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距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
巻島葉音

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29/30

どうして?

 ――どうして?


 無意識のうちに、自分へと問いかける。

 葉音を抱き寄せる七里ヶ浜くん。

 二人を見つけたのは、偶然だった。

 良かった。心の中では、きっと彼は葉音を追いかけると思っていたからだ。

 今までの七里ヶ浜くんの葉音に対する言葉は褒められたものではなかったけれど、彼にも信条がある事は、初めて会った時から理解していた。

 もっと楽観的で、葉音のことを性的な目でしか見ていない人間より、よっぽどマシ。

 だから、良かった。

 彼なら葉音を幸せにできるかもしれない。


 ――どうして?


『……悟くん、一緒にいてくれる?』

『あぁ、もちろん。手も握っててやる……嫌じゃなければ』

『……嫌なわけ、ないよ』


 二人はベンチに腰を下ろし、手を握ったまま、静かに時を過ごしている。

 私はそれを陰から確認して、帰ろうと思った。

 だけど、なぜか胸が痛む。

 いや、まだ痛みにすらならない「予感」。

 何かが引っ掛かっている気がする。


 ――どうして?


『俺はできる事なら、スマートに生きたいんだ。考えたことは当たって、汗もかかなくて。でも、それで巻島のピンチに駆け付けられないなら――どれだけ転んだって、傷ついたって、助けに行くよ』

 

 七里ヶ浜くんの優しい声。

 彼の言葉に心が反応する。

 ……どこに?

 二人の邪魔をするべきでないと分かっているのに、動くことができない。

 動くべきでないと脳が警告を出しているようだった。


『ええと……葉音は頑張ってるよ』

 

 その瞬間だった。

 世界が、ぐらり、と揺れた。

 しばらく呆けていた私は、無意識のうちに陰から出ていた。

 葉音と抱き合っている七里ヶ浜くんの顔が目に入り、自分が酷く動揺していると理解する。

 彼が私に気づいてくれた。

 手を挙げて、何かを言おうとしている。

 だけど、なんて言えばいい?

 どんな顔をすればいい?

 今まで考えていたことが、感情が全て覆された感覚がして――私は逃げ出した。

 自分がどこに行くか分からない。

 ただ、誰もいない場所を探して走り出した。


 ――どうして?

 

 七里ヶ浜くんと出会ってから今までのことが、走馬灯のように脳内に流れ出す。


『あなた、名前は?』


『俺は何もしてないです。いや、厳密にはしてますけど、邪な気持ちがあってのことじゃない。むしろ、東堂先輩に助けてほしいです。俺はアンタの事が嫌いだけど、利害は一致してますから』

『葉音、あなたは本当にこんな男を選ぼうとしてるの!?』


『……最初から言ってたものね、気持ちなんてないって』

『それは――』

『だったら探さなくていい。私とあなたの利害は一致してるんでしょう? なら、帰って寝てなさいよ』


 思わずバランスを崩し、派手に転んだ。


「っ……!」


 慌てて立ち上がろうとして、また足が滑る。

 春風に揺れる髪が、涙で頬に貼りつく。

 涙が出ていることに気づいたのは、二度目に転んだあとだった。


(違う……違う……私は、葉音を守るために、彼に……)


 心が言い訳を探そうとする。

 けれど、身体は正直だった。

 熱い。胸が苦しい。呼吸が浅い。


『諦めて――街中探し続けるよ』

 

 七里ヶ浜くんの声が、聞こえた気がした。


(……言わないで)


 そう思った。思ってしまった瞬間、涙があふれた。

 視界が滲む。足が震える。

 それでも走ろうとした。

 だが、三歩進んだところで、また転んだ。

 今度は手のひらを強く擦りむいた。


「……っ……!」


 痛みよりも、心の中のざわめきのほうが何倍も大きかった。


(……私は彼に、なんてことを……)


 ――どうして?

 

 彼を見るとき、私はいつも冷静だったはずなのに。

 ここから逃げないと。誰かに見られてはいけない。

 そう思うのに、脚は震えてうまく動かない。

 それでも無理やり立ち上がり、方向も見ずに駆け出す。

 心臓が壊れたみたいに脈打っていた。


 ――どうして?

 ――どうして?

 ――どうして?


 何度も何度も問いかける。

 自分を罰するように、トドメの言葉が駆け巡る。


(どうして私は忘れていたの!? 私を助けてくれた人と――同じ声なのに!)


 春の夜風に、私の泣き声はかき消された。

 

 

第一章はこれで終わりです。

反応が多ければ続きを書くので、少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。

どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

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