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距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
巻島葉音

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26/30

紫空

 スマホで時間を何度も確認して、約束の時間まであと三十分という時。

 俺はいつもより少し早く教室を出て、足早に校門を通り抜けた。

 春の風は少し強くなってきていたけれど、それでも、気温は穏やかだった。

 巻島との待ち合わせ場所は駅前のカフェ。


『撮影が終わったら行くから』

『放課後、そこで待っててね』


 昨日届いたメッセージには、そう書いてあった。

 そして、俺が学校を出る頃には『今から向かうね』とも。

 俺はまっすぐに、そのカフェへ向かった。

 予定の十分前には店の前に着き、あたりを見回してみるも、巻島の姿はない。

 中を覗いても、それらしい人影は見えなかった。


(……仕事が押してるのかもしれない)

 

 俺は店の外にある、ベンチに座って待つことにした。

 そうこうしているうちに、約束の時間を過ぎる。

 スマホを確認するが、新着通知はなし。

 MINEも未読のままだった。

 そのまま十分が過ぎ、十五分が過ぎても、何の音沙汰もない。

 あの巻島が、何も言わずに遅れるだろうか?

 今までどんなに忙しくても、「ごめんね」の一言すらなかったことはない。


(もしかして……何かあったのか?)

 

 胸の奥に冷たいものが浮かぶ。

 立ち上がった俺はもう一度スマホを見て、メッセージを送ろうとする。

 だが、そのとき――。

 

「七里ヶ浜くん?」

 

 氷のように冷えた声に振り返ると、そこに立っていたのは東堂先輩だった。

 もはや見慣れたと言ってもいい制服姿。

 長い髪はきっちりまとめられていて、表情は読み取りづらい。


「東堂先輩……?」


 先輩は俺の顔をじっと見つめる。

 そして、少しだけ歩み寄ってきた。


「こんなところで、どうしたの?」


 彼女に伝えるべきか躊躇したが、こと巻島に関してなら味方になってくれるはず。


「……巻島と待ち合わせだったんです。今日の放課後に会おうって言われて。最近、忙しかったみたいで」


 東堂先輩は俺から視線をそらした。

 俺がここにいることから、待ち合わせ場所がカフェだと推測したのだろう。


「……そう。昨日の夜も遅くまでリハだったのかしらね」

「でも、さっき出発したって連絡があったっきりで、そこから――」


 俺がそう言うと、東堂先輩の顔から色が引いた。


「……は?」


 低く小さく呟かれた声の直後、俺の襟元がぐっと掴まれる。


「――葉音がどこにいるか、本当に分からないの!?」


 息を呑む間もなかった。

 胸ぐらを強く引き寄せられ、東堂先輩の顔が目の前に迫る。

 いつも冷静で飄々としていたはずの先輩の瞳が、今は真剣に、怒りと焦りに揺れている。


「……あの子があなたを見る目は本気だったわ。きっと、無理してでもここに来ようとするはず」

 

 俺の手からスマホが滑り落ちそうになる。


「それなのに、連絡が途絶えて……あなたは、ベンチでじっと待ってるだけ?」


 先輩の言葉は鋭く、悔しさと、巻島への想いが滲んでいた。


「今すぐ探しに行くわ」


 東堂先輩は俺の制服を放し、冷えた眼差しのまま言い放つ。


「お、俺も――」

「あなたは来なくていい」


 ピシャリと言われてしまう。


「……最初から言ってたものね、気持ちなんてないって」

「それは――」

「だったら探さなくていい。私とあなたの利害は一致してるんでしょう? なら、帰って寝てなさいよ」


 そう吐き捨てて、東堂先輩はくるりと背を向けた。

 歩みは早く、振り返ることもなく消えていく。

 ……俺はその場に取り残され、ベンチに腰を下ろしてしまう。

 人通りの多いカフェ前の歩道。

 行き交う人々の声と雑音の中で、俺だけが何もできていない。

 スマホを握りしめる。巻島からのメッセージは「今から向かうね」のまま止まっている。

 この言葉を彼女は、どんな思いで送ってくれたんだろう。


『ずっと、ずっと、探して……やっと……っ』

『……こんな風に誰かに触れたいと思ったの、初めてだったの』

『……今日は僕が一緒にいるから、大丈夫だよ』

 

 巻島の言葉が次々と思い出される。

 俺はずっと、怖かった。

 いつかの俺は彼女を助けたらしいが、自分にその記憶はない。

 目の前で甘い言葉を囁く彼女は、その一瞬を切り取って好意を向けてくれている。

 

 ――もし、本当の俺を知って嫌われてしまったら?

 

 普通の人間なら受け流せる事に噛みつくし、社交的でもない。

 自分が好かれない側の人間だということは分かっているのだ。

 だから俺は人助けが好きで、その後の関係性が嫌いだ。

 善意と好意がぶつかって、どちらも不幸になるなんて辛すぎる。

 

『悟くん、こういうのが好きなんだなぁって。僕の知らない悟くんを知れるのって、嬉しいんだね』

『ふふっ、悟くんがそういうの苦手って、なんか意外』

 

 でも、彼女は、きっと知ろうとしていた。

 俺が駄菓子が好きだということも、高いところが苦手なのも。

 彼女のかけてくれた「こういうのが好きなんだね」という言葉は、あれはたぶん――。


(――彼の話じゃなかったんだ)


 あの時、巻島は「俺自身」を見ていたんだ。

 他の誰でもない、この時間を生きる「七里ヶ浜悟」を。

 彼女は、あんなに俺のことを見てくれていたのに。

 俺は……。


(ベンチでじっと待ってるだけ、か)


 静かに息を吐いて空を眺めると、夕焼けと青空が混ざり合っていた。

 沈みかけた太陽が建物の隙間から光を差し込んでいる。


(……行かなくちゃいけない)


 この先どうなるかとか、そんな事は今はどうでもいい。

 ただ、巻島は俺を知る努力をしてくれた。

 今日だって、俺に会おうとしてくれた。

 俺は彼女の行動に応えなければならない。

 再び立ち上がると、スマホの地図アプリを開きながら、頭を整理する。


(……思い出せ。巻島が前に話してたはずだ)


 確か、彼女はこう言っていた。


『駅に迎えに来てもらう時は、西口なんだよね。人通りが少ないから、安心できるんだ』


 そうだ。あの時は話半分で聞いていたが、これがヒントになるはず。

 駅に迎えに来てもらうなら西口。


(……だとすれば反対に、駅で降ろしてもらう時も西口の可能性が高い)

 

 俺のいるカフェは東口側だから、西口から一番人通りの少ないルートを通るのではないか。

 西口と東口を結ぶのは、駅の二階にある空中連絡橋。

 高架の上に作られた長い通路だ。両側がガラス張りで、風が通る。

 構内を見下ろせる場所には、ポツポツとベンチが置かれている。

 もし巻島が、ほんの少しでも休もうと思ったなら。

 人目を避けたいとしたら。

 連絡橋のどこかで足を止めていたとしても不思議じゃない。

 東堂先輩とは逆の方向だが、たとえ外れていてもいい。

 何もしないでいるより、ずっといい。

 俺は地図アプリを閉じ、スマホをポケットにしまう。

 そして、歩き出した。


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どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

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