23.呼び方
21時になったので打ち上げはお開きとなった。帰り際、クラスメイト達に一緒に家に帰るところを茶化されたが、こうなるのは分かっていたので気にしない。
家に着いたが、大してお腹が空いていなかったので夕飯は無し、ということになり2人でゆっくりすることにした。
「それにしても、激動の一日だったなあ」
「本当にね。お題も少し悪戯されていたようだし」
「まあ春馬にはしっかり説教しておいたから」
『一番』というワードがお題に書き足されていた件。結局あれの犯人は春馬だった。本人が言うには、土壇場で逃げられないようにするためだったらしい。確かにあれは逃げられないが。
そんな訳で打ち上げの時に少しお説教させてもらった。山﨑さんは爆笑していた。
「懲りないわね彼は………」
「もう何言っても無駄な気がしてきた」
「ふふっ、戸張君、楽しそうね」
「いや………あいつと馬鹿やって笑うのは楽しいけどさ。なんか久々に笑ってるところ見た気がする」
「そうかしら?…確かにここのところ笑ってなかったかもしれないわね」
やっぱり彼女の笑顔は最高だ。見る人を元気にする力がある。
………この笑顔を見れるのは俺だけなんだよな。山﨑さんも見たことが無いと言っていたし。そう考えるととても嬉しくなる。
あれ?何で今、笑顔が見れるのが俺だけと分かって嬉しいとか思ったんだ?もっといっぱい笑ってくれた方が良いに決まってるのに。
「戸張君、どうかしたの?」
「ああ、いや何でもないよ」
氷川さんは俺の様子がおかしいことに気づいたのか、心配そうにこちらを見る。
すると、思い立ったような顔で姿勢を正して、
「戸張君、さっき話せなかったことがあるの」
「話せなかったこと?」
「ええ。私達って関わるようになってまだ二ヶ月くらいじゃない?」
「そうだな」
突然どうしたんだろうか。
「それでその、呼び方を変えたいな、って思って………ダメかしら?」
「呼び方?」
「ほら、私達ってずっと苗字呼びじゃない?なんか、それだと寂しいというか………」
くっ、やっぱこの人可愛すぎる。急に恥ずかしそうな顔してこんなこと言うんだもんな。ほんと思い切りがいいというか………
もちろん、俺に断る理由は無い。
「いいよ。それでなんて呼べばいい?」
「そ、それは………名前で呼んでほしいなって………」
名前……だと……?ちょっと待てハードルが高すぎる。
「ほ、ほら。雛と志田君もあだ名で呼び合っているのがいいなあって…… でも、私があだ名で呼ぶのは違う気がして……それで名前呼びなのだけど………」
氷川さんは頬を赤らめて、上目遣いでこちらを見てくる。………それは反則だろ。こんなの断れるわけ無いじゃないか。
「分かったよ綾乃。これでいいかな?」
「う、うん。ありがとう、優心」
「うっ、いきなりの名前呼びは………」
「ご、ごめんなさい。やっぱりあだ名の方が良かったかしら……… その、優くん?」
「うん俺が悪かっただから是非とも優心って呼んでくださいお願いします」
ダメだ、『優くん』は破壊力が凄すぎる。なんか、今の関係性で使っていい呼び方じゃないと思うんだ、うん。
俺が1人で悶えていると、氷………綾乃は不安そうに俺を見つめて、
「私にあだ名で呼ばれるの、やっぱり嫌よね………」
「そんなことない。むしろ良かったんだけど、俺達はただの友達だろ?なのにその呼び方はその………」
「その、何?」
「いや、恋人みたいだなあって………」
「ちょっと、何を言っているのかしら!?!?」
こんなに動揺している綾乃も初めて見た。やっぱり、綾乃はとても感受性豊かな普通の女の子だ。完璧で孤高なんてそんな偶像じみたものじゃない。
だから、この人の笑顔を見たいんだ。綾乃の笑顔には心がある。氷川 綾乃という1人の女の子の心が。無表情の下に隠した素顔をもっと知りたいんだ。別にやましい気持ちがあるわけじゃない、彼女ともっと楽しく過ごしたい。彼女にもっと楽しく過ごしてほしい。
ただ、それだけなんだ。
「そういうやましい気持ちがあるわけじゃなくて、世間一般的なイメージとしてだな……」
「も、もちろん分かってるわよ。………そういう気持ち、ないんだ………」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもないわ」
そう言うと、綾乃は元の無表情に戻ってしまった。もっと色んな表情見たかったんだけどな。
それにしても名前呼びか。確かに俺達は他の友人関係とは少し違うし、こういうところが周りと違ってもおかしくはないだろう。でも、これを学校のやつらに見られるのは少し面倒だな。
「綾乃。名前呼びをするのは家の中だけにしないか?」
「えっ………?ど、どうして………?」
そう言って寂しそうな顔をする綾乃。心苦しいが俺達の平穏のためだ、心を鬼にして話さなければ。
「名前呼びって普通の人より親しく見えるだろ?俺達はあの宣言をしたばかりだし、変に勘繰るやつも出てくるはずだ。せっかく平穏な学校生活が手に入りそうなのに、それで捨てたら何の意味も無いかなと思って」
「優心、貴方は少し勘違いしているわ。私は平穏な学校生活が欲しいわけじゃない、普通の学校生活が欲しいの」
「どういうこと?」
「私は今まで持ち上げられてばかりで、普通の学校生活というものを送ったことが無かった。でも貴方達が協力してくれて、少しずつだけど変わっていってる。確かに噂されるのは好きでは無いけれど、これからの噂はきっと悪いものじゃないと思うの。ただ平穏なだけじゃなく、少しくらい刺激があってもいいじゃない」
確かに綾乃の言う通りだ。俺の人生は刺激が多すぎた。だから知らず知らずのうちに休もうとしていたんだろう。
でも、そうじゃないんだ。どんなに遅くても歩き続けることが大事だったんだ。
停滞は何も生まない、あの事故の時に思い知っただろ。いくら塞ぎ込んでも、いくら後悔しても傷は癒えなかった。
だから進み続けるんだ。嫌なことから逃げるんじゃなく、どんなに嫌でも正面から向き合う。
「そうすればきっと、今までよりも楽しくなるわ」
「確かにそうだな。でもせめて、みんなの前で名前呼びするのはやめようか。2人きりの時ならいいからさ」
「仕方ないわね、それで妥協してあげる。でも2人きりの時は絶対名前で呼んで。絶対よ?」
「わ、分かったよ。でも、うっかりみんなの前で名前で呼ばないように気を付けてくれよ?」
「あら、それは約束できないわ。誰にだってうっかりはあるものでしょう?」
えっ?なんか不穏な言葉が聞こえたんだけど。まるでそのうっかりが起こるみたいな………。
綾乃はそのまま立ち上がる。
「そろそろお暇しようかしら。おやすみなさい、優心」
「いや、ちょっと」
容赦なく扉を閉められてしまった。
明日がとても不安だ………
翌日。
俺達は一緒に登校せずに、別々に家を出た。教室に到着すると、人に囲まれている綾乃の姿があった。
すると綾乃と目が合う。綾乃はこっちに来いと言わんばかりの鋭い視線を送ってきた。
俺は早足で自分の席に向かう。そこで昨夜の綾乃の言葉を思い出す。
(昨日あんな発言があったばかりだし、少し念を押しておくか)
自分の席に荷物を置いていつものように挨拶をする。
「おはよう、氷川さん」
少し強めに苗字を呼ぶ。だが綾乃は不満げにこちらを見て、
「あら、おはよう優心」
………やりやがった。いや、何してくれちゃってんの!?!?
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