21.何を言われようとも
騎馬戦で見事な勝利を収めた優心達。現在時刻は正午過ぎ、昼休憩の時間となっていた。優心達はいつもの4人で人目のつかないところへ移動し、綾乃が作ってきた弁当を囲んでいた。
「氷川さん、この角煮美味いな!」
「このサラダも美味しいよあーちゃん!」
「お口に合ったようで何より。戸張君はどうかしら?」
「ん、美味いよ。いつもより気持ちが込もってる感じがする」
この人はまた恥ずかしげもなくそういうことを言う。戸張君ってどこかズレてるのよね。変なところで恥ずかしがるくせに、褒める時や感謝する時は真っ直ぐ伝えてくる。
それが私にはたまらなく嬉しかった。両親には一度も褒められたことは無いし、周りからも持ち上げられるばかりで、歯の浮くような言葉しか聞いてこなかった。唯一、雛だけは対等に接してくれたけど、彼女も周りの空気を読んで発言することが多かった。
でも彼は違った。どんな時でも惜しみなく感謝を伝えてくるし、私に寄り添ってくれる。自分を顧みない行動をするから時々心配にもなるけれど、彼なら大丈夫だという安心感もある。
そんな彼だから私は………うーん、私は彼のことをどう思っているのかしら。まだ分からないわ。でも何となく、この感情に名前を付けるのはまだ早い気がするの。
だから今はただ、彼に寄り添おう。私は彼にもらってばかりだと思っている。彼に返せるものは、今はまだ少ないけれど。それでもこの日常だけは手放してはいけないと思うから。
綾乃がそんなことを考えていると、そろそろ昼休憩が終わるという放送が会場に響き、4人は片付けをして天幕に戻る。
体育祭は滞りなく進み、ついに借り人競走の時間になった。優心は自分の順番が近づくにつれて、心臓の鼓動が速くなっていくのを感じていた。緊張していたのがバレていたのか、綾乃は優心の方を向いて小さく頷いた。
それを見て、優心は少し落ち着くことが出来た。
借り人競走には色々なお題があって、中には『好きな人』や『一番可愛いと思う人』など、いかにも高校生が盛り上がりそうなものも入れられていた。まあ俺が今回引くお題は決まっているんだが。
順番が次というところになって、大山先生から合図が出る。一番左か。
自慢じゃないが俺はこの中で一番足が速い自信がある。それに、一緒に走る生徒の中には陸上部などはいないようだ。普通にやればまず間違いなく確保できるな。
ピストルが鳴り、俺達は走り出す。と言ってもエンタメ色の強い種目であるためか、本気で走っている生徒は誰もいなかったが。俺もそれに倣って、先頭を保ちつつ目立たない程度に走る。
お題の紙が置かれた机に辿り着き、裏向きにされた紙を手に取る。
中を開くとそこには、『大切な人』と書かれている……はずだった。なんか前に書き足されてるんだが。
『一番大切な人』
おい、誰だこれ書き足した奴。その二文字があるだけでだいぶ変わってくるんだが?今更逃げるわけにもいかないので、氷川さんの所へ向かう。
「氷川さん。一緒に来てくれないか?」
「私でいいのなら」
「氷川さんじゃなきゃダメなんだ」
「………っ、さっさと行くわよ。………それは反則でしょう………」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、何でもないわ。ほら、早く行かないと最下位になってしまうわ」
氷川さんが何か呟いていたが、声が小さくて上手く聞き取れなかった。最近、こういうことが多い気がする。俺の耳が悪くなった訳じゃないと思うんだけど。
何とか一位で辿り着き、運命の時が訪れる。
「それではお題を見せて下さい!」
「俺のお題は、『一番大切な人』です」
「おおっとぉぉぉぉ!!これは一体どういうことなのか!説明してもらえますか?」
実況の生徒が予定通りの反応をする。そしてついに宣言する。
「彼女は俺にとって、一番大切な隣人です」
「と、いいますと?」
「氷川さんとは同じマンションに住んでいて、部屋もたまたま隣なんですよ」
「そんなことがあり得るんですか?とても信じられません」
「俺もそう思います。でも、これが真実です。今まで流れてきた噂話もこれに起因するものでしょう」
話し終えると同時に周りのどよめきが鮮明に聞こえてくる。
「そうだったのか…」
「じゃあ渡とのあの事件も…」
「一緒に登下校してたっていうのも帰る場所が同じだったからなんだ」
「戸張君、ありがとうございました!それじゃあ次の方、お題をどうぞ!」
「どんなお題でもこの話の後じゃ、霞んじゃうんですけど………」
それはマジでごめん。だがこれで何とか騒動も終結に向かうだろう。………頼むから終わってくれよ。
一息吐いて氷川さんの方を向くと、質問責めに遭っていた。遭っていたのだが………全て無視していた。少しくらい答えてあげても罰は当たらないだろ。回答を得られないと気づくやいなや、こちらに向かって駆け出してきた。
「おい、少し待っ………」
「どういうことだ戸張ィ!」
「ちゃんと説明しろ!」
「女王様と付き合ってるの!?」
俺の周りに集まって捲し立てる生徒達。俺は聖徳太子じゃないんだぞ、全部同時に聞けるわけないだろ。一つひとつ説明している暇はないので、必要なことだけ答える。
「さっき言った通り、俺と氷川さんは同じマンションの隣人。渡からの露骨なアプローチに困っていた氷川さんと、渡から嫌がらせを受けていた俺とで同盟を組んだんだ。だから付き合ってるとかは無いし、そういうのは氷川さんが嫌がるだろうからやめてくれ」
「お、おう。悪かった」
「分かってくれたようで何より」
これでとりあえずは大丈夫だろう。クラスの中にはこの話を広めようとした者が何人かいたので、氷川さんに話を聞きに行かないように、ということも一緒に広めてもらうようにお願いした。
メインイベントも終わり、体育祭も終幕………ではない。そう、体育祭では順位を競い合っている。インパクトの大きい出来事があったので皆忘れていたが、少しずつ得点は加算されていた。
現在は終盤戦、1位の赤組と2位の青組の得点差はほぼ無く、最終種目の2年生全員リレーで決まるという状況だった。
この種目は組ごとにではなく、クラス単位で行われるものだ。上位のクラスが所属する組にポイントが入り、同じ組のクラスが上位に入れば大逆転も狙えるという、下位の組への救済措置のような種目である。
俺達が優勝するためには、この種目で1位と3位以上を獲ることが必須となっている。
だが、ここでアクシデントが起きる。
アンカーを走るはずだった生徒が前の種目で転倒してしまい、出られなくなってしまった。最後の最後で大幅な戦力ダウンになってしまった。
アンカーをどうするかという問題。ここで、この体育祭の注目を一身に集めている俺に白羽の矢が立った。立ってしまった。
つまり、アンカーである。俺にこんな大役が務まると思ってるのか?いや、無理だろ。しかも俺の前を走るのは春馬だ。俺が春馬より脚が速いとは思ってないし、盛り上がりも段違いだろう。
運営にはもう言ってしまったらしいので、今から変えて下さいと言っても無理だろう。諦めて腹を括るしかない。
そう考えスタート地点に向かうと、赤組のアンカーと目が合う。さっき、騎馬戦で最後に残っていた騎手の人だ。
「よお、戸張。てめえ、女王様と離れる気はねえみてえだな」
「ああ。彼女から離れていくことはあっても、俺から離れることは絶対に無い。だって、『大切な人』だからな」
「ぜってー潰してやる………覚悟しとけよ?」
そう言い捨てて俺から目線を切る。
せっかくここまで来たんだ。どうせなら優勝して気持ちよく終わろうじゃないか。
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