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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第三章 愛の炎は夜空の星より煌めいて

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37.いざ宮城へ

お待たせしました

 


 時は8月14日、お盆シーズン真っ只中。この日の東京駅は帰省する人で溢れかえっており、それは重たそうなリュックを背負った男女の高校生二人組も例外では無かった。


「すごい人だなあ」


「今日からお盆休みに入る人達も多いのでしょう?大人になれば、地元に帰る機会なんて滅多に無くなるのだろうし」


「そういえば先生がそんなこと言ってたっけ………世知辛いな………」


 優心と綾乃である。なぜ一番人が多いであろう日に東京駅にいるのか。

 話は少し前に遡る——————








 夏休みと言っても特にイベントがあるわけでも無く。そもそもそういうのは夏休みの最後にやると相場が決まっているので、優心と綾乃は二人でのんびりしていた。



「「あっつい(わね)………」」


 エアコンはかなり効いているはず。だというのに、気を抜けば暑さを感じるという今年の夏。

 夏休みの宿題は二人で協力して早々に終わらせたため、家事以外やることもほとんど無いのでただぐだ〜っとしている時間が増えてきた。

 たまに雛や春馬から連絡が来たりもするが、大抵はどうでもいい話ばかり。別段、外出の用事ができることも無かった。


 そんな中話す内容といえば、例の件ただ一つだった。



「ねえ優心、そろそろお墓参りにいつ行くか決めない?」


「あー、暑すぎて完全に忘れてた………」


「嘘おっしゃい。時々、向こうの観光スポット探してるの知ってるんだからね」


 なんでバレてんだよ。そりゃ俺だって楽しみだし、出来るだけ綾乃にも楽しんでほしいから色んなところに行こうかなー、とは考えていた。確かに宮城は名所が多いんだが、それぞれが離れていて行く所を絞らなければならなかった。その中で数多くとなるとなかなか難しく、気付けば色々調べていたのだ。


 その甲斐あってある程度プランは固まってきたんだが、最終的には綾乃に決めてもらおうと考えていたので、バレてて困るということはなかった。


「知ってたのか……… じゃあこの中で行きたい所とかあるか?」


 そう言って優心はリストを見せる。その中で綾乃の目に止まったのはとある紅葉の景色だった。


「これは…………」


「どうかしたのか?…鳴子峡か。でも俺達が行くのは夏だから、紅葉のシーズンはまだだぞ?」


「それはわかっているけれど………この景色、どこかで………」


「行ったことがあるのか?」


「いえ、鳴子峡どころか宮城にも行ったことは無いわね」


 うーん、何かの雑誌で見たとかだろうか。でもそれだけで綾乃が考え込むとは思えない。やはり幼い頃に行ったことがあるのでは無かろうか。二人で考えるも、一向に既視感の正体は見つからない。


 二人は一度観光地についての話はやめ、当初の話題に戻ることにした。


「まあその話は置いといて。日にちなんだけど、やっぱりお盆から少し時期をずらそうかなって思ってるんだけど」


「ごめんなさい。てっきりお盆の辺りで行くと思ってて、それ以外の日に予定を入れてしまったのよ」


 マジか。綾乃は人混みがあまり得意では無さそうだから、どうにかして日程をお盆から少し外せないかと考えていたんだが。綾乃の予定はずらせなさそうだし、そういう事情なら仕方ないか。


「いや綾乃は悪くないよ。俺が先に予定を聞かなかったのがいけなかったんだ」


「いいえ、ちゃんと確認しなかった私にも落ち度はあるわ」


 いつもみたいにどちらがより悪いか、自分を下げ続ける論争が始まった。こうなってしまうと二人は止まらない。自己肯定感の低い優心はともかく、綾乃までそれに引っ張られて自罰的思考に陥っていく。


 やがてこの争いが不毛だと気付いたので、投げやりになった二人はお盆の始まる日でいいだろう、と適当に決めてしまった。雛にも許可は取ったので、日程はとりあえずまとまった。

 なおこれは完全なる偶然だが、雛に紹介してもらった旅館は鳴子にあるらしい。鳴子温泉、俺も一度行ってみたかったんだよなぁ。








 そして現在に至る。

 この時期になると、新幹線の自由席などほぼ空いておらず、今回は移動時間がそこそこ長いために指定席を利用する他なかった。優心としては快適な旅にしたかったので、始めから指定席を利用する予定ではあったのだが。


 幸い指定席のチケットも取れたので、いきなり詰まるということは無くなった。


 それにしてもこの人混みは異常だ。帰省とはここまで人を動かせるものなのか。今回は綾乃からの希望があったのでこのタイミングとなったが、本来優心が墓参りに行くのは命日ぐらいのもの。どうしても距離がネックになり、あまり時間が取れなかったのだ。


 そんな憂慮を知らない綾乃は初めての新幹線を前に、分かりづらいながらもはしゃいでいた。具体的には、駅弁の売店を目を輝かせながら食い入るように見ていた。

 もちろん優心はそれを放っておかない。気付いた時には、既に二つのお弁当が優心の手にあった。




 駅弁を手に二人は新幹線に乗り込む。指定席ではあるが、発車前にはほぼ満席。優心はお盆の魔力に空恐ろしさを感じた。


「みんな意外と指定席を使うんだな」


「そうね… ねえ優心、私もう待ちきれないのだけど」


「新幹線が動くまで我慢しなさい。その方が絶対美味しいから」


 別に味が変わるわけでは無いのだが、何故か動いている時の方が美味しく感じるんだよな。なんというか、旅行って感じがして気分が上がる。

 綾乃がなんとか我慢しているところを見るに、俺の言葉に共感してくれたのだろう。





「最近美味いもんばっか食べてるな」


「自分の舌が肥えていくのを感じるわ………』


 言ってしまえば、駅弁は最高だった。味もさる事ながら、景色と共に食べるお弁当というのは中々に乙なものである。さらに今日は雲一つない晴天であることも相まって、まだ朝だというのに眠くなってくるほどに心地良い時間だった。







 2時間ほど新幹線に揺られて、仙台駅に到着した。時刻は正午を回ったところで、駅前もかなり混雑していた。


 そんな中、二人の目に止まったのは『牛タン』の文字。


「綾乃」


「ええ。暗い旅にしないためにも、全力で楽しまなくっちゃ、ね?」


 そうして牛タン専門店の中に吸い込まれていく。ただ勘違いしないで欲しいのは、考えなしにこの店に入ったわけではない。

 入り口にメニューが大きく張り出されていたのだが、値段設定が高校生のお財布にも優しいものになっていたのだ。いくら尋常じゃない貯金がある優心でも、無駄な出費は避けたい。


 なお、今回の旅の費用は全て優心持ちとなっている。何故かと言えば、優心が絶対に譲らなかっただけである。どれだけ綾乃が払うと言っても、優心は引き下がらなかった。しまいには、「俺に出せてくれなきゃ連れて行かない」とまで言う始末。

 これには綾乃も黙るしかなかった。


 そんなわけで格安牛タンに舌鼓を打ち、優心と綾乃の宮城旅行は幕を開けた。


 まだ、旅は始まったばかり。だが優心は、このまま平穏に終わるはずがない、そんな確信めいた予感を抱いていた。




※この後に食事シーンはありません。グルメ小説でもありません。

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