二分で味がなくなるガム
一歩間違えれば黒歴史になりそうなブツを手に入れた俺たちは、昼食がまだだということで静かなカフェに入ることにした。
流石に撮影班はカフェの中までは付いてこず、客も客で自分たちの話に夢中なようで、巻島に気付く人はいない。
「ここで一休みにしようね」
「あぁ、まだ一時間も経ってないのに、異様に疲れてるからな……」
主に精神面が。
俺たちは向かい合って座ると、各々の注文を伝える。
巻島はサラダとパスタ、俺はサンドイッチとコーヒー。
本当は俺もパスタにしたかったが、こういう時に限って綺麗に食べようとして空回ったり、緊張で胃が縮んでいそうだからやめた。
デート中の食事はパフォーマンスと同義だ。
「お昼ごはん、悟くん一緒に食べれて嬉しい。これで何回目かな」
「多分……これで二回目とかじゃないか?」
「あれ、そんなに少なかったっけ」
「ほとんどは巻島が強引に――」
「葉音、って呼んで」
「……葉音が強引に、密会とか言って引っ張っていっただけだしな」
一緒に飯を食べた回数よりキスした回数の方が多いって、どういうことだよ。
「人間は欲には抗えないからね」
「……急にまとめようとしないでもらっていい?」
「それでも、どの回数もちゃんと増えてるよ。……恋って、そういう積み重ねなんだと思うの」
俺はその言葉に反論しようとして、やめた。
すると、巻島は箸でサラダをつまみながら、ぽつりと言う。
「……今日みたいな日、本当はずっと欲しかったんだ」
「ん?」
「好きな人とお出かけして、ご飯食べて、一緒に写真を撮って。この仕事を選んだことを悔やんでるんじゃなくて、そうしたいと思える人がいなかったから」
その横顔は、さっきまでの笑顔より少しだけ大人びていた。
「……だからね、悟くんの事を知れてから、毎日が幸せなんだよ」
言葉が出なかった。
彼女の言葉の意味が、俺には理解できるからだ。
「……今日が終わったら、また少し寂しくなるかも。でも――『また会おう』って言ってくれたら、いつまでだって耐えられる気がする」
巻島の目は、ほんの少し潤んでいるように見えた。
でも彼女はそれを見せまいとして、ぎこちなく笑う。
そんな彼女に対して俺が言える事は一つしかない。
「……また会おう。今日が終わっても、ちゃんとまた、すぐに」
「ありがとう、悟くん。……そういう優しいところも大好きだよ」
そう言って巻島は、一瞬だけ俯いた。
そして、再び顔を上げた時――。
「――今の、言質ってことでいいよね?」
「……はい?」
二秒前が曇りだとしたら、今は快晴。雲ひとつない青空。
「しかも、すぐにって言ってくれたもんね? えぇどうしよう、まだ会ってるのに、次に会うのが楽しみ過ぎる……!」
「ま――待て待て待て待て。待ってくれ巻島」
「葉音」
「葉音……いつまでやるんだよこれ。じゃなくて、今の悲しそうな流れはどこ行ったんだ?」
「ん? なにそれ?」
ちょっと何この人、めちゃくちゃとぼけてるんですけど。
「なんか『寂しくなるかも』とか言ってたよな?」
「うん、もちろん悟くんと会えない時間は全部寂しいよ? でも、僕の部屋には悟くんゾーンもあるし、悟くんとやりたい事とか行きたいところを考えてるだけで、一瞬で時間が過ぎちゃうんだよね」
「悟くん……ゾーン……?」
よく分からん領域を作らないでくれ。
俺はテニスを始めた覚えもないし、巻島の言葉に全て的確に返せる自信もない。
「よーしっ! 僕たちのデートはまだ始まったばっかりだよ!」
「打ち切りにしてくれ」
「この後も色んなところに行って、色んな悟くんを見せてね!」
またしても、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。
ほらな、悟くんゾーンなんてないんだよ。
昼食を終えた俺たちは、モール内をぶらぶらと歩いていた。
巻島はどこか嬉しそうに俺の袖を軽くつまんでいる。
食事中も、俺が何を食べるのか、どんな味が好きなのか、逐一観察していた気がする。
パスタを選ばなくて本当に良かった。
そんな中、通路の先に看板が見えた。
あまり目立たないような木製のそれは、かなりボロかったが、モール全体の清潔度合いからいって、あえて汚く見せているのだろう。
なぜなら、この店はそれが売りになるのだから。
「……駄菓子屋か」
土のような質感の床材から、ちょっと安っぽい木製の商品棚。
俺たち世代は慣れ親しんでいるわけではないが、何故か懐かしさで胸がくすぐられる。
「へぇ……悟くんって駄菓子が好きなの?」
巻島が少し意外そうに、でも興味深そうに俺を見る。
「たまに来ると面白いんだよ、こういうのって。ほら、これとか!」
棚からひとつ取り出したのは――「ウェアヒーローガム」だ。
「これ、パッケージ変わってないな。復刻版か」
いや、俺の時が復刻版だったから、復刻版の復刻版だ。
もちろん、二分で味がなくなるガムも食べるのだが、一番のお目当てはなんと言ってもウェアヒーローフィギュア。
一つ何千円のハイクオリティなものではなく、手のひらサイズのちんまりとしたもので、色も付いていない。
だが、その肌色だったり青だったりの小さいフィギュアが、無性に欲しくなるのだ。
好きなキャラの記憶を引っ張り出しながら語っていると、巻島は横で静かに笑っていた。
「ふふっ……悟くん、すっごく楽しそう」
少しだけ距離を詰められ、俺は直前の己の言動が恥ずかしくなる。
「ま、まぁ……こういうの、子どもの頃好きだったからな」
「……なんかね」
巻島は駄菓子の棚ではなく、俺の顔を見たまま言う。
「悟くん、こういうのが好きなんだなぁって。僕の知らない悟くんを知れるのって、嬉しいんだね」
彼女は何気ない調子で笑ったまま、「このジュース美味しそう」と棚を覗き込む。
俺は、どこか彼女の言葉に違和感を覚えていた。
しかし、その正体が何かまでは分からない。
「……まぁ、気が向いたらまた聞いてくれ。駄菓子の世界は奥深いからな」
「もちろん! 楽しみにしてるね!」
その後も、巻島は俺の腕に手を添えながら、延々と駄菓子の解説を聞いてくれた。
つまらないだろうに、文句の一つも言わずに。
そして、二人はそれぞれ自分の食べたいものを買い、店の外で発表し合うことにした。
巻島のチョイスは見事に、俺が解説してたものばかりだった。
モールを出てすぐのロータリーに、白いバンが止まっていた。
よく見れば側面には小さく「撮影協力」とプリントされたロゴが貼られている。
見慣れた人間なら気づく程度の目立たなさ。
だがそれが、逆に本物っぽさを醸し出していた。
「……ロケバスってやつか。これに乗れる日が来るとはな」
思わず漏れた独り言に、巻島がおかしいと言いたげに笑う。
「ふふ、大袈裟じゃない? 悟くんに迷惑かけたくないから、これなら安心できるかなって」
「女子って、みんなこんなに頭が回るのか?」
「そうだよ。好きな人のためならね」
即答された。
バンのスライドドアが静かに開き、俺たちは中へ乗り込む。
車内は思っていたよりも広かった。
後部には二列のシートが設置されていて、俺と巻島は隣同士に腰を下ろす。
窓の外に広がるモールの喧騒が、ドアの閉まる音とともに切り取られた。
「緊張するな」
「……そうだよね。悟くんと二人きりって、慣れないな」
俺と彼女の緊張は違う種類のもののようだ。
合図もなく車が出発する。
俺たちは少しの間、会話するでもなく外を眺めていたが、やがて巻島が俺の手に自分の手を重ねた。
「ねぇ悟くん、今日ここまで……楽しかった?」
唐突に、しかし自然に、そんなことを聞いてくる。
「……あぁ、楽しかったよ。撮影だなんだっていうのは驚いたけど」
「そっか。……よかった」
短い会話。
でも、巻島の横顔はほんのり赤くなっていた。
さっきのプリクラのことでも思い出したのか、指先がフィギュアを弄んでいる。
俺が駄菓子屋で買ったウェアヒーローガム。
二つ買ったのだが、どちらも同じフィギュアが出てしまい、彼女がそれを一つくれないかと聞くので渡したのだ。
あまりにも真剣な表情で、少し面白く思ったのを覚えている。
それから、彼女はずっとフィギュアをしまいもせず、手で持っているのだ。
そこまで気に入ったのなら、今度新作でも見せてみようか。
ロケバスは大通りを抜け、小さな橋を越えた。
車窓から見える風景は、都市のビル群から海沿いの空の広がりへと、少しずつ色を変えていく。
どこに行くのかは知らされていないが、車の動きで、目的地はすぐそこだと理解した。
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