32.どうしようもないほどに
場所は変わり女子部屋。こちらの部屋にはもちろん手紙は無く、女子高校生らしく恋愛トークに花を咲かせていた。
「お泊まり会といったらやっぱ恋バナっしょー!」
「雛ちゃ、その考えちょっと古くない?」
「あたしは分かるけどなー。だってそういう話ってドキドキするじゃん?」
私にはよく分からない概念ね。人のそういう話を聞いて何が面白いのかしら。馬鹿馬鹿しいわ、さっさと寝て明日も早く起きましょう。
「おっとあやのん、まだ寝るには早いんじゃないかな〜?」
「そうだよあーちゃん、今夜は寝かさないぜ?」
気持ち悪い笑みを浮かべながら雛と相川さんが迫ってくる。こいつら面倒くさいわね、一発引っ叩いてやろうかしら。これは正当防衛よね、うん。そういうことにしましょう。
そう思って右手を振りかぶったその時。
「ちょ、ちょーっと!あやのんストーップ!」
「あら真田さん、どうかしたの?」
「どうかしたのじゃないよ!?今何の躊躇も無くビンタしようとしたよね!?」
それに何か問題があるのかしら。変な人にはこうやって対処しろって優心に教わったのだけど。
酔っ払いに絡まれたあの後、優心から何も出来ないくらいならせめて一発殴るくらいは許されるって言われたから、もし変な人に絡まれたらこうするように意識に刷り込んでいたのだけど。
「ダメだって〜。ほら、二人も謝って!」
「ごめんあーちゃん。悪ふざけが過ぎました!」
「あたしもごめんなさい」
「………分かれば良いのよ」
「それでさ、ぶっちゃけトバくんのことどう思ってるの?」
「全然反省してないわね」
これは何度言ってもダメそうね。はあ、どうしたものかしら。
「あやのん困ってるんだからやめなって。ほら、雛も止めて」
「止めたいのはやまやまなんだけどねー。正直あたしも気になるっていうか」
「ダメだこいつら。脳みそが恋バナに染まってる」
「「で、どうなの?」」
真田さん、諦めたらダメよ。この二人を抑えられるのはあなたしか………目が諦念に染まっているわね。もう観念して話しましょうか。
「分かったわよ。別に隠し通したいという訳でも無いし」
「えっ?いいの?」
「何よそれ。あなた達が聞いてきたんでしょう?」
「いや本当に話してくれるとは思わないし」
「なら話さなくていいわね」
「わー!ごめんって!お願いします、聞かせてください!」
何だか妙な空気になったけれど、まあいいわ。別に彼女達に知られたところで困る訳でもないし。
「絶対に口外しないって約束できる?」
「「もちろん!」」
「あたしも約束する」
「ありがとう」
「私は優心のことが好きよ。1人の異性として」
思えば、この想いを口に出すのは初めてかもしれない。わざわざ誰かに言うようなことでも無いもの。
でも少しずつ感情を表に出したり大胆になっているのは、どうしようもなく彼のことを愛しているから。
私に人の温もりをくれた彼にはどれだけ感謝してもしきれない。
でも彼が以前、私に関わるようになったのは笑顔で「おはよう」と言ってもらいたいからだと言っていたけれど、私は言うわけにはいかない。
だって目的を達成したら、彼は私の元から離れてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければいけないから。
私の人生から彼がいなくなってしまったら、どうなってしまうのだろう。きっと喪失感に耐え切れずに壊れてしまう。それくらい、彼に依存してしまっている。
私が恋というものを経験するのが初めてだから、盲目的になっているだけかもしれない。でも、それでもいい。彼とならば破滅しても構わない。………なるべく避けたい未来ではあるけれど。
だから彼の望みは叶えない。他のことだったらどんなことだって出来るし、してあげたい。でもその望みだけは絶対に叶えられない。そのためには出来るだけ感情を隠さなければならない。いつ彼が満たされてしまうか分からないから。
「ねえあーちゃん気づいてる?あーちゃん今すっごく恋する乙女の顔してる」
「うんうん!今まで見たあやのんで一番可愛いかもっ!」
「な、何言ってるのよ。馬鹿じゃないの?」
うう、恥ずかしい。やっぱり言わなければ良かったかしら………
「でもちょっと悲しそう。なんで?まさかフラれるとか考えてる?」
「いやあやのんに限ってそれだけはないでしょ」
「そうだよ、あーちゃんの手にかかればどんな男だってイチコロなんだから!」
そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、こればかりは誰かに相談してどうにかなる問題じゃない。私自身の力で解決しなければいけな………
「違う、あーちゃんは悲しいんじゃなくて寂しいんだよ。何か心配ならあたしに話してみて。なんかアドバイスできるかもしれないし」
雛、なんで分かるの?あなたはいつもそう。困っている人がいたらすぐに分かるし、今みたいに隠した心の内だって雛は見抜く。
でもそれが今は少し嬉しい。雛の言う通りよ。彼の望みを叶えないまま隣に居続けるなんて、そんなの寂しいに決まってるじゃない。雛だったら………いえ、他の二人だってそう。私だけでは無理でも、みんなが居ればなんとかなるかもしれない。
私は優心を幸せにすることを諦めない。どんなに難しくても彼が喜んでくれるなら、私は絶対に諦めない。
たとえ私がどうなったとしても。
「そうね……… 以前、屋上で話していたのを盗み聞きしていたのは伝えたわよね」
「うん?そういえばそんなこともあったねぇ」
「あの時優心が言ってたこと、覚えてる?」
「うーんと確か………笑顔でおはようって言ってもらいたい、みたいなやつだっけ」
「ええ。それについてなのだけど………」
私は先程考えていたことを話す。それを聞いた雛は、
「さっきあたしのこと馬鹿って言ったけどさ、あーちゃんの方がよっぽど馬鹿だよ」
何ですって?私が雛を軽く睨むと雛は少し慌てたように、
「違う違う。あんまり難しく考えないでさ、もっと自分に素直になったらいいんじゃない?」
「素直に………」
「雛ちゃの言う通りだよ。恋愛なんて直感でいいの。好きなんでしょ?トバくんのこと」
「ええ、この気持ちは誰にも負けない」
「うわっ、ストレート……… でもあやのん、それでいいんだよ。押せ押せでトバくんをメロメロにしちゃえ」
「それにさ、トバっちはそんなことで離れていかないよ。あーちゃんだって分かってるんじゃない?」
言われてみれば当然だ。彼はそんなことで今までの関係を放棄するような人じゃない。
そうか、私は臆病になって悪い方向にばかり考えていた。もしこの想いが優心に知られて、それで優心が離れていってしまったら、いなくなったらどうしようって。
そうね………押せ押せでメロメロ………ふふっ。もうここまで来たからには絶対諦めてあげない。
「あーちゃん、あたし達も全力で応援するからね!」
「なんかあったらあたし達に言ってよ。力になるからさ!」
「ありがとう、これで諦めなくて済むわ」
「覚悟しててね、優心。絶対に私のことを好きにさせてみせるから」
一方その頃。
「ぶえっくしょい!!!」
「どうした優心、ずいぶん派手なくしゃみだな。花粉のシーズンはもう終わったぞ?」
「別に花粉症じゃ無いんだけど……… 誰かが俺のこと噂してんのかな」
ま、気のせいだろ。
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