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距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
巻島葉音

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23/30

二分で味がなくなるガム

 一歩間違えれば黒歴史になりそうなブツを手に入れた俺たちは、昼食がまだだということで静かなカフェに入ることにした。

 流石に撮影班はカフェの中までは付いてこず、客も客で自分たちの話に夢中なようで、巻島に気付く人はいない。


「ここで一休みにしようね」

「あぁ、まだ一時間も経ってないのに、異様に疲れてるからな……」


 主に精神面が。

 俺たちは向かい合って座ると、各々の注文を伝える。

 巻島はサラダとパスタ、俺はサンドイッチとコーヒー。

 本当は俺もパスタにしたかったが、こういう時に限って綺麗に食べようとして空回ったり、緊張で胃が縮んでいそうだからやめた。

 デート中の食事はパフォーマンスと同義だ。


「お昼ごはん、悟くん一緒に食べれて嬉しい。これで何回目かな」

「多分……これで二回目とかじゃないか?」

「あれ、そんなに少なかったっけ」

「ほとんどは巻島が強引に――」

「葉音、って呼んで」

「……葉音が強引に、密会とか言って引っ張っていっただけだしな」


 一緒に飯を食べた回数よりキスした回数の方が多いって、どういうことだよ。

 

「人間は欲には抗えないからね」

「……急にまとめようとしないでもらっていい?」

「それでも、どの回数もちゃんと増えてるよ。……恋って、そういう積み重ねなんだと思うの」


 俺はその言葉に反論しようとして、やめた。

 すると、巻島は箸でサラダをつまみながら、ぽつりと言う。

 

「……今日みたいな日、本当はずっと欲しかったんだ」

「ん?」

「好きな人とお出かけして、ご飯食べて、一緒に写真を撮って。この仕事を選んだことを悔やんでるんじゃなくて、そうしたいと思える人がいなかったから」


 その横顔は、さっきまでの笑顔より少しだけ大人びていた。


「……だからね、悟くんの事を知れてから、毎日が幸せなんだよ」


 言葉が出なかった。

 彼女の言葉の意味が、俺には理解できるからだ。


「……今日が終わったら、また少し寂しくなるかも。でも――『また会おう』って言ってくれたら、いつまでだって耐えられる気がする」


 巻島の目は、ほんの少し潤んでいるように見えた。

 でも彼女はそれを見せまいとして、ぎこちなく笑う。

 そんな彼女に対して俺が言える事は一つしかない。

 

「……また会おう。今日が終わっても、ちゃんとまた、すぐに」

「ありがとう、悟くん。……そういう優しいところも大好きだよ」


 そう言って巻島は、一瞬だけ俯いた。

 そして、再び顔を上げた時――。


「――今の、言質ってことでいいよね?」

「……はい?」


 二秒前が曇りだとしたら、今は快晴。雲ひとつない青空。


「しかも、すぐにって言ってくれたもんね? えぇどうしよう、まだ会ってるのに、次に会うのが楽しみ過ぎる……!」

「ま――待て待て待て待て。待ってくれ巻島」

「葉音」

「葉音……いつまでやるんだよこれ。じゃなくて、今の悲しそうな流れはどこ行ったんだ?」

「ん? なにそれ?」


 ちょっと何この人、めちゃくちゃとぼけてるんですけど。


「なんか『寂しくなるかも』とか言ってたよな?」

「うん、もちろん悟くんと会えない時間は全部寂しいよ? でも、僕の部屋には悟くんゾーンもあるし、悟くんとやりたい事とか行きたいところを考えてるだけで、一瞬で時間が過ぎちゃうんだよね」

「悟くん……ゾーン……?」


 よく分からん領域を作らないでくれ。

 俺はテニスを始めた覚えもないし、巻島の言葉に全て的確に返せる自信もない。


「よーしっ! 僕たちのデートはまだ始まったばっかりだよ!」

「打ち切りにしてくれ」

「この後も色んなところに行って、色んな悟くんを見せてね!」


 またしても、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。

 ほらな、悟くんゾーンなんてないんだよ。

 


 昼食を終えた俺たちは、モール内をぶらぶらと歩いていた。

 巻島はどこか嬉しそうに俺の袖を軽くつまんでいる。

 食事中も、俺が何を食べるのか、どんな味が好きなのか、逐一観察していた気がする。

 パスタを選ばなくて本当に良かった。

 そんな中、通路の先に看板が見えた。

 あまり目立たないような木製のそれは、かなりボロかったが、モール全体の清潔度合いからいって、あえて汚く見せているのだろう。

 なぜなら、この店はそれが売りになるのだから。


「……駄菓子屋か」


 土のような質感の床材から、ちょっと安っぽい木製の商品棚。

 俺たち世代は慣れ親しんでいるわけではないが、何故か懐かしさで胸がくすぐられる。


「へぇ……悟くんって駄菓子が好きなの?」


 巻島が少し意外そうに、でも興味深そうに俺を見る。


「たまに来ると面白いんだよ、こういうのって。ほら、これとか!」


 棚からひとつ取り出したのは――「ウェアヒーローガム」だ。

 

「これ、パッケージ変わってないな。復刻版か」


 いや、俺の時が復刻版だったから、復刻版の復刻版だ。

 もちろん、二分で味がなくなるガムも食べるのだが、一番のお目当てはなんと言ってもウェアヒーローフィギュア。

 一つ何千円のハイクオリティなものではなく、手のひらサイズのちんまりとしたもので、色も付いていない。

 だが、その肌色だったり青だったりの小さいフィギュアが、無性に欲しくなるのだ。

 好きなキャラの記憶を引っ張り出しながら語っていると、巻島は横で静かに笑っていた。


「ふふっ……悟くん、すっごく楽しそう」


 少しだけ距離を詰められ、俺は直前の己の言動が恥ずかしくなる。


「ま、まぁ……こういうの、子どもの頃好きだったからな」

「……なんかね」


 巻島は駄菓子の棚ではなく、俺の顔を見たまま言う。


「悟くん、こういうのが好きなんだなぁって。僕の知らない悟くんを知れるのって、嬉しいんだね」


 彼女は何気ない調子で笑ったまま、「このジュース美味しそう」と棚を覗き込む。

 俺は、どこか彼女の言葉に違和感を覚えていた。

 しかし、その正体が何かまでは分からない。


「……まぁ、気が向いたらまた聞いてくれ。駄菓子の世界は奥深いからな」

「もちろん! 楽しみにしてるね!」


 その後も、巻島は俺の腕に手を添えながら、延々と駄菓子の解説を聞いてくれた。

 つまらないだろうに、文句の一つも言わずに。

 そして、二人はそれぞれ自分の食べたいものを買い、店の外で発表し合うことにした。

 巻島のチョイスは見事に、俺が解説してたものばかりだった。



 モールを出てすぐのロータリーに、白いバンが止まっていた。

 よく見れば側面には小さく「撮影協力」とプリントされたロゴが貼られている。

 見慣れた人間なら気づく程度の目立たなさ。

 だがそれが、逆に本物っぽさを醸し出していた。


「……ロケバスってやつか。これに乗れる日が来るとはな」


 思わず漏れた独り言に、巻島がおかしいと言いたげに笑う。


「ふふ、大袈裟じゃない? 悟くんに迷惑かけたくないから、これなら安心できるかなって」

「女子って、みんなこんなに頭が回るのか?」

「そうだよ。好きな人のためならね」


 即答された。

 バンのスライドドアが静かに開き、俺たちは中へ乗り込む。

 車内は思っていたよりも広かった。

 後部には二列のシートが設置されていて、俺と巻島は隣同士に腰を下ろす。

 窓の外に広がるモールの喧騒が、ドアの閉まる音とともに切り取られた。


「緊張するな」

「……そうだよね。悟くんと二人きりって、慣れないな」


 俺と彼女の緊張は違う種類のもののようだ。

 合図もなく車が出発する。

 俺たちは少しの間、会話するでもなく外を眺めていたが、やがて巻島が俺の手に自分の手を重ねた。

 

「ねぇ悟くん、今日ここまで……楽しかった?」


 唐突に、しかし自然に、そんなことを聞いてくる。


「……あぁ、楽しかったよ。撮影だなんだっていうのは驚いたけど」

「そっか。……よかった」


 短い会話。

 でも、巻島の横顔はほんのり赤くなっていた。

 さっきのプリクラのことでも思い出したのか、指先がフィギュアを弄んでいる。

 俺が駄菓子屋で買ったウェアヒーローガム。

 二つ買ったのだが、どちらも同じフィギュアが出てしまい、彼女がそれを一つくれないかと聞くので渡したのだ。

 あまりにも真剣な表情で、少し面白く思ったのを覚えている。

 それから、彼女はずっとフィギュアをしまいもせず、手で持っているのだ。

 そこまで気に入ったのなら、今度新作でも見せてみようか。


 ロケバスは大通りを抜け、小さな橋を越えた。

 車窓から見える風景は、都市のビル群から海沿いの空の広がりへと、少しずつ色を変えていく。

 どこに行くのかは知らされていないが、車の動きで、目的地はすぐそこだと理解した。


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どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

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