30.山﨑家
何かとても情けないものを見た気がするが、それはさておき。
午後になったからといって特にやることが変わる訳でもなく。自分の苦手なポイントを勉強しつつ、時折休憩を挟んだり、綾乃が作ってきたテストで定着度を確認する。
時刻は18時を回ったところ。みんなも集中力が切れてきた頃で、晩ご飯は19時頃だと芦澤さんに聞いていたので、今日はここまでということになった。
今日の成果を語り合いながら昼と同じ会場に向かう。明日も勉強会は続くが、今日だけでもとても有意義な時間だったと思う。少なくとも赤点を取りそうな感じは無くなった。
そうこうしている内に会場の大きな扉の前に着く。………中から何やら話し声が聞こえてくるな。他にも誰かいるのだろうか。
そう思いながら扉を開けると………
「ハッハッハ!皆、昼間はすまなかったね!」
いやアンタかい。と思ったけど、知らない人が3人………ちょっと待て。あの男の人、まさか。
「パパとママがなんでここにいるの!?海外に行ってるはずじゃ………」
「雛が友達を連れてくるって言うから、文字通り飛んで帰ってきたんだよ」
「パパ、絶妙に寒いボケやめて」
そう、この男性こそ山﨑財閥のトップであり、雛の父親である山﨑昏人氏だ。
世界を股にかける実業家で世界でも有数の大富豪である。手掛けた事業は数知れず、レジャー施設から航空会社、果てには石油開発までしてるとか。
そんな多忙を極める彼がなぜここにいるのかと言うと、
「いやいや、雛が家に人を呼ぶのは初めてだろう?いつも君達のことは雛から聞いているよ。一緒に居て楽しいと。そんな子達ならば是非とも会ってみたくてね」
「ちょっとやめてよパパ。………恥ずかしいなぁ、もう………」
珍しく雛が顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。なんだろう、いつもふざけてる雛ばかり見てるからだろうか、少しドキッとし……痛ったぁ!?
右の脇腹に突如として強い痛みを覚えた。そちらを向くと、そこには以前見た般若がいた。なんで?なんで俺つねられたの?
「この節操なし」
「えっと、ごめんなさい?」
一体何の話をしているのかさっぱり分からないが、とりあえず謝っておく。うーむ、理不尽。
まだ痛みが残っているが、昏人さんとの会話に戻ろう。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は山﨑昏人。雛の父親で、一応山﨑財閥の会長をやっているよ。と言っても最近はあまり仕事らしい仕事はしていないんだけど。気軽に昏人さん、とでも呼んでくれ。それと、こっちが私の妻の信乃だ」
「うふふ。初めまして、山﨑信乃です。いつも雛ちゃんがお世話になってます」
そう言って丁寧にお辞儀する2人。昏人さんは落ち着いた雰囲気の初老の男性で、父親から引き継いだ財閥をさらに大きくし、一躍世界に名を轟かせたことで有名だ。
そしてその隣に立つ女性が雛の母親の信乃さん。どこか気の抜けたような話し方だが、彼女も昏人さんを長きに渡って支え続けてきた敏腕秘書だと、業界では名が知れているらしい。あととても若々しい。20代と見間違うような美しさだ。………って痛ったぁ!?
またかよ!?俺は咄嗟に右を向き、抗議の視線を送る。さっきといい、女性を褒めるとダメなのか?
………まさか嫉妬してるとか?………いやありえないな。あの綾乃が嫉妬なんてするはずが無い。俺達は友人だ、誰よりも大切だが恋人という訳ではないし、どこまで行っても嫉妬なんて感情は生まれようがない。
「まさか人の奥さんにまで………」
「おい待て誤解だ!?俺にはそんな度胸は無いぞ!?」
「どうだか。………私には靡かないくせに………」
「すまん、なんて言ったか聞こえなかったんだが…」
「なんでもないわ」
まただ。何回聞いても綾乃の言葉が聞き取れない。やっぱり今度耳鼻科に行くか………
「ご丁寧にありがとうございます。戸張優心といいます。こちらこそ雛さんにはいつもお世話になってます」
「氷川綾乃です。私も雛にはいつも元気をもらってます」
「む、君は確か………」
「どうかしましたか?」
「いや、どこかで見たことがあるような気がしてね。氷川、氷川か………」
「別に珍しい苗字という訳ではありませんし、他人の空似でしょう」
そんなやり取りがありつつも、順番に自己紹介していく。
ジョージと孝太は緊張したような様子だったが、粗相はせずに済んだようだ。ギャルズは…まあ平常運転だった。物怖じしないというかなんというか。
「さて、最後は俺ですね。お久しぶりです、昏人さん、信乃さん」
「久しぶりだね春馬君。かれこれ5年振りかな?」
「そのぐらいですね。俺も皆さんに会えて嬉しいです」
「私も嬉しいわぁ。お母様はお元気かしら?」
「はい、お陰様で」
やっぱり春馬は家族ぐるみで知り合いみたいだな。春馬が『後で説明する』って顔してるな。大丈夫だ、お前がそういうやつだってことは分かってるよ。
「僕も挨拶がまだでしたね。雛の兄の久夜です。昼食時は朝人がご迷惑をお掛けしました」
「ちょっと待て久夜。俺が雛達に迷惑を掛けるはずが無いだろう」
「あのね兄さん、あの芦澤さんがあれだけ怒ってたの僕は初めて見たよ」
「それは誠心誠意謝っただろう!?まだ謝り足りないとでも言うつもりか!?」
「いや兄さんこの子達の昼食の時間奪ったでしょ?それも謝らなきゃ」
「む、それはすまなかった。確か勉強しに来てるのだったか。良ければ俺が見てやろうか?」
それは嬉しい提案だ。やはり会社の社長をやっている人は勉強もかなりできるのだろうな。そう期待を膨らませていたが、
「兄さん僕に勉強で一度でも勝ったことあった?学校の成績もそんなに良くなかったし、そもそもまだ仕事残ってるでしょ」
「だが明日なら」
「明日は大口の取引先との会食、それに新プロジェクトの会議も入ってるよ。夜までみっちりだからそんな時間は無いね。というか兄さん今日の仕事、全然終わってないじゃん。無理言って抜け出してきたんだから、早く戻るよ」
「待て久夜。俺はまだ雛と一緒に………いやお前も力強いな!?」
哀れ朝人さん。今度は弟に連れ去られてしまった。2人が去った食卓には微妙な空気が漂っていた。
「と、とりあえず食べましょうか」
「そうだね。せっかくの料理が冷めてしまう」
「「「いただきます」」」
夕食は昼とは打って変わって魚が中心の和食であった。刺身だけでなく、寿司やあら汁などがあった。さらに身の大きなカニまで。これまた贅沢だな、雛…が頼んだ訳じゃなさそうだな。朝人さんも違うとなると、ご両親か?
「これはお二方が?」
「そうだよ。さっき軽く市場の方に寄ったんだが、なかなかの上物を見つけてね。せっかくだからみんなでと思ってね。どんどん食べてくれ」
「わざわざありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「戸張君、だったかな。君は応対がとても丁寧だね。どこでそんなものを身に付けたんだい?」
「知り合いの弁護士の方に教えてもらったんです。いつか必ず必要になるから覚えておけって」
そう、俺の目上の人との関わり方は全て大和さんに教わったものだ。あの人は先を読む力、いわゆる先見の明に長けていて、何をするべきかを的確に教えてくれたんだよな。
「それはもしや大和誠治という名の男だったりしないかね?」
「知っているんですか?」
「そりゃあそうだよ。大和君と彼の兄と私は共に、私の父からこの世界を学んだのだから」
「そうだったんですか。世間は意外と狭いものですね」
そんな他愛もない話をしながら夕食の時間は過ぎていく。
そろそろお開きというところで、明日の予定を話し合う。
「明日は何時から始めるんだ?」
「朝ごはんは8時って芦澤さんが言ってたし、9時頃からでいいんじゃないかな」
「そうだな。夕方には解散しようって話だったし、お昼はどうするんだ?」
「必要ならばお作り致しますが」
「そこまでお世話になる訳にはいかないですよ。やっぱり昼解散にしようか」
「そうだねー。雛ちゃにあんまお世話になりすぎるのも良くないしねー」
相川さん、意外と言っては失礼だが色々考えてるんだな。これといい成績といい、格好や言動こそギャルだが実は中身はそこらの高校生よりよっぽど大人なんじゃないか?
「寂しいけど仕方ないかー。でもでも、この後はお待ちかねの時間が待ってるんだからね?」
雛にとってはやっぱりこっちが本命だったみたいだな。
だが優心は甘く見ていた。思春期の高校生の恐ろしさを———
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