表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
巻島葉音

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/30

だったら、もっと怖くなってもいいかな


 タクシーがゆっくりと止まり、運転手が静かに振り返る。


「到着しました」


 タクシーを降りると、目の前には高層マンションのエントランスが広がっていた。

 外観だけでわかる。普通の高校生が住むような場所じゃない。


「なんじゃこりゃあ……」


 巻島は、立ちすくむ俺の腰に手を回す。

 

「今のグループに入ってから、事務所が用意してくれた部屋。実家はもっと離れてて、こっちは仕事の合間に使ってる感じ」


 言いながら彼女は、さも当たり前のようにオートロックのパネルに暗証番号を打ち込み、エントランスのドアを開けた。

 そのままエレベーターへと誘導され、俺は無言でついていく。


「本当は実家に帰って、お父さんとお母さんに悟くんのことを紹介したかったんだけど……」

「それはちょっと……っていうか、かなりすっ飛ばしてると思う」


 エレベーターに乗り、三十階のボタンが押される。

 上昇するごとに、鼓動がじわじわと早くなるのを感じた。

 ただ送っていくだけのつもりだったのに、状況がどんどん非日常へと進んでいく。

 帰ると言い出せない間にエレベーターが止まり、静かな廊下を抜けて部屋の前に到着すると、巻島がポーチから鍵を取り出して開錠する。


「あ、あんまり片付けてないから……見ないでね?」


 彼女が扉を開けると、明るく、清潔な部屋が広がった。

 生活感はあるのに、雑多なものは見当たらない。

 リビングの窓からは、都心の夜景が一望できる。


「うわ……」


 思わず声が漏れる。


「すごいよね。でも、一人でいると寂しくなるんだ」


 巻島がカーディガンを脱ぎ、ソファに腰を下ろす。

 そして、俺の手を引いて隣に座らせた。


「悟くん、ちょっとだけ……抱きしめてほしい」


 か細い声。体調が万全じゃないと思うと、断る気にもなれない。

 俺は無言で、そっと彼女の身体を抱き寄せた。

 巻島は素直に身を預けて、顔を俺の胸に埋める。


「ねぇ、キスしてもいい?」

「……体調、大丈夫なのか?」

「うん、もう平気。……悟くんが来てくれたから」


 そう言って見上げるその目が、俺の思考を簡単に溶かした。

 ほんの少し、触れるだけのキス。


「悟くん、なんか変わったね」

「……変わった?」


 出し抜けに言われて戸惑うも、巻島は笑顔を見せる。


「なんていうか、明るくなった気がする。前の悟くんも好きだけど、今の悟くんも大好き」

「それは……多分、悩むのをやめたからかな」

「悩んでたの?」

「あぁ。俺が覚えてない俺について、どうしようかと思って」


 彼女は「なるほどね」と言って考え込んでいたが、すぐに俺と視線を合わせた。


「僕にとっては、あの時の悟くんも、今の悟くんも同じ。……それに、さっき僕を助けてくれたのは……あなただよ」


 彼女が「俺」を見ようとしてくれている事は理解しているが、改めて言葉にされると恥ずかしい。

 だから、つい軽口が出てしまった。


「――な、なら良かったよ、うん。新しい俺になったなら、隆輝と二兎にでも聞いてみるかな。来週――」

 

 ――空気が止まった。

 巻島の手が、俺の肩に置かれたまま固まる。


「……いま、なんて言ったの?」


 声は静かで落ち着いているのに、背筋がひやりとする。


「あ、いや、その……変わったのかどうか、聞いてみるだけで――」

「二兎さんに?」


 巻島が、ゆっくりと首を傾ける。

 強く揺れたわけじゃない。

 だが、内部で何かが軋んでいるのが分かる動きだった。


「二兎さんに、悟くんの変化を確認するの? 二兎さんなら、悟くんの細かい変化もわかるって事?」

「いや、そういう意味じゃ――」

「じゃあ……どういう意味なの?」


 巻島はソファに膝立ちになる。

 逃げ道を自然に塞ぐように、ほんの少しだけこちらへ身体を向ける。


「悟くんって……そういうところも可愛いよね」


 笑っているのに、目は笑っていない。


「ゲーセンで一緒にプリクラ撮ってたよね」

「あれは不可抗力で――」

「学校に行く時も楽しそうだったよね」


 一つ一つの言葉が、ナイフのように鋭い。


「――全部、覚えてるよ?」


 腕が伸びて、触れる寸前で止まった。

 逃げるかどうかを確認しているみたいに。


「悟くん」


 声が一段、冷める。


「ねぇ……その子に、取られちゃうって思われるような言葉……どうして今、僕の前で出てくるの?」


 視線が絡む。息が触れそうな距離。


「悟くんはね、僕が幸せにするんだよ? 悟くんだって言ってくれたよね。『街中探し続ける』って。なのに……二兎さんの名前、出すんだ?」


 俺の両手首をそっと包むように握り、逃がさないように指に力がこもる。


「悟くんは優しいから……誰にでも優しくできちゃうんだよね。でも、それだと勘違いしちゃう子がいるかも」

「いや、俺はそんな――」

「じゃあ」


 巻島が顔を近づける。額が触れ合いそうになる。


「悟くんが優しいのは僕だけだって、ちゃんと教えて?」


 静かで、甘くて、恐ろしく執着した声で。


「じゃないと……ねぇ、悟くん。取られちゃうかもしれないって、思っちゃうよ? 悟くんが、他の人でもいいって思ってたら……苦しいよ」


 巻島は顔を上げ、泣き笑いのような表情を浮かべた。


「悟くんのこと、好きで好きで好きで好きで……苦しくなるくらい。それくらい、本気なんだよ?」


 至近距離で、潤んだ目でそう告げられて、俺の心臓は、うるさいくらいに鳴っていた。


「悟くんの言葉がほしいの。……僕だけ、って。言って?」

「え、えっと……」


 口が勝手に言い淀む。

 もちろん、巻島が大切だ。好きかもしれない。

 でも、まだ知り合ったばかりで「お前しかいない」と断言するのは、言葉の重みが足りない気がして。


「……そんなこと、簡単には言えないよ」


 俺はそれが、誠実な答えだと思った。

 だが――。


「……そうなんだ」


 巻島が一瞬だけ目を伏せた。

 次の瞬間、背中に腕が回される。

 抱きしめるのとは違う。

 捕まえるような、逃がさないような、そんな動き。


「ふーん。簡単に言えないんだ。僕の気持ちは、何度も伝えたのに」

「いや、それは……!」


 言い訳を吐き出す暇もなく、巻島の手が俺の身体に蛇のように巻き付く。

 

「悟くんってさ、告白されたこと……あんまりないでしょ?」

「……ないよ」

「みんな見る目がないね。でも、それならわかんないよね。『好き』って言葉を口に出すのに、どれだけ勇気がいるか」


 耳元に巻島の呼吸が触れて、心臓が飛び跳ねた。


「そのあと、何も返ってこなかったらって、ただ好きなだけなのに、求めすぎって思われる不安。ぜんぶ飲み込んで、勇気出したんだよ?」


 腕に、さらに力がこもる。


「ねぇ悟くん、ほんとは……僕がちょっと怖くなったって、思ってない?」


 俺の息が止まった。


「……言い返せないんだ。ふうん、悟くん、そういう目で見てたんだ……」


 巻島が俺を突き放し――。


「だったら、もっと怖くなってもいいかな」

 

 彼女の顔が視界に入る。

 笑っているような、焦っているような、興奮しているような。

 色々なものが混ざり合った表情。

 しかし、その目は涙で濡れていて、奥の感情は読めなかった。


「ま、巻島……?」


 彼女の指が俺の指に絡む。

 

「ねぇ悟くん。僕だけって言ってくれないんだったら――」


 頬をすり寄せて、吐息が首筋にかかる距離で。


「……僕の方から、奪っちゃおうか?」


 身体がすくむ。


「僕しかいないって、言ってもらえるまで……帰さない」


 囁き声なのに逃げられない。

 檻に閉じ込められたかのようだった。


「悟くんが僕を見てくれる時間。悟くんが僕を抱いてくれたこの手。悟くんが僕を探してくれた心。ぜんぶ……全部ね?」


 少し息を吸い込み――。


「僕だけのものにしたくなっちゃうの」


 巻島は俺の手を取り、自分の胸へと押し当てた。

 強く、強く、形が変わってしまうほどに。


今日が金曜日。明日と明後日は学校がない。

少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。

どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ