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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第三章 愛の炎は夜空の星より煌めいて

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38.イタズラ伝言

 


 このままでは食い倒れの旅になってしまう、そのことに気付いた二人はとりあえず食べ物とは関係のない場所に行こうと考えた。


 以前考えていた通り、今回の旅行の日程は13日から15日の2泊3日となっている。本題の墓参りは、旅行全体が暗い空気にならないように2日目の最後に行くことにした。


 そんなわけで二人がまず向かったのは青葉城。仙台といえばの、伊達政宗公の騎馬像があるあの城だ。

 バスに揺られること約40分。下車後、さらに歩くこと約20分。

 ようやく辿り着いたその場所は、壮観という一言に尽きる。まだ中に入っていないというのに、天守閣が無いその城は絶対に敵を通さない、優心はそんな意志を感じた。


「優心、ボーッとしてると置いていくわよ?」


「ごめん、あまりにも圧巻だったからつい」


「気持ちは分かるわ。そんなに急いでいるわけでもないし、ゆっくり行きましょうか」


 うーむ。俺が案内するはずが、いつの間にか綾乃に引っ張られている。いや、むしろそれだけ綾乃が楽しみにしているということか。


 早速入場料を支払い、城内を見学する。と言っても、見学するのは屋外なのだが。最初に目に付いたのは、やはり伊達政宗公騎馬像。片目を失っていてもなおその威厳は衰えない、どころかむしろ増しているだろう。


「これは………すごいな」


「すごい………それ以上の言葉が出てこないわね………」


 二人とも見事に語彙力を失ってしまっていた。

 歴史を感じさせるほど古びているはずなのに、今にも動き出しそうなその迫力に思わず圧倒される。


 次は資料館の方に向かう。ここに来た()()()()()()()を果たすために。



「うおっ、結構色々あるんだな」


「ここだけでレポートの資料は揃いそうね」



 二人は宿題をほぼ終わらせているが、終わってない数少ない課題の一つが、歴史に関するレポートである。

 歴史に関係していればなんでもいいので、比較的自由度の高いものではあるのだが、色々観光するなら丁度いいということで二人はレポートの対象として、この伊達政宗を選んだのだ。


 周りにはそこまで客はいないのだが、やはり綾乃に下卑た視線が向けられていたり、それが彼女にバレて物理的に痛い思いをしている男もいた。そしてそんな視線から守るのも優心の役目であった。


「綾乃」


「分かってるわ、大丈夫よ」


「何かあったら遠慮せず言ってくれ」


 この短い会話で意思が伝わるというのは、やはり今までの経験によってなされる技だろう。愛の力と言えなくも無いが、生憎とお互いの気持ちを知らなければ、もちろん恋人でも無いのでそんな考えは出てこない。



 十分な資料が集まったので、二人は青葉城を後にする。このまま雛の言っていたホテルに向かい、後は温泉に入るなどしてゆっくりする予定だ。


 元来た道を戻り、もう一度仙台駅に行く。そして電車を乗り継ぎ2時間。

 優心達はこの3日間滞在することとなる、鳴子温泉郷に辿り着いた。


 とりあえずこの重い荷物をどうにかするため、宿泊するホテルに向かう。




「…ここ………か………」


「そうね」


「いやなんでそんなに何でもない感じなんだよ!?」


「違うわ、驚きで言葉が出てこないの」


 少し歩いて到着したホテルは、ザ・和といった感じの旅館だったのだが、いかんせん大きい。何階まであるんだこの旅館。これだけ高いと、あまり旅館という感じがしなくなる。


 驚きは一旦胸の奥にしまっておき、チェックインを済ませてしまうことにした。



「チェックインですね。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「あの、すみません。山﨑雛の紹介で来た戸張と言うんですが」


「…少々お待ち下さい。今、係の者を呼んで参りますので」


 それほど待つこと無く、奥から現れたのは柔らかい雰囲気を纏った紳士だった。


「よくいらっしゃいました。雛様のご友人と聞きまして、お待ちしておりました」


「あの………あなたは…」


「おおっと、自己紹介がまだでしたな。当館支配人の牧野と申します。以前は山﨑家本邸で使用人をさせていただいておりました」


 どうやら山﨑家の元使用人だったらしい。通りで雛のことを知っている口ぶりだった訳だ。


「お二人のお部屋はこちらです。着いてきてください」


 牧野さんの言う通りに着いていく。なお、周りの客の視線がこちらに集中していたのは見なかったこととする。





「こちらがお部屋でございます」


「ありがとうございます」


「鍵はこちらのカードキーをお使いください。と言っても使うことなどほぼ無いでしょうが」


 宿泊施設で鍵を使わないってどういうことだ?最先端の技術でも使っているのか?

 綾乃がたまらず質問する。


「何故なのでしょうか?」


「ああ、いえ。このフロアは宿泊客はおろか、従業員でも限られた者しか出入り出来ないようになっていまして。雛様が、『秘密基地みたいなとこ欲しいな〜』と言ったのが始まりなのですよ?」


 いや秘密基地の規模じゃ無いだろ。そんな我が儘で旅館の1フロアを作らせるんじゃありません。

 綾乃はどうやら、そんな俺の心情を察したらしい。


「幼少期の可愛いお願いでしょう?大目に見てあげてもいいんじゃない?」


「俺みたいな庶民とは金銭感覚が違いすぎてなぁ………」


 怒る気にもなれないのが正直なところだ。だが牧野さんの口から告げられたのは、


「何か勘違いをしておられるようですが、ここを増築したのは3年前ですよ?」


「「ギルティ」」


 うん、アウト。可愛いお願いじゃ済まされないわこれ。ただそのおかげで、俺達が今ここにいられることは黙っておこう。


「では私はこれで」


「お忙しい中わざわざありがとうございました」


 そうして牧野さんは自らの業務に戻っていく。確かにこの()()()のフロア、警備が厳重だったな………


 あれ?牧野さんが焦り顔で戻ってきた。何か忘れ物でもしたのだろうか?


「すみません、お二人に雛様から伝言を預かっているのをすっかり忘れていました」


「伝言?」


 何だろう?注意事項ならメッセージアプリで送ってくれればいいのに。




「ええっと確か…『伝え忘れてたんだけど、部屋は一つしか無いから仲良く使ってねー』…と」


「は?」


 いやなんかおかしいと思ったんだよ。だってこのフロア、部屋が一つしか無いし。扉が一つの時点で気付くべきだった。

 もしや俺達、嵌められた?

 だが、綾乃の反応は思っていたものとは違い………



「何よ?優心、私と同じ部屋が嫌なの?」


「そういう訳じゃ無いけど………」


 そういう訳じゃ無いけどさあ……… いつも同じ空間で過ごしているというのに、旅行という特別感も相まってさすがに緊張してしまう。


 それに、普段は俺の部屋でお風呂に入ることも無ければ、同じ空間で寝たりすることも無い。この間の寝落ち事件はノーカンで。

 しかもこの部屋、もちろん雛が一人で使うための部屋であるからだからか、当然と言えば当然だがベッドが()()()()()()

 まあその辺りは敷布団でも用意してもらうか。俺が床で寝れば済むし。


「あ、もう一つよく分からない伝言があったのですが、『クローゼットの上着のポケットに入ってるから、必要だったら使ってね』とのことです。それでは私もそろそろ業務に戻らなければ。チーフに叱られてしまいます」


「すみません、お手数をお掛けしました」


 さて、クローゼットの上着のポケットだったな……… そしてこれはただの直感なんだが、綾乃は見ない方がいい気がする。雛のことだからどうせ碌でもないものを仕込んでるんだろう。どうにかして意識を逸らさなければ。


「綾乃、部屋の中に荷物を置くところが無いか見てきてくれないか?ただそのまま置いておくと散らかしそうで怖い」


「今日くらい散らかしてもいいんじゃない?」


「それを日常生活まで引きずりたくないんだよ」


「分かったわ。優心はクローゼットの確認?」


「まあね」


 綾乃は部屋の探索に乗り出す。よし、今のうちに………


 上着は…これか。俺はポケットの中を全て漁る。………うん?なんだろうこの小さな箱は。


 取り出してみると、『0.01mm』と書かれた箱が一つ。




 あんの馬鹿やろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!




 溢れ出そうになる声を必死に抑える。よし、雛は次会った時本気の説教だ。今回のはシャレにならんからな。


 そんなわけで目の前の箱に意識を取られていた優心は、背後から接近する存在に気が付かなかった。


「優心、何が入って………た…の………」


 すぐに雛に電話をかけた綾乃は、見たことないくらいの真っ赤な顔で説教していたとさ。




お読みいただきありがとうございます!

高評価して下さるとものすごく作者の励みになります………!!!

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