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距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
巻島葉音

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9/30

あの日(a) その2

 あの日から、僕はあの人を探し続けいる。

 休みにはできるだけ街の近くを探索するようにしたし、同じように助けられた人がいないかSNSも確認している。

 痺れを切らして、テレビの生放送で「好きな人がいる」と言ったこともあった。

 あの時はマネージャーにこっぴどく叱られてしまったけど、そんなことはどうでもいい。

 彼は僕を「巻島葉音」だから助けてくれたわけではなく、「人間」として助けてくれた。

 アイドルとしての自分に責任も誇りも持っているけど、彼を探すことは僕にとって、それ以上の意味を持っていた。

 自分の容姿やスタイルが優れているという自負はある。相手を満足させられる自信も。

 それでも、彼は一向に見つからない。出てきてくれない。


「……葉音。最近、何か変わったことはある?」


 生放送で言ってしまう前。

 涼にそう聞かれて、僕は苦笑してしまった。


「涼には隠し事なんてできないね。僕ね……好きな人ができたんだ」

「葉音に……好きな人?」


 鋭い表情が九割の涼が珍しく狼狽している。

 そして――。


「……良かったじゃない」


 てっきり反対されると思っていたが、思いの外、彼女はすんなり受け入れてくれた。


「実は私も最近――好きな人ができたの」

「そうなの!? だれだれっ!?」

「ふふっ……誰かしらね?」

「えぇーっ! 教えてよぉ!」


 もう何年も一緒にいるのに、涼の口から異性の話題が出るのは初めてのこと。

 誰か教えてくれなくても、素晴らしい人なのは間違いない。

 僕たちは好きな人の事を伏せつつも、お互いの恋を応援することにした。


 気がつくと高校生活も二年目に入っていた。

 学生生活は相変わらずで、知名度が上がったからか、僕を見にくる生徒が増えたように思える。

 涼が心配して様子を見に来てくれる回数も増えたし、なんだか他の人への当たりが強くなったかも。

 アイドルはファンが推してくれているから成り立っている。

 僕は自分で強く言うことができず、涼に頼ってばかり。

 彼女もモデルをやっているし、敵を作らないに越したことはないのに。

 僕を傷つけまいとしてくれている、涼こそが傷つけられてしまうのではないかという不安。

 

 そして、ついに今日。涼は同じクラスの七里ヶ浜くんに言い返されてしまった。

 僕は、あまり人の名前を覚えるのが得意ではない。男子ならなおさらだ。

 でも、彼の名前はどうしてか覚えている。

 おそらく声が原因だ。どこかで聞いたことのある声。中学校が一緒だったのかも?

 印象は薄いが、普段から先生の手伝いをしたり、優しい人だ。

 流行りに興味がないのか、僕に熱のこもった視線を送ってくることもない。

 なのに、涼に対しては敵意を剥き出しにしている。

 その声も何故だか耳に残った。胸のざわつき。

 優しい七里ヶ浜くんが怒っていることが、その相手が涼だということが嫌だったんだろう。


 体育倉庫で七里ヶ浜くんの身体を見た時、目を疑った。

 彼の持つ傷跡に怖くなったからではない。

 点と点が繋がって線になるとか、そういうものでもない。

 ただ、どうしても目が離せない。

 無意識のうちに傷跡に触れようとしていたのを、ギリギリで止める。


「……ねえ、お願いがあるんだけど」


 僕ではない僕が勝手に言葉を発したように感じた。


「おでこ、見せてもらってもいい?」

 

 七里ヶ浜くんが戸惑っている間に、ようやく理性が本能に追いつく。


(もしかして、彼が……?)


 僕の心の中にある、宝石のような記憶。

 それを適当に置くことはしたくなかった。

 しかし、いま手渡された箱の中に入れようとすると、どれもがピッタリはまることに気が付く。

 

 思えば、彼は普段から人助けをしているようだった。

 だから、あの状況で僕に手を伸ばせたのかもしれない。


 思えば、彼は涼にも臆することなく反発した。

 だから、ナイフを持つ通り魔の前に立てたのかもしれない。


 そうだ。あの日、彼の身体には無数の傷があった。

 どれもが新しい傷であり、深いものなら、今も残っていてもおかしく――。


「うん。ちょっとだけでいいの。前髪、少し上げてくれるだけでいいから……」


 アイドルとしての巻島葉音のためではなく、一人の人間としての巻島葉音を助けてくれた彼が負った傷。

 あれなら、今もまだ残っているはず。

 七里ヶ浜くんが「彼」ならば。


「……わかったよ」


 額の生え際近くには、確かに傷が残っていた。

 

「やっぱり……」

 

 世界に、僕と七里ヶ浜くんの二人だけしか存在していないような、そんな感覚に陥る。

 ただただ圧倒的な感情。

 七里ヶ浜くんが「彼」なんだ。、

 怖くて動けない僕を「下がってろ!」と言って守ってくれた声。

 震える足に力をくれた手の温度。

 名前も顔も知らなかった。

 でも、ずっと探してた。

 夢に見るほど求めていた相手が、こんなに近くにいた。

 胸の奥が、ぶわっと熱くなった。


「七里ヶ浜くん……!」


 気持ちを抑えることができず七里ヶ浜くんの胸に飛び込む。

 彼の身体がマットの上に沈む。


「ありがとう……っ、ごめんね……!」


 押し倒してるだとか、顔が近いとか、今までの自分なら絶対にやらないことでさえ出来てしまう。

 仕方ない。僕は彼が――好きなんだから。

 

「ま、巻島? おい、どうした……!」 

「ずっと……探してたの……っ」


 どうしよう。彼と会話しながら、僕は混乱していた。

 一秒ごとに七里ヶ浜くんがカッコよく、可愛く見えてくる。

 

「ずっと、ずっと、探して……やっと……っ」

「探してたって、誰を――」

「君だよ!」


 異性を好きになるって、こんな感じなの?

 涼も僕のように、必死に自分の気持ちを抑えようとしているの?


「君なの……っ! あの日、僕を助けてくれたの……君だったんだ……!」


 彼を押し倒す手に、さらに力がこもる。


「ずっと、ずっと、探してたの……見つからなくて……でも今、傷を見て、額を見て……全部、全部繋がった……!」

「ま、巻島……!」


 七里ヶ浜くんが後ずさろうとする。

 その目には、明らかな恐怖が浮かんでいた。

 

「逃げないで……お願い……行かないで……!」


 嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 嫌われたくない。

 彼が涼に向けていた冷たい視線。

 それを思い出して、涙が出そうになる。

 

(このままじゃ、このままじゃダメ。絶対に)


 どうにかして彼に僕を好きになってもらわなきゃ。

 感謝だって伝えきれてないし、彼に救われた命を彼のために使うのは当然だ。

 だから――ここで逃げられるわけにはいかない。

 

「巻島、やめ――」


 僕を押し除けようとする両腕を押さえつけ、僕は初めて、男の子の目に映る自分を見た。


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どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

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