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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第三章 愛の炎は夜空の星より煌めいて

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39.狂おしく、愛しい

 



 雛は帰ってからもう一度説教することとして、目下の問題は着替え等をどうするかであった。


 生活を共にしていても一緒に暮らしている訳ではないので、そのようなことはもちろん経験が無い。

 綾乃は別に気にしていない、どころか少しでも意識してくれるならむしろウェルカムなのだが、優心が気にしすぎていた。




(どうすんだこれ………)


 寝床に関しては、床で寝ることに抵抗はない。風呂は備え付けの露天風呂があるが、そちらは使わずに大浴場を使えばいい。だが着替えはどうにもならない。

 綾乃も俺に着替えを見られるのは確実に嫌がるだろうし、俺も見られたくない。部屋に更衣室がある訳もなく、さて困ったことになったぞ。


 キモがられるかもしれないが、仕方ないので綾乃に相談してみる。


「なあ綾乃、着替えとかってどうしようか?」


「着替え?何か気にするようなことがあったかしら?」



 ば気にしてない…だと………?………………待てよ、もしかして俺って男として意識されてないのか?好意を自覚したからこそ、この事実が胸に深く刺さる。

 これ本当にどうしたらいいんだ?八方塞がりじゃないか。


 優心がそんなことを考えていると、どうやら綾乃は何かを察したらしい。



(なるほど、優心は私に着替えを見られるのが恥ずかしいのね。年頃の男子ってそういうものなのかしら)


 二人ともズレていた。優心に至っては正反対のことを考えている。


 綾乃は優心のことを心の底から愛しているため、たとえ裸であっても恥ずかしいが見られても構わないと思っている。その愛は、もはや狂愛と言えるくらいに深く、大きくなっていた。


 それに対して、優心は綾乃のことを愛しているが故に、男としてのプライドが働いてしまい、自分の弱い部分や恥ずかしいところは見られたくないと思っていた。

 そして優心はそれ以上に、綾乃のことを『護るべき対象』として考えている。好意よりも護るという気持ちが前に出てきてしまうため、”付き合いたい“などはあまり考えられないでいた。


 愛の形は人それぞれではあるが、この二人の愛は少々歪みすぎていた。それがこのようなすれ違いに繋がってしまっていたのだ。


「いや気にしてくれよ………。…その…俺も男だからさ」


「あら、何を考えているのかしら?優心のエッチ」


「待てなんでそうなる。綾乃みたいな可愛い子が、目の前で着替えるってなったら誰だってこうなるって」


「また貴方はそうやって………いつもドキドキさせられるこっちの身にもなってよ………」




 またドキドキが止まらない。女の子として意識してくれてるのは嬉しいけど、優心のそういうサラッと褒めるところは嫌いだわ。いつも平気な顔してそういうこと言って、いつも優しくて私のことを一番に考えてくれる。

 でもいつも鈍感。どれだけアピールしても全然気付いてくれない。この想いを直接伝えることが出来たなら、それを受け入れてもらえたなら、どれほど嬉しいだろうか。


 その光景を想像すると、心音が早まっていくのが聞こえる。苦しいほど、狂おしいほどに愛しているのが分かる。


 だからこそ、優心の自己犠牲は見ていられない。そのうち取り返しのつかないことになるんじゃないかって、ずっと心配してる。

 もし彼がいなくなってしまったら、私はどうなってしまうのだろう。考えたくも無いけれど、多分耐えきれずに壊れてしまうと思う。


 それくらい、優心の存在は私の中で大きくなっている。

 誰よりも大切な人。誰よりも愛しい人。


 そんな貴方が隣に居てくれるだけで私は満足なの。他には何もいらないわ。




「で、どうするんだ?」


 綾乃は高鳴る胸を、優心にバレないように必死に抑える。


「え、ええっと…そうね………。 ………あ、それならあの大きなクローゼットを使えばいいじゃない」


 たまたま目が向いた先にあったのは、雛が私的に利用しているであろうクローゼット。この部屋のクローゼットは、いわゆるウォークインと言われるタイプのものだ。

 中には雛の服が幾つかあった。………こんなところにも服が置いてあるなんて、あの子は一体どれだけの服を持ってるのかしら。今度聞いてみよう。


「確かにそうするのが良さそうだな。でも俺がこの中で着替えるのはちょっとな………」


「私がそっちで着替えるに決まってるじゃない。ああ、優心はむっつりさんだものね。いいわ、そっちで着替えさせてあげる」


「いや違うからね?てか最近俺に辛辣じゃない?」


 ふふ、優心の困り顔も可愛い。優心への愛情と共に、底なしの沼に堕ちていくのを実感する。人を好きになるというのはどこまでも盲目的になれるのだと、そう感じる。


 こうやって困らせていれば、優心には申し訳ないけどとても可愛いところが見れる。普段見られない姿に、また胸がドキっとする。


「そんなこと無いわよ。冗談は置いておいて、準備が出来たらお風呂に行きましょう?もう待ちきれないわ」


「あっ、すぐ行くから待っててくれ」








 1時間後。極上の湯で二人は旅の疲れを癒していた。



(あ〜、最高だったなあ。雛の家で入ったお風呂とはまた違った良さがあったなあ)


 夏で真っ只中であるはずだが、少しばかり曇り空で風も吹いていたこともあってか、露天風呂でも不快に感じるということは無かった。むしろ程よい風が心地よいくらいであった。


 先に上がった優心は綾乃が出てくるのを待つことにした。

 幸い、綾乃はすぐに出てきた。ただし浴衣姿で、だが。


「ごめんなさい、待たせたかしら?」


「俺も上がったばかりだから大丈夫。それよりもその格好………」


「これ?ふふ、いいでしょ。エントランスに置いてあったから、さっき優心を待ってる間に借りに行ったのよ」


 湯上がりの上気した頬と濡れた髪。その髪をかきあげる仕草に、妙な艶っぽさを感じてしまう。大和撫子という言葉が良く似合う綾乃だからこそ、余計に際立って見えた。


 ………やっぱりデレてるよな。前はあった壁のようなものが、今はほとんど無くなっているように思えるし、雰囲気もどことなく柔らかくなっている。

 まあ全部可愛いから良しとしようか。


「それで、どうかしら?」


「どう、とは?」


「分かってるくせに。浴衣、似合ってる?」


 そう言って、綾乃はその場でくるりと一回転してみせる。

 もちろん似合っていないわけがない。さっきは完全に見惚れていたからな。そんな恥ずかしいこと、本人には口が裂けても言えないけど。


「ああ、似合ってるぞ」


「心が篭ってないわ。もう一回」


 ぐっ…こっちの気も知らないで………だがいい機会だ。この際だし、全力で褒めちぎってやろうではないか。


「黒髪と浴衣の相性が抜群だ。綾乃の綺麗な髪に浴衣がよく映える。それに首筋とうなじがとてもいい。正直、俺の癖に刺さりまくってる。最後に、ちょっと袖が長くて手が隠れているところ。一体どれだけの男を誘惑するつもりなんだ?」


「…うぅ………もう分かったから…そのくらいにして頂戴………」


 よし、仕返し成功だ。途中、調子に乗ってすごい恥ずかしいことを口走った気がするけど、まあいいか。




 その後、大浴場から出てきた他の客から舌打ちの嵐を浴びたとか。



お読みいただきありがとうございます!

高評価もして下さるとものすごく作者の励みになります………!!!

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