表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる  作者: 歩く魚
巻島葉音

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/30

ランドセルか俺は

 チャイムの音が鳴ると同時に、巻島はノートを閉じて席を立つ。

 いつも通りの顔で何事もなかったように。

 だけど、一瞬だけ交差した視線は、確かに俺へ「来てね?」と言っていた。

 その視線を真正面から受け止めてしまった俺は、もうどうしようもなかった。

 でも、俺には猶予がある。

 まずは隆輝の横に腰を下ろす。


「……なぁ、なんかお前ニヤついてない?」

「ニヤついてるよ」

 

 即答された。


「お前さ、今朝の古文の時点でバレバレだったけど? この後、どうすんの?」

「どうすんのって……決まってるだろ。行くよ」

「だろうなぁ〜。いやぁ青春だねぇ悟くん」


 一発ぐらい殴ってもバチは当たらなさそうだが、ここまでガタイのいい男に勝てる未来が見えない。

 パンを二つにちぎりながら、隆輝は楽しそうに足を揺らしている。


「てか、お前……気付いてないだろ」

「何がだよ」

「巻島さん、お前のこと見てる時だけ背筋ピンって伸びてるぞ」


 片方のパンを俺に渡しつつ、隆輝はにやりと笑う。


「……ランドセルか俺は」


 パンをかじりながら、俺はできるだけ普段通りを装う。

 だが落ち着かない。

 心臓だけは授業中のチャイムみたいに鳴っている。

 

 パンを食べ終えた頃、隆輝が掛けてもいないメガネを持ち上げる仕草をする。


「ほら、行かないと。美少女を待たせちゃいけませんよ悟くん」

「そういえば俺、メガネフェチなんだよね」

「わかる。メガネと敬語の組み合わせって強くない?」

「あーいいね。年上もいいけど、年下もいい」

「年下といえば、小悪魔系も好きじゃなかったか?」

「……小悪魔系? そんな子が出てくるアニメってあったっけ」

「それはお前、ほら……アレだよアレ。前に面白いって勧めてくれたやつ」

「ぜんぜん覚えてないな……」


 隆輝も詳しくは思い出せないようだ。

 しばらく二人で首を捻っていたが、やかて彼が突き動かされたかのように身を乗り出してくる。


「時間ヤバいって! そろそろ行った方がいいだろ」

「……忘れられてたのに」

「ま、頑張れよ、巻島さんと上手くいったら、俺にもアイドルの一人や二人、紹介してくれよな」

「俺の代わりにファンからボコボコにされてくれよな」


 軽口を叩き合いながら席を立つ。

 教室の扉を開け、廊下に出る。


(……行くか)


 靴音だけが規則正しく続き、体育倉庫の影が見えた。

 昼休みにしてはやたら静かだ。

 倉庫の扉は少しだけ開いていて、中からふわりと埃っぽい匂いが流れてくる。


「……悟くん?」


 薄暗い倉庫の隙間から、巻島の声がした。

 俺は深呼吸をひとつして、扉に手をかける。


「……来たよ」


 扉がきしみながら大きく開いていく。

 昼の光が差し込んで、その光の輪の中に彼女がいた。

 両手を背中に回し、微笑んでいる。

 昼休みが始まって直行ということはないだろうが、どのくらい前からいたのか。

 扉を閉めると、外の明るさが一気に遮断される。

 薄暗い倉庫特有のひんやりした空気……のはずなのに、体温が上がっていくのを感じた。


「晴れててよかったね。二人で会う時は、いつも晴れててほしいな」


 巻島は一歩、また一歩と近付いてくる。

 その歩幅がやけに小さくて、わざわざ距離をゆっくり詰めているのがわかる。


「……っ!」


 次の瞬間、胸元に柔らかい衝撃。

 巻島が迷いなく飛びついてきて、腕を俺の背中にまわした。


「会いたかったぁ……」


 肩に額を押しつけながら、彼女が小さく笑う。

 その声が、くすぐったいくらい甘い。

 引き離そうとした腕は、なぜか言うことを聞かない。

 それどころか、腰のあたりをきゅっと掴まれて完全に身動きを封じられた。


「昼休みまで、ずっと考えてたんだよ? 悟くん、来てくれるかなって。来なかったら、どうしようかな……って」


 後半の言い方が怖いんですけど。


「……さすがに、まき――葉音をここに放置するのは可哀想だからな」

「ふふ、優しいね」


 顔を上げた巻島の頬が、ほんの少し赤い。

 近すぎる距離。呼吸が当たる。


「ねぇ悟くん、ちょっと上向いて?」

「なんでだよ……」

「いいから」


 軽く顎をつままれ、顔を上に向けさせられる。

 力が強い。小柄なクセに変なところだけ強い。

 そして、巻島が胸の位置に顔をすり寄せる。


「……落ち着くぅ……」


 肩越しに腕を回した巻島の指先が、背中の布越しにきゅっ、きゅっ、とつかんでくる。

 俺の方が落ち着かない。


「悟くん、今日なんか……匂い違うね。朝、ちょっと慌ててたでしょ?」

「よ、よくわかったな」

「わかるよ。好きなんだから」


 巻島は止まらない。抱きついたまま、身体を揺らして擦り寄ってくる。

 彼女の柔らかい部分が全て俺に触れているようで、甘い匂いと合わさってクラクラしてきた。


「ん〜……ほんと落ち着く……。もうちょっとだけ、このままでいて?」


 その「もうちょっと」が数分なのか、数時間単位なのかは知らないが、断れる雰囲気ではなかった。

 倉庫の隅から差し込む薄い光が、巻島の髪を揺らす。


「授業中ね、何回も見ちゃった。気づいてたでしょ?」

「……まぁ」

「照れてる……。可愛い」


 しばらくそのまま抱きしめられていたら、巻島の指先が俺の背中で止まった。

 揺れていた身体がぴたりと止まり、彼女が顔を上げる。


「……悟くん」


 さっきまで甘さだけだった声が、ほんの少し震えている。


「昨日は……帰っちゃって、ごめんね」

「……あぁ、別に気にしてないよ」


 巻島はぎゅっと俺の制服を握りしめながら、眉尻を下げた。


「……あの子、二兎さんって言うんだっけ。可愛いね」

「そ、そうか……?」


 警報だ。どデカい警報が鳴っている。

 こういう時の返答には要注意だと恋愛アニメで学んでいる。

 大丈夫だ。俺は鈍感ではないはず。適切な回答を選んでみせる。


「オシャレだし、僕よりもよっぽど今風な子だよね。デートだって、僕はまだ悟くんとしたことないのに……」

「い、いや、あれはたまたまゲーセンに行くことになっただけで、デートなんかじゃ――」

「デートだよ」


 強く言い切られてしまい、何も言えなくなる。


「悟くんと二人で……物として残る思い出まで作れてさ。僕、羨ましくて――おかしくなりそうだった」


 背に回される手に、ぎゅっと力がこもる。


「ねぇ、悟くん」


 近くで見ると、巻島の瞳が揺れている。

 期待と不安が混ざったような、複雑な光。


「明日、デートしよ?」

「デート……?」

「うん。ちゃんとしたやつ」

 

 巻島は俺の服を引っ張りながら、顔を寄せてくる。

 その目は真剣だった。

 いつものふわふわとした様子がなく、ただ素直に俺を誘っている。


「明日、もし予定ないなら……一緒にいたいなって」

「……予定はないけど」


 そう返すと、巻島の顔がぱっと花みたいに明るくなる。


「ほんと!? じゃあ決まりっ!」

「で、でも、仕事があるんじゃないのか?」

「大丈夫! 空けてあるから!」


 俺が了承するかも分からないのに、どうして空けてるんだよ。

 それに、他にもまだ問題はある。


「他の人に見られたらどうするんだ? 葉音はアイドルだし、登校の時とは訳が違う。大勢の、葉音を知ってる人の目は誤魔化せないはずだろ」

「それも問題ないよ! もう策は考えておいたからっ!」


 さっきまで俺にしがみついていた両腕が、今度は首に回された。

 思わず後ろにぐらついてしまうくらい強い抱きつき。


「悟くんとデート……すっごく楽しみ……ねぇ、何しよっか。どこ行こう? 映画? 水族館? ショッピング? 全部でもいいよ?」

「ぜ、全部は無理だろ」

「じゃあ……悟くんが行きたいところ。どこでも、何をするのも拒まないよ。……なんでも、ね」


 その「なんでも」が何故か恐ろしく感じてしまう。

 俺になにをさせようとしているのか。

 

「明日、十二時に駅前で待ってるからね。……悟くんが来るまで、ずっと待ってる」


 いちいち恐ろしい言い方だ。

 だが、俺に拒否権はない。


「……わかったよ」

「ふふっ……それじゃあそろそろ、戻ろっか」

「あ、あぁ……もう昼休みも終わるし」

「でも、その前に――悟くん成分を補給しないと」


 蕩けた瞳。巻島の人形のように整った顔が、俺の視界を埋め尽くした。

少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。

どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ