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距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
巻島葉音

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25/30

連絡

 月曜の朝。

 一昨日のデートが夢だったかのような、いつもの通学路。

 ほんの少しだけ足取りが軽かったのは自覚していた。


(――お昼休みには来てね。絶対だよ?)


 巻島のあの言葉が、ずっと耳に残っていたからだ。

 教室へ向かう階段を上がる。

 まだチャイムには時間があったけど、何となく早めに着いた。

 そうすれば……自然と、あの席にも目が向いてしまう。

 だが、巻島の席は空いていた。


(まぁ、まだ少し早いしな)

 

 着席してプリントを出して、筆箱の中身を整理して。

 何かと「普通」に過ごしながらも、気づけば視線は、また巻島の席に向いていた。

 始業のチャイムが鳴る。

 吉岡先生が入ってきて、出席を取り始める。


「巻島さんはぁ……」


 吉岡先生はそれだけ言い、次の生徒の点呼へと移る。

 

「葉音ちゃん、休みなのか?」


 数人がちらりと振り返った。


「風邪とか?」

「いや、昨日のイベントじゃ元気だったぞ」


 俺は何も考えずに教科書を開いた。

 そのまま午前の授業が終わり、昼休みになっても、巻島の席はそのまま。

 一昨日の彼女の声が、また脳内で再生される。


(……絶対だよ?)


 帰宅した俺は、制服のままベッドに転がりながら、スマホを手に取る。

 未読はゼロ。普段は山のように来る巻島からの通知は一件もなかった。


(……送ってみるか?)


 俺はMINEを開いてメッセージを打ち込むも、迷った末、そのまま消した。

 急な仕事が入ったとか、体調を崩してしまったとか、連絡をしない理由はいくらでもある。

 彼女は芸能人だ。俺とは根本的に生活スタイルが違う。

 こちらの都合で振り回すことはしたくなくて、見終わっていないドラマに手をつけることにした。


 翌朝、通学路に吹く風が冷たく感じた。

 巻島からのメッセージは今日もなく、だからこそ、今日は登校してきているんじゃないかと、どこかで期待してしまっていた。


(……たまたま昨日だけ、ってこともある)


 そう思いながら、校舎に足を踏み入れる。

 教室の扉を開けた瞬間、無意識に彼女の席を探す。

 ……やはり、席は空いていた。

 昨日と同じようにプリントを広げ、隆輝と雑談をしながらも、ずっと視界の端には巻島の不在があった。


「悟、今日もいないな。巻島さん」


 隆輝がこそっと言ってくる。


「……ま、アイドルは忙しいってことだろ」


 自分でも、少し無理に口角を上げてるのがわかる。

 別に、巻島が俺に欠席の理由を伝える義務なんてない。

 それは分かっている。

 けど、少し引っかかっていた。

 午後の授業が終わっても、巻島の席が埋まることはなかった。

 家に帰っても彼女からのメッセージは届かず、俺も送らなかった。

 既読無視が怖いわけじゃない。


 夕飯を終えて、風呂にも入って、寝る前にいつものようにスマホを手に取った。

 通知はゼロ――ではなかった。

 『新着メッセージ』という文字に、思わず指が止まる。


『ごめんね、昨日も今日も連絡できなくて』

『ドラマの撮影が急に前倒しになって、台本の読み合わせとレッスンが詰まっちゃって』

『学校にも行けてないし、悟くんにも何も言えなかった』

『本当にごめん……』

『好きだよ』


 何度も読み返してしまう。


(前倒しか……)


 芸能界ならそういうこともあるだろう。

 人間のキャパシティにも限界はある。

 予想はとっくにできていたことだ。

 でも、メッセージが来たことに安堵している自分がいて、情けない気持ちになる。

 俺は返信を打とうとして、途中で止めた。

 何を書けばいいのか分からなかった。

 結局、その夜は何も返さないまま、スマホの画面を伏せた。

 代わりに、さっき届いたメッセージが頭の中をぐるぐるしていた。


 週の真ん中。巻島のメッセージが頭に残っていたせいで、昨夜はなかなか寝つけなかった。

 教室に入ると――もう分かっているのに――自然と巻島の席へ目が向かう。

 そろそろ見慣れてもいいはずなのに。


「……あー、今日もか」


 隆輝が隣の席から声をかけてくる。

 彼の顔には、どこか呆れたような、それでいて心配も混ざったような表情が浮かんでいた。


「連絡、来てねぇのか?」

「……少しだけ。昨日の夜に」


 そう言うと、隆輝はわざとらしくため息をついた。


「まったく。どうせ返事してないんだろ?」

「なんて言えばいいか分からないしな」

「あれだけ分かりやすく好かれてて、アイドルの彼氏なんてポジションにいながら、お前ってやつはさぁ……」

「彼氏じゃないんだよ」

「じゃあ、巻島さんに人生単位でロックオンされてる男、って言えばいいのか?」


 隆輝は俺の机に肘をつきながら、真面目な目をした。


「悟、心配してるんだろ?」

「……まぁな」

「だったら連絡しとけよ。たとえ向こうが忙しくても、気にしてるって伝えるのは、悪いことじゃない」


 そう言われて黙り込んだ俺に、彼は笑顔を見せる。


「放課後、ゲーセン行こうぜ」

「ゲーセン?」


 彼はきっと、俺を励まそうとしてくれているのだ。


「……ありがとな。もちろん行くよ。なにプレイする? 久しぶりに《ヤバアカ》でも――」

「そりゃあお前、もちろん《太Ⅵ》だろ! 今のお前ならボコボコにできそうだから行くんだよ!」


 励まそうとしてくれるん……だよな?

 もちろん、結果は俺の圧勝だった。


 帰宅した俺は、学生の本分を忘れないために勉強を始めた。

 だが、机に向かってノートを広げてはみるものの、頭には全く入ってこない。

 隣に置いてあるスマホをチラチラと見ながら、ずっと迷っていた。


(……気にしてる、って伝えるだけだ)


 自分に言い聞かせるようにして、スマホを手に取る。

 MINEのアプリをタップして、巻島とのトーク画面を開く。


「お疲れ様」

「無理するなとは言えないけど、体調には気をつけて」


 文面を何度も見返してから、送信ボタンを押した。

 たったそれだけのことなのに、心臓がやたらと煩く響いた。


 巻島からの返事が来たのは、木曜日の放課後だった。


『ごめんね、返信するのが遅くて……』

『このところあんまり寝れてなくて』

『でも、やっと明日で全部終わるよ』

『だから……明日の放課後、会えないかな?』

『頑張って、少し疲れちゃったから』

『ご褒美がほしいな』


 俺は画面を見たまま、そっと息を吐いた。

 文面からでも、彼女がハードなスケジュールに拘束されていたことが読み取れる。

 明らかに疲れ果てていた。

 彼女は自分の仕事に誇りを持っているが、それでも疲れる時はある。

 もし、俺が巻島の癒しになることができるなら――。


「わかった」

「明日、楽しみにしてる」


 俺は手短に返事をして、スマホを置いた。


 

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