29.夢中
ギャルズの頭が良いという衝撃の事実が判明したが、まだ肝心の勉強会は始まってすらいない。
まず、全員の長所と短所を徹底的に洗い出し、そこから対策を練っていく。この作業に関しては春馬は全くの戦力外なので、ひたすら自分の勉強を進めてもらうことにした。その代わり、勉強が割と出来るギャルズにその役目を任せることにした。
この2人も誰かに教えるという経験は無かったが、言語化できるだけ春馬よりマシである。
そうして苦手部分の勉強を始める。分からないところは遠慮せずに聞きながら、ひたすら問題を解いて脳に染み込ませていく。
そうしていると、気づけば時刻はお昼時。朝から3時間に渡って続けていたが、流石にそろそろ休憩しようとなったので雛に用意してもらった昼食会場へと向かう。
………いや会場って何?この家にキッチンがあるのはさっき確認した。そこにはかなりハイレベルな調理器具が揃っていたらしく、チラッと見た時に綾乃が目を輝かせていたのを俺は見逃さなかった。
ではなぜ移動しなければならなかったのか。このテーブルに並んだ料理の数々を見れば、その理由は説明不要だろう。
瑞々しいレタスとトマトのサラダ。幻想的な透き通る淡色のスープ。そして極め付けは、肉汁が鉄板の上で踊り跳ねる厚切りのステーキ。なるほど、これが最後の晩餐というやつか………
その他にも、学生であることを考慮してか唐揚げやポテトフライといった品も並んでいた。
「雛お嬢様、そしてそのご学友の皆様。お待ちしておりました」
「もー、芦澤さんってば、こんなに豪華じゃなくていいってあれだけ言ったのに」
「はははっ。私はこの家の料理長として当然のことをしたまでです。いくらお嬢様の頼みと言えど、お客様には最高の料理を堪能してほしいので」
そう快活に笑うコック帽を被った男性。この人が車内で雛が話していた、元三つ星レストランの料理長であり、現在はこの家の食事を取り仕切っているという芦澤さん。とても若そうに見えるが、実際は既に四十を過ぎており、未だ独身ということもあって女性の使用人達に密かに狙われているらしい。
「だとしても豪華すぎない?あたしが知ってる中でトップクラスの食材使ってるでしょ」
「流石はお嬢様、ご慧眼でございます」
「なんでそんなの大量に使っちゃうの!?ママに怒られるじゃん!?」
「まあ落ち着け我が妹よ」
焦った雛と妙に冷静な芦澤さんの間に割って入ったのは、いつの間にかそこに座っていた若い男。…というか今雛のこと妹って言ってたよな?つまりこの人は………
「うええ!?朝お兄ちゃん、なんでいるの!?」
「雛が友達を連れてくると聞いてな。折角の機会だから飛んで帰ってきたのだよ」
「えーっと、雛ちゃ。この人は?」
「あ、ごめんごめん。この人はうちの長男の朝人お兄ちゃん。日本支社の社長やってるんだ」
「山﨑朝人だ、よろしく頼む」
やはり雛のお兄さんだったらしい。特徴的な切れ長の目に、整った顔立ち。それに口元が雛とそっくりだ。
身体中から自信が満ち溢れているような人で、彼なら何をやっても上手くいくような気さえしてくる。
というか何その喋り方。めっちゃカッコいいんだけど。
「すまんな雛、俺が指示したのだ。あの雛が友人を連れてきたのだ、我が家の全力を以ってもてなせとな」
「怒られるなら1人で怒られてね。あたしは知らないから」
「待て雛、俺を見捨てるんじゃない。何でも言うこと一つ聞いてやるから、な?」
「そういうのは夜お兄ちゃんに頼んで」
なおも食い下がる朝人さん。カッコいいとか思ってたけど前言撤回。少しずつダメ人間に見えてきた。
「皆様、料理が冷めてしまいます。朝人様は置いておいて、どうぞお召し上がり下さい。朝人様は後で少しお話があります」
しばし2人の兄妹喧嘩を見ていると、芦澤さんが後ろからとてつもない威圧感を放っていた。この人、料理への情熱がすごいな。なぜ山﨑家に来たのか気になるぐらいに。
「あ、芦澤?お前も久々にいい食材が扱えて嬉しいんじゃないのか?」
「それとこれとは話が別でございます。こちらで料理とは何か、語り合おうではありませんか」
「待て芦澤!雛…は無理だから春馬君、助けてくれたまえ!助けてくれるなら、お礼に好きな物をなんでも一つプレゼントしようじゃないか!」
「じゃあ朝人さんの人としての尊厳で」
こいつ悪魔かよ。
「春馬君それはどういうことかな!?」
「そのままの意味っすよ。じゃあ芦澤さん、連れてっちゃって下さい」
「離せ、離すんだ芦澤!待っ、力強いな!?」
そのまま朝人さんは連れていかれてしまった。………なんというか、嵐のような人だったな。
このまま待ってても仕方ないし、食べるか。
まずはサラダから。
シャキッ。………美味っ!?野菜の新鮮さもさることながら、このドレッシング。これが抜群に美味しい。ドレッシングとしての味は主張しつつも、野菜の食感や瑞々しさは邪魔しない。
…ヤバい、このサラダ無限に食べれるぞ。
夢中でサラダを食べていたら、いつの間にか完食してしまった。くっ、仕方がない。次だ。
次はメインディッシュのステーキだ。
食べなくても分かる、これは白米が必須なやつだ。香りだけで米が進むだろうな。
すると、横からするりと手が伸びてきて、
「白米でございます」
このメイドさんエスパーかよ。
「山﨑家の使用人たるもの、この程度は当然でございます」
やっぱエスパーだよね?
そんなメイドさんはさておき、湯気が立ち、米粒の光った白米を頂く。
まずは米だけで。…うん、美味い。本当に美味しいご飯はそのままで食べると甘いんだな。
そしてステーキにナイフを入れる。とても柔らかく、力を込めずとも簡単に切れてしまう。
ソースをかけずに一口。肉の味がジュワァ〜っと口の中に溢れる。俺は今、幸せを噛み締めている。
次はソースをかけて一口。………なんだこのソース、美味すぎる。これ売ってくれないだろうか、後で芦澤さんに相談してみよう。
最後はソースをかけて白米と共に。一度、ご飯の上で肉をバウンドさせ口へ運ぶ。………うん、正解。人それぞれ好みはあると思うが、俺はこれが最適解みたいだ。お椀を持ち、ご飯をかき込む手が止まらない。周りの視線など気にするものか。
………ハッ!?に、肉が無くなっている………。ご飯も米粒一つ残っちゃいない。そこでみんながどうしてるか気になって周りを見渡す。
春馬は………普通だな。逆に冷静過ぎて少し怖い。ジョージと孝太は、俺と同じように興奮しながらステーキにがっついていた。雛とギャルズは談笑していた。時折、綾乃も会話に交じりながら、普段と変わらない様子で食べていた。
さて、最後はスープだ。これは………鶏の冷製スープか。もちろん美味しい。冷えているのに香りが漂ってくる、まるで芸術品のようなスープだ。
飲むのがもったいない気さえしてきたが…いただきます。………美味い、この一言に尽きる。ここまでステーキや色々な肉類を食べてきたが、これはそれらとは真逆の味。例えるならそう、母の包容力のような、優しく包み込んでくれるような料理だった。
ダメだ、ゆっくり飲みたいのにすぐに飲み切ってしまった。ま、まあ夕食もあるし、そちらを楽しみにしよう。
俺達は食事を終え、勉強会に戻る。ちなみに朝人さんは帰ってきたときげんなりした様子で、「もう芦澤嫌い」などと呟いていた。後ろに芦澤さんいますよ。
その後、仕事を抜け出してきたとかですぐに会社に戻っていった。何がしたかったんだあの人。
まだまだ勉強会は続いていく——————
お読みいただきありがとうございます!
感想、誤字報告もどんどんください!
高評価もして下さるとものすごく作者の励みになります………!!!




