ピローダッシュ
結論から言うと、俺の純潔は散らされてしまった。
俺だけでなく巻島のも散っているんだが、俺が「散らされた」のに対して彼女のは「散らした」だ。
いや、正確に言えば俺が「散らされまくった」のに対して彼女のは「散らせて新しい花が咲いた」だ。これは適当に言っただけだ。
ともかく、俺が魔法使いになるルートは消滅したわけで、本気の女子の力は侮れないということ。
二度と「鍛えてるんだ」なんて言わないようにしようと心に決めた。
家の鍵を開けて靴を脱いだ瞬間、全身がどっと重くなった。
脱力感。たぶん全身の筋肉が「早く休め」と一斉にストライキを始めたのだろう。
金曜の夜から始まって、今が日曜の夜。
しかも、解放されたんじゃなくて俺が寝ている巻島を置いて逃げてきた形だ。
「明日学校って、マジか……」
玄関に座り込んだまま、しばらく動けなかった。
気だるいが不快ではない。
むしろ、ちょっとした達成感に似たものすらある。
(……いやいやいや、達成感ってなんだよ)
頭を振るが、疲労と不服な幸福感で思考回路はスローのまま。
ようやく立ち上がり、制服を脱ぐと、シャワーも浴びて部屋着に着替える。
静かな自室。少し前まであんなに現実離れした時間を過ごしていたのが嘘みたいだ。
ベッドに転がり、スマホを手に取る。
画面を開くと、MINEに新着通知があった。
『ちゃんと帰れた?』
『今日はありがとう。悟くんじゃなきゃ、あんな風にはなれなかったよ』
『……いっぱい悟くんを刻まれちゃった』
スマホを握ったまま、思わず枕に顔を埋めた。
エロ漫画でしか見ないようなセリフ、恥ずかしくないのだろうか。
こんなもん、なんて返信すればいいんだよ。
それでも捻り出して返事を打とうとしたそのとき、もうひとつ通知が来た。
『悟くんの匂い、好きだよ』
『身体に染み付いちゃったみたい』
『なくなっちゃう前に、また付けてね?』
なぁなぁで終わらせるタイミングを見失った俺は、しばらくスマホを胸に抱いたまま、天井を見つめていた。
(……とりあえずだ、なにかしら返事をしないと怖い)
かと言って、気を遣っていると思われるのもなんだかな。
俺は全力で考えた末に、一番脳内を占めている言葉を送ることにした。
「勘弁してください」
月曜の朝の通学路は、憂鬱という言葉を最も体現していると言って過言ではない。
今週も、また同じ一週間を過ごすのだというため息。
ただ一つ、制服の上に白いカーディガンを羽織った巻島が、俺のすぐ横を歩いている事だけが非日常だ。
先週のことがあってから、まだ気持ちの整理はついていない。
あの夜を特別だと認識してるのは俺だけじゃないはず。
だが、付き合おうとか、明確な言葉を交わしたわけじゃない。
関係がどうなっているのか、俺にはまだ分からないままだった。
「悟くん、今日も一緒に登校できて嬉しいなっ!」
彼女は自然に言う。まるでずっと一緒に通っていたかのように。
「……毎回のように手を回してるのか? さすがに無理があるんじゃ……」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ!」
巻島はくすっと笑い、俺の顔を覗き込む。
何が大丈夫なのだろう。
俺が心配してるのはマネージャーだしな。
職務外の負担がデカすぎるだろ。
トップアイドルにはそのくらいの権限があるということだろうか。
俺が知らないだけで、この世の仕組みなのかもしれない。
「おーい、悟ーっ!」
世間の「闇」に胸を傷ませていると、元気な声とともに、制服のネクタイをゆるく締めた隆輝が駆け寄ってきた。
「おう隆輝、今日もデカいな」
「ったりめーよ! ナンパ野郎に声かけられても一撃だぜ」
「そもそも声をかけられないって所を除けば、確かにな」
「んで……巻島さんもおはよう!」
「山室くん、おはよう」
自然と三人で歩く流れになっているが、よく考えたらアイドルが男二人と登校ってマズいよな?
withナントカが許されるほどアダルティじゃない。
「な、なぁ巻島。そろそろ他の生徒が増えてきたし、離れて歩いた方が――」
「んー、もう大丈夫じゃないかな? 二人きりなわけじゃないし、僕としてはもう関係を隠さなくてもいいと思ってるし」
ダメだろ。そう言いたかったが、彼女の目はマジだ。
なんと言っても暖簾に釘というやつだろう。
「……お前たち、ついに一線を越えたのか……」
「いや、あのだな、それは――」
「死ななくてよかったな、悟……!」
隆輝が半歩下がって、俺の耳元でこっそり囁いた。
「命の危機は感じたけどな。なんとか生き延びて――」
「――あれぇ? 悟先輩じゃないですかぁ〜!」
アイドルvs後輩vs
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