたの?何か顔に付いてるかしら」


「いやそんなことないけど。ただ、今日も綾乃は綺麗だなぁって」


 あ、やべ。つい思ってたことが口に出てしまった。どうにも綾乃の前じゃ抑えられないんだよなぁ。


 だが綾乃の反応は思っていたものと違って、


「そろそろ慣れてきたわよ。本心で言ってくれてるのは分かるし嬉しいんだけど、どうにかならないのかしらね」


「いやぁ、こればっかりは」


 無意識で出てるからどうにもならないんです。むしろ俺も直したいんです。


「まあいいわ。今日も色んなところに行くんでしょ?準備が出来たら行きましょうか」


「その前に腹ごしらえだな」



 昨日の夕食は絶品だった。旅館の夕食でこのレベルのものが出るのかと驚いたな。こう言っちゃ悪いが、そこらの店より美味かった。

 そして結果から言おう。朝食も最高でした。




 お腹を満たしたところで、旅館を出る。今日もここに泊まるため、余計な荷物は置いていくことにした。


 俺達がまず向かったのは、土産店のような場所。ここでとある体験が出来ると聞いてやってきたのだ。


「優心、ここは?見たところただのお土産屋さんのようだけど」


「お土産も買うんだけど、その前に綾乃と一緒にやりたいことがあって。あ、これこれ」


「これは…こけし作り体験?」


 俺が綾乃とやりたかったこと、それはこけし作りだ。ここ、鳴子温泉の名産品であるこけし。人の頭と胴体のような形に彫られた木に、顔や服を描いて自分だけのオリジナルこけしを作れるらしい。


「なかなか癖が強いものを選んだわね………」


「でも面白そうだろ?」


「それはそうなのよね」


 事前に予約しておいたので、すぐに体験用の部屋に通される。そこには、さまざまな絵柄や形のこけしがあった。


「わっ、かわいい………!」


「へえ、すごいな。最近のこけしはこんなのがあるのか」


 すると工房と思わしきところから講師の方が出てくる。


「そうなんですよ。我々も時代には逆らえなくて、若い人にも興味を持ってもらうにはどうすればいいのか、試行錯誤してたどり着いたのがこれです」


「すごい……猫にひよこに、あの有名なキャラクターまで………」


「興味を持っていただけたようで何よりです。それでは早速始めましょうか」


 そう言って講師の方は、いくつか絵の描かれていないこけしを持ってくる。


「この中からお好きなものを選んでください。そうしたら、そこにあるペンで顔や服を描くだけで完成です」


「意外と簡単なんですね」


「こけし作りの大変なところは形を作ることですからね。何せ1年以上かけて木を乾燥させるのですから」


「急に重みが増しましたね」


 ちょっと緊張してきたんだが。無駄に出来ないという意識が芽生えて、手先が震える。


「ははは、それも含めてのこの体験ですからね。良いところだけ伝えるのではなく、難しいところや大変なことも知ってもらう。その方が良いものを作れると、私はそう思うのですよ」




 しばらくして、二人のオリジナルこけしが完成した………のだが。

 優心の方は、まあオーソドックスなこけしだった。問題は綾乃の方だ。


「綾乃、これは………」


「うう、見ないで優心……… 私、昔から絵心だけは壊滅的なのよ………」


 本人の言うとおり、綾乃の絵心は実に酷いものであった。

 おそらく、人を描いたのだろう。そうであってほしい。何も知らない人が見れば、クリーチャーか何かを描いたものだと、そう思うだろう。


 いつだったか、綾乃が優心の料理下手は手に負えないと言ったことがあったが、綾乃の絵心もこれと同じことが言える、そのくらい酷い出来だった。


「私は独創的でとても良いと思いますよ?」


「うん、良い思い出になったんじゃないか?」


「余計悲しくなるのでやめてください………」



 結局、優心が作ったこけしは綾乃がもらうことになったのだった。



お読みいただきありがとうございます!

感想、誤字報告もどんどんください!

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