22.熱戦の後に
遂に最終決戦の幕が上がる。
序盤は各クラスが拮抗していたが、少しずつ争いから外れていく。最初にリードしたのはやはり赤組、先程の騎手のクラスであった。それに俺達のクラスが続き、赤、青、黄色のクラスも1つずつ食らいついていた。緑組?早々に全クラス脱落したよ。
半分が過ぎ、この5クラス以外はほぼ優勝争いから外れてしまった。ここで、黄色組のクラスの生徒が転倒してしまい、ここで脱落。
残すは四分の一。残るクラスも赤と青共に2クラスずつ。刻一刻と俺の出番が近づいてくる。隣で待っているこの男は敵意を隠そうともしない。
残り2周。走者は春馬。変わらず優心のクラスは2位のまま。
春馬は考えていた。どうすれば優心の格好いい姿を綾乃に見せられるかを。そしてこの間物陰から盗み見ていた生徒、すなわち例の騎手に邪魔させずに済むかを。
(俺が追い付けない程の差をつけてやればいい、そうするのは簡単だ。だから、どうしたら優心をカッコ良く見せられるかに重きを置く)
彼の辿り着いた答えは、
(アイツは陸上部じゃねえが、アンカーになるぐらいだ。脚自体はかなり速いはず。だが断言する。これぐらいの差なら優心は負けねえ。だから俺は何もしない。最高にカッコいいところ、見せてくれよ)
少し負けた状況を維持することにした。彼の知っている優心なら、自分よりも速い。そして相手のアンカーは動きを見る限り自分と同じか、少し遅いレベル。それなら土壇場から逆転した方が盛り上がるし、優心の悪印象も払拭することが出来るかもしれない。
それに春馬は信じていた。優心ならどれだけ負けているとしても、ひっくり返すことが出来ると。
(春馬、なんか遅いな。どこか怪我でもしてるのか?)
優心はそんな春馬の様子を心配していた。この2人はお互いを極限まで信頼している。だから何かあればすぐに分かるし、実際春馬の動きが鈍いことにも気づいていた。他の誰にも分からないレベルの違和感。
優心は考える。
(あの春馬がこのタイミングで怪我をするとは思えない。怪我じゃないなら何だ?)
考える。
(何か伝えたいことがあるのか?わざわざ負けている状況で?)
辿り着く。
(いやそうか、俺に逆転しろって言ってるのか。やろうと思えば春馬は抜き去って大差を作ることだって出来たはず。だいぶ余裕がありそうだし、何より先頭との差が全く変わっていない。つまりこのぐらいの差だったら十分に逆転できる、そういうことだろ?)
スタート地点に立ち、俺は春馬に視線を向ける。すると、春馬は意味ありげにこちらを見て笑い、バトンを渡す。
「勝てよ優心!」
「分かってるくせに!」
バトンを受け取り、俺は走り出す。距離はグラウンドに造られたトラック一周。前との差は………うん、いける。
その瞬間、前から一瞬視線が向けられる。奴は煽るように笑った後、一気にギアを上げた。まさか余裕だとでも思っているのだろうか。春馬がせっかくお膳立てしてくれたんだ、どうせならかましてやろうじゃないか。
普段ならこんなことは絶対に思わない。俺も体育祭の熱でテンションが上がっているのだろうか?いや、違うな。俺はただ、氷川さんに身勝手な願いを押し付けるコイツに、ただキレてるだけなんだ。とりあえず、体育祭が終わったらファンクラブを解体させよう。
残りの距離は半分。まだ仕掛けない。あんなに早くギアを上げたんだ、そろそろバテてくる頃だろ?
思った通り、少しずつ距離が縮まっていく。その間、俺は一切加速していない。
残り四分の一。何とか粘ってはいるが、もう限界だろう。俺は一気に加速する。あっという間に抜き去り、そのままゴールテープを切り、歓声が上がる。抜いた瞬間の奴の顔は驚愕に染まっていた。いい気味だな。
やる気を失くしたのか、後ろの2クラスにも抜かれて結局4位でゴールしていた。
この瞬間、青組の総合優勝が確定した。
しばらくして閉会式が行われる。優勝した組の代表者にはトロフィーが送られる。例年なら三年生の体育委員が受け取るのだが、今年はなぜか俺が受け取ることになった。俺は全力で遠慮したのだが、先輩達の押しが強くて断りきれなかったのだ。
校長からのありがたいお言葉を頂き、トロフィーを受け取る。その瞬間、万雷の拍手が送られた。この勝利は俺だけのものじゃない。組全体の勝利だ。
そしてお待ちかねの最優秀クラスの発表だ。だがこの場にいる全員が確信していた。
「今年の最優秀クラスを発表します。最優秀クラスは………2年3組!」
もう一度、割れんばかりの拍手と歓声が注がれる。そりゃそうだよな。この体育祭の話題を全て掻っ攫ったといって過言ではない、俺達はそれぐらいの活躍をしただろう。でもこれは俺だけの功績じゃない、クラスのみんなが頑張ってくれたからだ。俺はただ指示を出したり、美味しいところを持っていっただけ。大した活躍はしていない。
………彼はそう思っているのでしょうね。でも違う。彼がいなければ、この体育祭で優勝して最優秀クラスにまでなることは無かった。クラス全員が感じているはずよ、この勝利は彼も含めた…いいえ。彼が中心となって手に入れた勝利だと。
その夜、学校に戻って優心達は打ち上げを行なっていた。体育祭自体は割と早く終わったため、現在は18時。まだまだ騒げる時間帯であった。
そして肝心の功労者である優心はというと、体育祭の後片付けで少し遅れていた。片付けが終わった頃には既に一時間が経過していた。
遅れてやってきた優心に、クラスメイト達は次々と群がっていく。
「戸張、カッコよかったぞ!」
「お前のおかげで勝てたようなもんだからな!」
「戸張君って、その、すごかったんだね。色々と」
どうしよう、あまり褒められたことが無いから反応に困る。もちろん嬉しい気持ちもあるんだけど、それ以上に困惑が強い。正直、俺はそこまで活躍した覚えは無い。騎馬戦だってみんなの力があったから勝てたんだし、リレーだって春馬のお膳立てがあったから活躍したように見えただけ。春馬が全力を出してればもっと楽に決着が着いていたはずだ。
みんな口々に褒めちぎるが、その言葉は俺には相応しくないような気がする。
そんなことを考えながら、学校が用意してくれたジュースやお菓子などをつまむ。ん、初めて食べたけどこのクッキー美味いな。
クラスメイトと色々話していたが、気づいたらいつもの4人で固まっていた。
「いやー、それにしてもトバっちお疲れだったねぇ」
「そんなことないよ。頑張ったのは俺じゃなくてみんなだし。俺はただ指示を出したり、お膳立てをしてもらっただけだよ」
「ねえねえハル、こいつ何言ってんの?」
「こういうやつなんだよ優心は。極端に自己評価が低いんだ」
「どうにかならないの?」
「少なくとも俺には無理だな〜。どれだけ褒めても無駄だったし、それこそ心変わりしてくれるのを待つしかないな」
そう言って春馬は氷川さんの方をちらりと見る。何でそこで氷川さんなんだ?氷川さんは別に自己評価低くないだろ。というか俺もそこまで低くないだろ。気になったので一応聞いてみる。
「俺ってそんなに自己評価低いか?」
「「低いわッッッ!!!」」
そんなにかぁ………。だがこればかりはどうしようもない。あの事故があってからずっとそうだ。あの時死ぬべきは妹じゃなくて俺であるべきだった。妹が生きていてくれたらって、俺が代わりになってやれたらって何度も考えた。
でも生き残ったのは俺だ。なら、せめて妹の分まで俺が生きなきゃ………
「少しいいかしら?」
氷川さん?どうしたんだろう。
「どうしたんだ?」
「いえ、戸張君と2人で少し話したいのだけど…いいかしら」
「俺達は全然大丈夫だぜ、な、ヒナ?」
「うんうん、少しと言わずゆっくり話してきなよ〜」
「ありがとう2人共。戸張君もいいかしら?」
「あ、うん。分かった」
「それじゃあ行きましょうか」
そうして2人で会場を抜け出す。何か話したいことでもあったのだろうか。
移動した先は校舎裏。確かにここなら誰も来ないだろうが……… この時間に2人きりで、ってなるとなんか背徳感というかいけないことをしてる気分になる。
そして氷川さんが話しだす。
「いきなり連れ出してごめんなさい。でもどこか疲れているように見えたから…それに、とても辛そうな顔してた」
「それは………少し家族を、死んだ妹のことを考えてたんだ」
「妹さんのことを?」
「ああ。さっき自己評価が低いって言われただろ?それであの時死んだのが妹じゃなくて俺だったらって、何で俺が、俺だけが生き残ったんだろうって………」
「そんなこと言わないでっっ!!」
びっくりした。氷川さんが大きな声を出したの、初めて聞いた。そんなに必死になってどうしたんだ?
「そんなこと言わないでよ……… 少なくとも私は、貴方に出会ってから楽しいの。今までとは全然違う、暖かい生活を送れてる。貴方がいなかったら私は今も独りだった。雛とも深く関わって無かったし、あの日、酔っ払いに襲われて深い傷を負っていた。貴方に出会えて本当に良かった…。だから、自分をこれ以上下げるのはもうやめて………」
「氷川さん………」
氷川さんは泣き出してしまった。俺達はただの隣人だ。でも、もうそれ以上の存在に、関係になっている。隣人という言葉じゃ片付けられないような存在に………
「きっと、志田君も雛も同じことを思ってる。怖いのよ…貴方を失うのが…。今の貴方を見てると自分はどれだけ傷ついてもいいって、どうなってもいいって、そう見えるのよ………。そんな姿、もう見たくないの。貴方が私に笑ってほしいって思っているように、私も貴方に幸せでいてほしいの。だから1人で抱え込まないで。もっと自分を大事にして。もっと私達を信じて、頼ってよ………」
「ごめん氷川さん、確かに何でもかんでも1人でやろうとしてたかもしれない。でも巻き込みたくなかったんだ。危険なこともあるかもしれない、そんなことには巻き込めなかった」
「それでも!もう貴方がいない生活なんか考えられないの…。これからは相談して、考えていきましょう?そうすればきっと、今よりも傷つかなくて済むはずよ」
「分かった、何かあったら絶対に相談する。1人で抱え込まないって約束する」
「ええ、それでいいわ。さあ戻りましょう?そろそろお開きの時間だし」
氷川さんはそう言って、涙を拭って戻っていった。
ここまで心配してくれるとは思わなかった。彼女を泣かせないように、これ以上心配掛けないようにしなきゃな。
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