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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第二章 今はまだ遠くても誰よりも近いから

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26.望み

 



 6月下旬のある日。優心達は様々な苦難を乗り越えてきたが、さらなる苦難が待ち受けていた。

 それも、とびきり現実的なやつが。


 それは2人が家で過ごしている時の何気ない会話からだった。


「そういえばもう少しで期末テストだな。綾乃は今回も学年一位を目指すのか?」


「当然よ。目指すというか普段から勉強していればこのくらい出来るわよ」


「それ二位以下のやつらには絶対言うなよ。傷口に塩塗ることになるから」


「流石にその辺りは弁えてるわ」


 綾乃はこういうところ、結構ちゃんとしてるんだよな。学校では無表情でも人間だからな。実は内心、様子を伺ってたりするのか。そう思い、少し茶化すように聞いてみるが、


「何を言ってるの?私が言わないのは話す時間が無駄だからよ。貴方達以外と話してもつまらないもの」


「そりゃありがたいこって。まあ二位は大体春馬だけどな」


「そう言う貴方は何位なのよ」


 それを聞かれたらまずい。…いや元々その話をしたかったんだが。


「……赤点…ギリギリ取らないぐらい?………お願いします綾乃先生。哀れな子羊に救いを………」


「それ教師じゃなくて牧師でしょう。ふざける余裕があるなら大丈夫そうね」


「見捨てないでくれ!1学期は色々ありすぎて全然勉強出来てないんだよ。実際中間テストは散々だったしな…」


 実は体育祭の少し前に中間テストがあった。その時期は、渡の一件の後始末に追われたり、綾乃との関係について色々聞かれたりと、まあ勉強どころではなかった。

 その結果、中間テストでは赤点一歩手前の点数を取ってしまった。


 今回のテストで赤点を取ってしまえば、夏休み中の補習への参加が必須となる。そんな事態だけは絶対に避けなければならない。

 綾乃と過ごせる初めての夏だからな。やりたいことがいっぱいあるんだ。綾乃だけじゃない、春馬や山﨑さんともだ。


「頼む!補習だけは絶対に避けたいんだ!」


「………はぁ、分かったわよ。でもタダで引き受ける訳にはいかないわ。そうね………うん、決めたわ」


「俺に出来ることなら何でも言ってくれ」


「そんなに難しいことじゃないわ。もし優心が赤点を取らないで、私も学年一位を維持できたらどこか旅行にでも行きましょう?正直、少し疲れたわ」


 なるほど。確かに俺達は色々な出来事がありすぎて休む間も無かったからな。ここらで羽を伸ばすのもいいかもしれない。


「いいな、それ。そしたら春馬と山﨑さんも誘って………」


「何を言っているのかしら?貴方と私、2()()()()で行くのよ」



 ………はい?いやちょっと待て。……………何だって?ダメだ、脳の処理が追いつかない。

 今、2人きりでって言った?いやそんなまさかね。そんなことがあるわけ無いじゃないか。



「ははっ、綾乃は冗談が上手いなあ」


「いえ?本気も本気だけど」


 うん。聞き間違いじゃなかった。


「綾乃、落ち着いて考えてみてほしい。俺と2人きりで旅行に行くってことは、男と泊まるってことなんだぞ?男は皆獣だって分かってるのか?」


「そんなことは承知の上よ。それに貴方のことはよく知ってる。私に対して不誠実をはたらくような人じゃないもの。それとも貴方は理性を失った獣になるのかしら?」


「絶対にそんなことはしない。でも万が一だってあるだろう?」


「私の行きたいところはもう決まってるわ」


 聞けよ。この人、俺に対して全幅の信頼を置いてやがる。いや嬉しいよ?嬉しいけどもっと警戒心を持ってほしいものだ。………そういえばこの人警戒心の塊みたいな人だったわ。


 警戒を解かれていることを知って、なんだかむず痒い気持ちになる。綾乃が俺達以外と話してるところは見たことが無いし、自分から近づくことも無い。綾乃はそういう人だったな。


「どこに行きたいんだ?」


「宮城よ」


「………まさか」


「そのまさかよ。……貴方の家族にご挨拶したいの」



 綾乃が語ったのは予想外の場所。そこは父の故郷であり、俺が中学時代を過ごした地。

 ………そして、俺の家族が眠っている場所でもある。



「そういうことなら別にお願いなんてしなくていい。俺も綾乃を紹介したかったしな」


「そう、ありがとう。ずっと知りたかったのだけど、優心のご家族ってどんな方だったのかしら?」


「そうだな……… 一言で表すなら、優しい人達、かな」


「詳しく聞かせて?」



 そうして俺は家族について語る。


「まず両親からだな。2人は、俺と妹のことを溺愛してたな。でもただ甘やかすんじゃなくて、悪いことをしたら叱ってくれたし、相談事にも真剣に向き合ってくれた。ある意味で先生みたいな感じだったよ」


「あら、それだと優心そっくりじゃない」


 そっくり?俺が?そんなわけ無いだろうと思い、すぐに否定しようとするが綾乃が先に口を開いた。


「だって、貴方はいつだって私のことを真剣に考えてくれる。真面目な話なら最後まで聞いてくれるし、ただ素直に認めるんじゃなくて反対意見も出してくれる。私は同年代の中でも大人びている方だと思っているけど、それでもまだまだ子供なんだなって感じる。私にとっては貴方が先生みたいなものよ?」


「うーん、自分じゃ全然そんなつもりないけど、綾乃がそう言うならそうなんだろうな。何だか照れ臭いけどね」


「本当に貴方は自己評価が低すぎよ。もっと自分を褒めてあげたらどう?」


 そうは言ってもね。自分がそんな大層な人間だとは思えないし、誰かにものを教えられるような性格でもない。決して褒められた生き方はしてこなかったからな。

 家族を助けられず、どうして自分がと自問自答する毎日。俺の人生は後悔だらけだ。


 っと、俺の話はどうでもいい。今は家族のことだったな。


「俺のことはいいんだ。そうだな、次は妹の話をしようか」


「妹さんはどんな子だったの?」


「俺とは正反対でとても元気な娘だったよ。そういえば俺によく懐いてたっけなあ……… 周りにお兄ちゃんっ子だねって言われて、じいちゃんが寂しがってたっけ」


「そう、妹さんとは仲が良かったのね」


「そうだな。一個しか歳が違わなかったからっていうのもあるんだろうけど、かなり仲は良かったと思う」



 あいつが生きてたらもう高校生か。…制服姿、見たかったな…。でもその願いはもう叶わない。あの時、俺が守ってあげられれば……… やはり悔いが残る。



「最後はお祖父様とお祖母様ね」


「ばあちゃんは料理が上手かったな。特に煮物が絶品だったんだ」


 亡くなった時は、ちょうど俺が事故のショックから立ち直り始めた頃だった。最後に作り置きしてあった筑前煮をじいちゃんと食べて、二人とも涙が止まらなかったな。


「その煮物のレシピを教えて貰いたかったわ」


「レシピの写しならあるけどいるか?」


「!欲しいわ!今度の休日に作ってあげるわね」


「ははっ、それはいいな。…またあの味を食べられるのか」


 正直、とても楽しみだ。あのレシピは結局、じいちゃんが作っても上手くいかなくて断念したんだよな。全く同じレシピのはずなのに全然味が違って、色々試行錯誤したっけ。


「お祖父様はどんな方だったの?」


「そうだな… じいちゃんは言うなれば俺の師匠だな」


「師匠?」


「ああ。俺に家事とかの一人でも生きていく術を教えてくれたんだ。今の俺があるのは、じいちゃんとのあの3年間があったからだ」


 じいちゃんは俺に様々なことを教わった。家事だけじゃない。ありとあらゆる生活術や、人との関わり方も教えてくれた。じいちゃんとの日々は大変だけど充実してた。あの人は最後まで俺に弱いところを見せないで、ずっと俺に力強い姿を見せ続けてくれた。本当に、カッコいい人だったよ。


「ふふっ、短い言葉でもお祖父様を尊敬しているのが伝わってくるわね」


「当たり前だよ。俺もいつかじいちゃんみたいな人になるのが目標なんだ」



 その目標は俺を置いて先に行ってしまったけれど。いつかまた会ったとき、胸を張れる自分でいたい。そう思わせてくれる、最高の目標だ。



「私も応援してるわ。貴方なら必ずなれるわよ、お祖父様みたいな人に。でも、困ったときはちゃんと相談してね?」


「ああ、約束したからな。遠慮なく頼らせてもらうよ」


「それでいいわ。そんなお祖父様に近づくためにも、まずは期末テストを乗り越えなきゃね?」



 最後の最後で現実に引き戻される優心であった。



お読みいただきありがとうございます!

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