34.風邪を引いた日
勉強会から二週間が過ぎ、今日は終業式の日。
テストの結果はもちろん問題なく、綾乃と春馬がワンツーフィニッシュ。真田さんと大山さんのギャルコンビはなんと二人揃ってトップ10に入った。あの外見からこの得点を叩き出すなんて誰が想像できようか。
俺も50位以内には入れたので、上々といったところだ。ジョージと孝太もそもそも成績は悪くないため、赤点は余裕で回避していた。
そして問題の雛はというと………
「楽勝!」
「「「どこがだよ」」」
「だっていざ本番ってなったら、頭の中真っ白になっちゃったんだもん」
案の定ギリギリであった。勉強会の最終テストでは問題なかったはずなんだが、本番となるとやはり勝手が違ったらしい。
「赤点取らなかったんだしいいじゃん!これも勉強会のお陰だね」
「ヒナ、もし勉強会をしてなかったらと思うと、恐ろしいぞ」
「そもそも雛は勉強会以前は全く自習していなかったでしょう」
そう言われ目を逸らす雛。何か一つでも欠けてたらと考えると、春馬の言う通り考えるだけで恐ろしい。
分が悪いと理解した雛は強引に話題を変えようとする。
「そういえばもう夏休みだよね〜。みんなはもう夏休みの予定決めた?」
「逃げたな」
「逃げたね」
「逃げたわね」
「そ・れ・で?予定は決めたの?」
「いや、まだだな」
「てことは、あーちゃんも同じ?」
俺と綾乃をセットで考えるんじゃない、綾乃にも迷惑だし。俺達は四六時中一緒にいるわけじゃないし、綾乃にも自分の予定があるだろうからな。
「そうね。…ああ、でも優心と旅行に行く予定はあるわね」
「ちょっ、綾乃!?」
「ほーう?あーちゃん、その話詳しく」
事あるごとに爆弾発言するのやめてくれませんかねえ!?春馬もこっち見てニヤニヤしてんじゃねえ。ここには俺達しかいないからいいけど、教室内だったら間違いなく嫉妬と羨望の視線に刺されてただろうな。
「私から誘ったのよ。優心のご家族に挨拶したいって」
「全然甘い感じじゃなかった………。ねえ、それってあたし達も行っていい?」
「そうだな、俺も久々に帰りたいし一緒に行ってもいいか?」
それは………確かに綾乃だけじゃなくて雛のことも紹介したいし、春馬も久々に会わせたいとも思う。
でも綾乃は二人きりで行きたいって言ってたしな………
とりあえず綾乃に聞いてみるか。
「綾乃、どうす…」
「駄目よ」
即答かよ。それも食い気味に。
「えー、いいじゃーん。どうしてダメなのさー」
「あら、雛なら分かってくれると思っていたのだけど」
「ん?………あ!そういうことなら今回は遠慮しておこうかなー、あはは」
今の短いやりとりで何が分かったんだ?全く想像もつかない。だが春馬は何となく察した様子で、
「なるほどな、俺も何となく理解したぜ。そりゃ優心には言えねえわな」
「お気遣い痛み入るわ。というわけよ優心。二人きりの旅行、楽しみましょうね?」
「それならウチのホテル手配しとくよー。勉強会のお礼も兼ねて、二人で存分に楽しんできなよ」
もう何がなんだか分からないが、勝手に話が進んでいく。日程はお盆のどこかで2泊3日で行くつもりだったが、その時期はもう予約で埋まってるんじゃないか?
そう思ったのだが、
「あー、だいじょぶだいじょぶ。こういう時のために押さえてる部屋があるから。それ使ってよ」
「何でそんな部屋あるんだよ」
「あたしがマイペースだから?」
そんな訳で雛が山﨑財閥が運営しているホテルを取ってくれるらしい。宿泊費はいらないとのことだが、そもそもあそこは俺達一般人が簡単に泊まれるような場所じゃない。図々しいとは思うが、今回はお言葉に甘えさせてもらおう。
「久夜さんの苦労が目に浮かぶよ……… でもありがとな」
「じゃ、夜お兄ちゃんに連絡しとくね」
これ以上負担を増やすのはやめてあげて。
翌日。優心は目が覚めると、自らの身体が思うように動かないことに気付く。
(あー、これダメなやつだ………)
起きた瞬間感じたのは怠さ。背中は汗だくで、服が引っ付いて気持ち悪い。しばらくして頭痛や喉の痛みも感じるようになった。引き出しからしばらく使っていなかった体温を取り出して、脇の間に挟み込む。
ピピピッ。
そこに表示されたのは『38.7℃』の文字。
まあ要するにあれだ。風邪を引いたらしい。
とりあえず起きて水分補給をしよう。そう思い立った優心はフラつきながらもどうにか冷蔵庫に辿り着く。
(確かスポーツドリンクを冷やしてたはず………)
500mlのペットボトルを取り出し、蓋を開ける…力が入らないから蓋を開けるのも一苦労だな。
ようやく開いたペットボトルに口を付ける。キンキンに冷えたスポーツドリンクが熱を持った身体に効くな。
汗も拭いて少し落ち着いたので、寝室に戻ってもう一度寝よう。寝室の方に足を向けたその時、
ピンポーン。
こんな時に一体誰だ……… 宅配とかは頼んで無かったと思うんだが………
インターホンのカメラを覗き込むと、そこには涼しげな私服を身に着けたお隣さんが佇んでいた。
(あー……… そういえば夏休み中は毎日来るって言ってたっけ………)
とはいえ、まだ朝の7時。二人とも休みであっても惰眠を貪るタイプでは無いが、だとしても早い。およそ夏休みの初日にする行動では無いだろう。
そのまま待たせておくのも悪いので、とりあえずドアを開ける。
「おはよう綾乃………」
「ええ、おはよう優心………ってどうしたの!?ものすごく顔色が悪いわよ!?」
すごい慌てようだな。別に死ぬわけじゃ無いんだから………
「風邪引いたっぽくてさ……… 俺と一緒にいたら感染すかもしれないから今日は帰ってくれ………」
「分かったわ。風邪が治るまで私が看病する」
「人の話聞いてた?」
何も分かっちゃいない。それで綾乃に風邪を感染してしまったら元も子もないだろ………
綾乃は止めても家に入りこんできた。とりあえず寝てて、と言われるがままベッドに寝かされてしまったが、それから既に30分が経過している。看病と言っても一体何をするつもりなのだろうか。
そんなことを考えていると、寝室のドアが開く。入ってきた綾乃は見覚えのない大きな土鍋を持っていた。
「優心、朝ご飯はまだでしょう?お粥を作ったから食べてちょうだい」
「いやその前に…なんだその土鍋… 家にそんなのあったか………?」
「棚の奥に入ってわよ?それはいいから、早く食べなさい」
大和さんめ、いつの間にそんなものを。土鍋なんか買ってもらった記憶無いんだが。多分、大和さんが買ってきた物だから中々値が張るものだろう。
「ああ…いただきます……………美味い。やっぱり綾乃は料理が上手いなぁ………」
「お世辞はいいからちゃんと食べ切りなさい。残してもしょうがないし、早く治すには沢山食べないとね」
「お世辞なんかじゃないんだけどなぁ………」
そう言いつつも綾乃の顔は少し赤くなっている。一方の優心は食べるのに夢中で見えていなかったが。
今回綾乃が作ったのは卵粥。上に刻みネギが散らされており、つゆに白だしが使われていて良いアクセントになっている。ほっこり優しい味だ。
気付けば鍋は空になっていた。それだけ美味しかったという証拠だろう。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。優心、風邪薬はどこにあるか分かる?」
「あー、どこだったっけなぁ…」
空腹が満たされ、少し元気が戻った優心だったが、不都合な事実を思い出す。
そういえば風邪薬買ってなかったわ。
いや大和さんは買っておいてくれたんだが、去年体調を崩した時に使ってしまった。そして現在まで買い足すのを忘れていた。
そのことを綾乃に伝えると呆れた様子で、
「本当に貴方は……… 私がいなかったらどうするつもりだったの?」
「自分で買いに行ってたかな………」
「病人が一人で出かけられるわけないでしょう。途中で倒れたりなんかしたら………はぁ」
うっ。何かしたわけじゃないのに罪悪感がすごい。本当、綾乃には迷惑掛けないようにしないとな。………いや風邪引いてる時点で迷惑掛けてる気がするが。
「とにかく、今日は一日安静にしていること。買い物がいるなら私が行くし、家事も全てやるから」
「さすがに悪い…と言いたいところだけど、この身体じゃ正直何も出来そうにないし、お願いしてもいいか?」
「当たり前よ。それじゃあ私は風邪薬とか色々買ってくるから、優心は大人しくしててね」
そう言うと、綾乃は家を出ていった。鍵を閉めなきゃ………いや待て、もし俺が寝てしまったら綾乃が家に入れなくなってしまう。
………眠さに抗える気はしないな。綾乃に連絡して戻ってきてもらうか。
俺はすぐに連絡しようと急いでメッセージアプリを開く。
『ごめん綾乃。一回戻って来れるか?」
既読はすぐに付いた。
『どうしたの?買い足す物があるなら送ってくれればいいのに』
『いや鍵を閉めたら綾乃が入れなくなると思って。俺が寝ちゃうかもしれないし』
『分かったわ。すぐ戻る』
数分後。幸い、あまり遠くまでは行っていなかったようで、本当にすぐ戻ってきた。
「ごめん綾乃、さすがに鍵を開けっぱなしにするのは怖くて」
「大丈夫。それでどうするの?」
「この鍵、渡しておくよ」
俺はあらかじめ用意していた合鍵を渡す。………うん、今まで渡し忘れてました。わざわざ合鍵を作りに行き、渡すタイミングもいくらでもあったのにだ。
「いいの?これ、優心の鍵じゃ」
「俺のはこれ。それは綾乃のだよ」
「私の?」
「ああ、少し前に合鍵を作っておいたんだよ。綾乃なら信頼できるし」
むしろ綾乃以上に信頼できる人なんかいない。
「ふーん……… 分かった、そういうことならありがたく借りておくわね」
「わざわざ呼び戻して悪かった」
そのまま綾乃はもう一度家を出た。
少し話して疲れてしまった。一度そう思ってしまったら、疲れが押し寄せてくる。
これで綾乃も家に入れるし、俺は大人しく寝てようか。
瞼を閉じる。そして優心は一瞬で眠りに落ちるのだった。
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