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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第二章 今はまだ遠くても誰よりも近いから

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25.また一歩、近づいて

 



 俺達は結局一言も話さないまま今日の授業を終えた。

 いくら話そうとしても綾乃が聞く耳を持たなかったので、学校で話すことは諦めた。

 なら家で話すしかない。今日はとことん綾乃と一緒にいよう、そう心に決めて帰路に着く。



 俺は綾乃に合鍵を渡していない。なので綾乃の方が早く帰った時は扉の前で待っているはずなのだが、今日はそこにいなかった。

 帰宅して1時間が経っても綾乃が来る気配はない。一応、話したいことがある旨をメッセージで送って既読もついているのだが、それでも部屋のインターホンに反応はない。


 流石におかしいと思い、意を決して綾乃の部屋に行くことにした。


 俺は綾乃の部屋のインターホンを押し、出てくるのを待つ。だがどれだけ待っても出てこない。


「綾乃、俺だよ、優心だ。今日のことを話そうと…いや、謝ろうと思って。だから出てきてくれないか?」


 部屋の中にいるであろう綾乃に呼びかけてみる。これで家に帰っていなかったら心配になるんだが…


 ガチャ。


 よかった、家には帰っていたみたいだ。俺はまずそこに安堵する。

 だが、そこには制服のまま目を腫らした綾乃の姿があった。


「綾乃、大丈夫か?その…ごめん。俺があんなこと言ったから………」


「………いいえ、悪いのは私。優心は嫌がっていたのに無理矢理あんなことをして。それで勝手に傷ついて。ふふっ、滑稽よね。分かった?私は最低な女なの、だからこれ以上関わらない方が………」


「何を言ってるんだ、そんなことするわけない。それを言ったら、俺だって綾乃が学校でも名前で呼びたいって言ってくれたのに自分勝手な理由で断った。それでも綾乃は俺と一緒に居てくれようとしたのに、俺はそんな綾乃を傷つけた。本当に最低なのは俺の方だよ」


「いいえ、私の方が」


「いや俺の方が………このままじゃ埒が明かないな。一旦落ち着いて話し合わないか?」


「………そうね。すぐに行くから少し待ってて」


 そう言うと綾乃は扉を一度閉め、少し経って戻ってくる。


「待たせたわね」


「いや大丈夫」



 言葉少なに俺の部屋に向かい、すぐに定位置に座る。


「まずはごめん。あの時ただの隣人だなんて言って」


「こちらこそごめんなさい。私が学校であんなことをしたから」


「あれは山﨑さんが主犯だろ?綾乃は何も悪くないじゃないか」


「確かに考えついたのは雛だけど、あのやり方を選んだのは私。これはきっと罰なのよ。貴方にはあれだけのことを言う権利があるのだから」



 違う、それだけは絶対に違う。責められるべきは俺だ。綾乃はただ自分の願いを言っただけ。なのに俺は絶対に言ってはいけないことを口にした。一番大切だって言ったのに、それを俺は裏切った。

 改めて整理すると最低だな俺。


「そんなことは絶対に無い。誰が何と言おうと俺は綾乃を傷つけた、それは変わらない事実だ。それに綾乃、今言ったこと、本心じゃないだろ?」


「いえ、そんなことは」


「なら自分が傷ついたことは隠すはずだ。俺が知ってる氷川綾乃はそういう人だ」


 観念したのか、綾乃はポツポツと本心を語りだす。


「………怖かったの。ただの隣人と言われて、貴方との今までの全てが無かったことにされた気がして。貴方と、優心ともっと近づきたくて名前で呼ぼうと思ったのに、まるで反対の結果になってしまった」


 綾乃は自嘲するような笑みを浮かべる。


「それに、寂しかった。もう二度と学校じゃ話せないかもしれない、そう考えたら涙が込み上げてきて… 学校では抑えたけれど、帰ってきたら涙が止まらなくて……… こんな状態じゃ優心に会えないと思って」


「だからこっちに来なかったんだな」


「ええ、それに気持ちを落ち着ける前に貴方に会ってしまったら、私の中で何かが壊れてしまうような気がして… だから、心配掛けてごめんなさい。私はもう大丈夫だから。またこれまで通りの生活を続けましょう?」


 どうしたのだろうか。どこか焦ってるように見える。強い違和感を感じるが、その正体が分からない。

 いつものように考えろ。彼女は何か隠してるのか?彼女の発言に不審な点は無いか?

 考えろ、考えろ——————見つけた。違和感の正体。


「勝手に話を終わらせないでくれ。全然大丈夫なんかじゃないだろ」


「急にどうしたの優心?大丈夫って言ってるじゃない」


「嘘つけ。だったら何で()()()()()()なんて言ったんだよ。違うだろ、綾乃は怖いんだ。これ以上余計なことをして今の関係を失うのが」


 そうだ、綾乃は怯えてたんだ。今日のように焦って事を起こして、それですれ違ってまた独りに戻るのが。だから俺の本心を、心からの想いを伝える。


「俺は何があっても綾乃と離れる気はない。こんな状態の綾乃を独りに出来ないよ」


「………!…優心!」




 ギュッ。




 ソファから立ち上がった綾乃は静かに抱きついた。そして優心の胸の中で嗚咽を漏らす。


「…うぅ、そうよ…。…ぐすっ、わたしは怖かったの… 無理に今の関係を変えようとして、壊れてしまうのが………。……お願い、離れないで…… 面倒臭い女だっていうのは分かってる…。それでももう、独りぼっちになるのは嫌なの…」


「綾乃……………」


「人の温もりを知ってしまったから、もう戻れないの……… ねぇ、責任、取ってくれる?」


 そんなことを言われたら、俺だって。綾乃と生活を共にしてから毎日が楽しい。今まで感じたことのない気持ちを知ることができた。本人には言えないけど、俺も綾乃とずっと一緒に居たい。

 ただ笑顔で「おはよう」って、一言言ってもらえれば満足だったのに、今はそれ以上の関係になってしまっている。



 だから、俺の答えは決まってる。



「当たり前だ。俺は綾乃と出会って全てが変わった。どんな形で責任を取ればいいのかは分からないけど、綾乃が望むなら俺は一緒にいるよ」


 俺は綾乃を抱きしめ返す。


「………!…うん、うんっ!」


 そう言って彼女は笑った。その笑顔は大輪の花が咲いたようで、今まで見たどんなものよりも綺麗だった。











 しばらくして落ち着いた優心達は、これからの話をすることにした。


「まず今日のことの話はもう終わりにしよう。もう、話す必要は無いだろう?」


「そうね。貴方が一緒にいるって言ってくれたから、それ以上は何もいらないわ」


 さっきは気にしてなかったけど、なんかすごいデレてないか?なんか笑顔が増えているような気もするし。


「そうか。綾乃が望むことならどんなことだって出来るけど、せめて事前に相談はしてくれ」


「じゃあ早速。学校で名前で呼んでもいいわよね?」


「分かった。多分、みんなもう何があっても驚かないだろうしな」


「やった。ありがとう、優心」


 うん、やっぱデレてるわ。口調が段々柔らかくなってるし、もしかしたらこっちが素なのかもな。俺としてはこっちの方が楽に過ごせていいけどな。


「ふふっ、照れてるの優心?顔が赤いわよ?」


「………っ、綾乃こそ。いつもの無表情が崩れてるぞ」


「そんなものもう要らないわ。貴方の前でなら、何も取り繕う必要はないもの」


 もう何も言わない。どうやら今の綾乃さんは無敵らしい。


「そうかい。ならもう秘密は無いのか?」


 前に言いたくないことがあった様子を思い出して、少し聞いてみることにした。


「ごめんなさい、その話はもう少しだけ待って。安心して、いつか必ず話すわ。。私が前に進むためには避けては通れない道だから」


「冗談だよ。話したくないのは分かってるから気長に待つさ。…おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰るだろ?」


「そうね。でもその前に、もう一度だけ抱きしめてくれない?そうすれば、安心して眠れる気がするの」


「綾乃がそう言うなら」


 綾乃は顔を赤くして願いを口にする。もちろん、俺はその願いに応える。


「ふふっ、やっぱり落ち着く。…ねえ、これからも偶にでいいからこうやって抱きしめてくれないかしら?」


「誰も見てないところでならな。誰かの前でやるのは流石に恥ずかしい」


「当たり前じゃない!私のこと何だと思ってるのよ………」


「そりゃあ、血も涙もない氷の女王様だろ?」


「明日お弁当抜きね」




 雨降って地固まる。そんな一日であった。



お読みいただきありがとうございます!

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