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距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
巻島葉音

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昼休みと運命 その2

「いやぁ申し訳ないんだけどぉ〜」


 と、ゆったりと申し訳なさそうにしている彼女は、うちの担任である吉岡先生だ。

 声の柔らかさを始めとして、ふんわりウェーブの茶髪に大きなタレ目、性格まで全てが包容力に溢れている。

 受け持つ古典の授業も分かりやすく、教師としては間違いなく当たり。

 俺自身も、先生には色々と相談に乗ってもらうことがある。

 恩返し分割払いのチャンスだ。

 隆輝に一言伝えて、手を上げた。


「七里ヶ浜くん、お願いしてもいいのぉ〜?」

「大丈夫です。昼も食べ終わったので気にしないでください」

「ありがとねぇ。それじゃあ――」


 言いかけた吉岡先生だったが、少し考え込み、再び視線をさまよわせた。


「もう一人、巻島さん、お願いしてもいいかしら〜?」


 教室の空気が止まった。

 一日は二十四時間だが、今日この教室に限っては、二十三時間五十九分くらいしか流れていない気がする。

 そして誰もが思っただろう。なぜ巻島葉音なのか、と。

 だが、本人は驚く様子も見せずに穏やかな笑顔で頷いた。


「はい、大丈夫です。お手伝いしますね」

「助かるわ〜。じゃあ七里ヶ浜くんと二人で、体育倉庫まで荷物運んでくれるぅ? 今日、梅澤先生がお休みで私がやることになったんだけどぉ〜。ちょっと重たくてぇ〜」


 梅澤先生は体育の教師だ。

 もうすぐ定年退職を迎えるヒョロいおじいちゃん先生。

 彼が休みだというのは心配だが……そういう話ではない。


(……タイミング悪すぎるだろ)


 なぜだ。なぜ、よりによって巻島と二人きりで荷物運び。

 どうして選ばれなかったんだ、隆輝よ。

 体育倉庫は校舎の端、完全に人目から外れた場所。

 今をときめくアイドルと二人きりだなんて、全男子の夢と言えるシチュエーション。

 今日の空気を考えれば、どう考えても火にガソリンだ。

 教室のあちこちが燃え始めている。


「悟、今すぐ仮病使え……!」


 隆輝が小声でささやくが、もう遅い。

 先生が俺たちを笑顔で送り出す準備に入っていた。


「じゃあ、お願いね〜。はい、体育倉庫の鍵」


 吉岡先生が手のひらに載せた小さな鍵を巻島に手渡す。

 荷物は俺が持つから扉は頼んだ。ささやかな漢気である。

 彼女は受け取ると、俺の方を見てくすっと笑った。


「なんか、今日はいっぱい喋ってる気がするね、七里ヶ浜くん」


 そう言って、さっさと教室を出ていく。

 黙って出ていけばいいのに、俺に気の利いた言葉を送ったせいで、背中に嫉妬の視線が突き刺さっている。貫かれるのも時間の問題だ。

 俺は背後を見ないように――絶対に俺を睨んでいるであろう東堂先輩を見ないように、巻島の後を追った。



 廊下に出た瞬間、遠くから轟音のような雨音が聞こえてきた。

 窓の外に目をやると、グラウンドがほぼ見えないほどの豪雨。

 空は昼とは思えない暗さで、雲が低く、風まで吹いているようだった。


「うわ……帰りが大変だね」


 巻島が窓際に寄って、小さくつぶやいた。

 その声が廊下の静けさに溶けていく。

 独り言ではなさそうだ。

 本心では口を開きたくなかったが、これ以上、東堂先輩からの殺意が増すのは避けたい。

 保護の対象である巻島の印象を少しでも良くすれば、いざという時に助け舟くらいは出してくれるかもしれない。

 絶大な影響力を持っている彼女だ。

 小舟を出すつもりでも、俺にとっては豪華客船。


「予報ではすぐに止むはずだけど……無理そうだな」

「ふふっ、ほんとだね。午後の体育とか全部潰れるかも」


 可もなく不可もなく。

 俺と巻島は並んで歩き出す。

 昼休み。同じ方向に歩いているだけで、やたらと視線が気になる。

 有名人のオーラに当てられているわけだ。


「……あ、今日の傘、小さいやつだ。困ったなぁ」

「このままの勢いだとずぶ濡れだな……って、迎えとか来るもんじゃないのか?」


 巻島は日頃から、仕事のために学校を早退することがある。

 それほど人気のあるグループであり、個人のファンも多いのだとか。


「今日は……まぁ、うん。そうしようかな」

「あ……申し訳ない」

「ううん、気にしないで。七里ヶ浜くんがそういうつもりじゃないのは、さすがに分かるから」


 ファンの中には、友人のフリをして近づき、予定を把握してアプローチをする輩もいるのだろう。

 これについては俺が浅はかだったな。

 

「……そういえばさ」


 巻島がふと立ち止まり、こちらを見上げる。

 彼女の髪が、雨を反射したように仄かに青く揺れていた。


「涼の――東堂先輩のこと……怒ってない?」


 その言葉に、少しだけ言葉を詰まらせる。


「……別に。喧嘩を買ったのは俺だから」

「言い方がキツいところは、僕も前から注意してるんだけど……本当はすごく優しいんだよ。前に色々あって、ね」


 本当は先輩のことを罵倒してやりたかったが、俺の相手は東堂先輩であって巻島じゃない。

 彼女は何も悪いことはしていないし、東堂先輩を気遣う様子に敵意は向けられなかった。

 

「そうかもな。俺は巻島に誤解されてないなら、それでいいよ」


 巻島は一瞬だけ驚いた顔をしたあと、ふわっと笑った。


「……ありがと」

 

体育倉庫、もちろん何も起きないはずがないです。

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どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

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