昨日の昼飯はチキン南蛮
三時寝七時起きを乗り越え、家を出た俺を待ち受けていたのは巻島――ではなくいつも通りの通学路だった。
腰の曲がったお年寄りが九割の道は幻だったと言わんばかりに学生が多い。
平和で大変よろしいが、人間の慣れとは恐ろしいもので。
少しばかり物足りないと思っている自分もいることに気付く。
今、俺が二人に分裂することができたなら、精一杯の罵声を浴びせていただろう。
教室には、既に巻島の姿があった。
……東堂先輩の姿も。
だが、それだけ。特に会話はなかった。
脳内で昨日のドラマの振り返りをしているうちに、授業開始のチャイムが鳴る。
一限は現代文だ。
『この時の筆者の気持ちを答えろ』なんて言われても、おそらく「めんどくせぇなぁ〜。宝くじとか当たれば仕事しなくて済むのによ」とか「……昨日の晩飯なんだっけな。あーいけねぇいけねぇ、歳取ると記憶が怪しくなってくるわ。カレーは……一昨日か。昨日の昼飯は弁当……なんで晩飯が思い出せねぇんだよ」とか、そういうことを考えていると思う。
まぁいい。こんなもの、数学や物理なんかに比べたら遥かに楽だからな。
文中に答えが書いてあるのだから、日本語を読めれば解けるのだ。
しかし理系科目だけはどうしても得意になれない。
俺には目測で透明な爆弾を当てる機会はないだろうしな。あれはボーイスカウトだけど。
問題を解き終わった後は暇でならない。寝るほどリラックスもできない。
無駄なことを考えながら時間が過ぎるのを待つ。
現代文から続いて二限は古文だ。
現代文と違い、古文には覚えることがあるから苦手だ。
とはいえ作品自体は面白い。
中でも源氏物語は別格だ。
千年も前の作品のくせに、主人公たちが――。
「なぁ、あの女どう思う?」
「めちゃくちゃいい女だよな。やっぱりさ、こっちが会いに行かない時に皮肉の一つでも言ってくるやつがいいのよ」
「わかるわ。『寂しい』とか『次いつ会える?』だけだと萎えるんだよな」
「んで、その女って今どうしてんの?」
「死んだよ」
――今より医療が進歩していないこと以外、ほとんど現代の男たちとやっていることが同じなのだ。
どれだけ時が経っても人間は進歩しない。
そういうことを教えてくれる作品である。
ふと、視線を散歩させてみると、隆輝は早くも夢の世界に旅立っている。
巻島はいつも通り席に座り、前方の黒板に集中している。
……暇だな。垣間見はほどほどに、俺も学んでいるフリをしておくか。
(……ん?)
野生の勘か、視線を感じた気がする。
もう一度、周囲を見てみると巻島と目が合った。
彼女は嬉しそうにはにかむ。
(……なんなんだよ)
昼休みに話そうって言ってたけど、それはそれ。
今は授業中だ。
そう思い直してノートに視線を戻した――が。
(……見られてるな)
視線。こっそり見ると、やっぱり巻島は俺を見ていて、しかも今度は――指で小さくハートを作ってきた。
(バレたらどうすんだよ!)
手元にあった教科書で顔を隠す。
周囲のやつらには、もうバレている気がしてならない。
恐る恐る周囲を確認すると――隆輝がニヤニヤしながら親指を立てていた。
(なんでこういう時だけ起きてんだよ……)
しかも、やるだけやって、また寝やがった。
再び巻島に視線を戻すと、彼女は自分の机の引き出しを指さしている。
(机の中を見ろってことか……?)
確認してみると、教科書と教科書の溝に、三つ折りにされた小さなメモ用紙。
誰にも見られないように細心の注意を払いながら開くと、そこにはピンクのペンでこう書かれていた。
『お昼、あそこで待ってます。
絶対、逃げちゃダメだよ?』
手書きのくせに、ハートとか星とかでやたら装飾されている。
文字の横には小さく俺の似顔絵。
逃げちゃダメだと言われても、そんな気力はとうになくなっていた。
箸休め回です。
次回から一章完結に向けて進みます。
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