40.気まずいのに甘い
短めです
周りの宿泊客が甘い空気に当てられてぐったりとしていたが、それはさておき。
我に返った二人は、お互いに赤面しながら部屋に戻るという奇妙な光景を作り出していた。
特に優心は酷い有り様で、恥ずかしさと共に自らの発言を非常に後悔していた。
やっっっっらかしたぁ……………!!!!
さすがにさっきの発言はまずかった。うなじや袖がどうとか、気持ち悪かったよなぁ………
今も微妙に避けられてるし、どう考えてもドン引きされてるとしか思えない。なんとかして挽回したいけど、口を聞いてもらえなかったら意味ないし。
優心は思考の迷路に嵌っていく。実際はただの勘違いであり、綾乃は優心からの褒め言葉に抑えられないニヤけ顔を見られたくないだけなのだが。
優心はそんなことを知る由もないので、いつもの自罰的思考に陥っていく。
(俺、この旅でまだダサいとこしか見せてないな………)
もっと綾乃にかっこいいところを見せたいけど、このままじゃむしろ嫌われてしまう。
結局、何も思い浮かばないまま部屋に着いてしまった。
そんな中、先に口を開いたのは綾乃だった。
「えっと、優心。さっきのは………」
「いや、あれは勢いで言っちゃっただけで全部嘘だから。だから聞かなかったことにしてくれないか?」
「えっ………?嘘なの………?」
なんですかその反応は。まるであの言葉が嬉しかったと、そう聞こえるんですが?
分かってるよ、そんなわけ無いって。それでもどこか期待してしまう自分がいる。
「ふーん、そう……… ちょっと嬉しかったのに………」
綾乃の悲しそうな顔を見ると、とても心苦しくなってくる。
でもそうか。嫌われていた訳じゃなかったのか。
だったら取り繕う必要も無いかな。
「ごめん、まさかそんなに喜んでもらえると思ってなくて……… 恥ずかしくなって、つい嘘だって言っちゃって…えっと………だから、さっきのは………」
クソッ、真っ直ぐに伝えられない自分が嫌になる。ただ一言、似合ってるって言えばいいだけだろ………!何をそんなにビビってるんだ………!
「さっきのは………?」
綾乃が少し潤んだ瞳で聞き返してくる。
正直に、自分の気持ちに正直になるだけでいいんだ。
なんだ、簡単なことじゃないか。
「………さっきのは、正真正銘俺の本音だよ。本当によく似合ってる」
「…うん………ありがとう………!」
先ほどまでの暗い顔が嘘のように、本当に嬉しそうに笑う。
うん、やっぱり綾乃は笑顔が一番似合う。
この浴衣姿よりも、よっぽどね。
その瞬間、綾乃の顔がボンッという擬音でも付きそうなほど真っ赤になる。
「…ゆ、優心………!?今のは………!?」
ま、まさか……… いやそんなはずは………
とりあえずすっとぼけてみるか。うん、そうしよう。
「今のって?」
「その………笑顔がよく似合ってるって………」
口に出てたぁぁぁぁぁぁっっっっっ!?!?
待て、落ち着くんだ優心よ。口に出てたってことは、つまり全部綾乃に聞かれてたってことで………
「…えへへ………笑顔が似合ってる………ふふふっ♪………」
「綾乃さーん?おーい、綾乃さーん?」
「ふへへ………」
何度呼びかけても反応がない。落ち着くまでそっとしておこうか。
数分後。
無事(?)元に戻った綾乃は、自分が晒した醜態を思い返してまた顔を真っ赤にしていた。
そして再び二人の間に気まずい空気が流れる。
気づけば時計の針は23時を指し示していた。
「綾乃、明日も早いしそろそろ寝ようか」
「そ、そうね。そうしましょうか」
この空気はさすがに耐えられない。とりあえず寝て、明日になればリセットされるだろう。
そう思い、敷き布団を出そうとするが、
「あれ、無いな」
「どうしたの?」
「いや、敷き布団はどこにあるんだろうと思って………」
さっきフロントにお願いしてきたはずなんだけどなぁ………。
「敷き布団なんか要らないわ。こんなに大きなベッドなんだし、一緒に寝ればいいじゃない」
「あのなぁ………綾乃がよくても俺の理性が保つかどうか………」
「その時は責任を持って警察に送り届けるわ」
「勘弁してくれよ………」
いつもの綾乃に戻ってくれたようで何よりだ。とはいえ、問題は何も解決していないのだが。
「それで、どうしようか?」
「貴方はきっちりしているから、そういう間違いは起こらないでしょう?」
「そうだけど……… 万が一が無いとは言い切れないからなぁ………」
綾乃のことを想うからこそ、間違いは犯したくない。でも綾乃の方も引く気は無さそうだ。
「いいから大人しく私の隣で寝なさい。いいわね?」
「いやぁ………」
「返事は?」
「はい!仰せのままに!」
その目で睨まれたら逆らえないからやめて。
こうして優心の寝床は綾乃の隣に決定した。
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