呼び出し
「……僕は七里ヶ浜くんの事が好き。人間として、男性として好きなの」
ゴーーーーーーーーーールッ!
鋭く放たれたシュートがゴールネットを揺らしたァー!
バリバリのオウンゴールである。
ほんの少しだけ時を戻して、スーパーセーブを見せてやる、なんてほざいてた翌日の昼休み。
俺と巻島は、東堂先輩の宣言通りに呼び出されていた。
校舎の屋上に続く階段の途中、鉄扉の前。
俺は、心臓が耳元で鳴っているんじゃないかってくらい落ち着かなかった。
(いや……冷静になれ。昨日、あれだけ考えたじゃないか。これは恋じゃない。感謝だ。感謝。東堂先輩にも堂々とそう説明すれば――)
ギィ、と扉が開く音がした。
立っていたのは、もちろん――。
「……来たわね」
東堂涼。巻島の友人にして、三年生で屈指の影響力を持つ者。
睨んでるのか、観察しているのか。
判断がつかないような鋭い目つきで、俺と巻島を交互に見た。
その目を避けるように、巻島が小さな声で言う。
「……涼、昨日のことは、ちょっとその……」
「話すのは私じゃないわ」
東堂先輩は、まっすぐに俺を見た。
「まずは七里ヶ浜悟。昨日のこと、説明して」
風の強い屋上で、制服の裾がはためく。
(よし……落ち着け。ただの誤解の解消だ)
俺は静かに息を吸い、言葉を選びながら話し始めた。
「昨日のことですね。俺と巻島は、偶然にも体育倉庫に閉じ込められてしまいました。それでちょっとした勘違いがあって……」
「勘違い?」
「はい。実は巻島が――」
「――ここから先は、僕が言うよ」
巻島の声が割って入った。
その目は、もうどこか覚悟を決めたような強さを帯びていた。
「……好きな人がいるって話、覚えてる?」
「……えぇ、覚えているけど」
巻島は俺の方を見ずに、まっすぐ東堂先輩の方を向いたまま続ける。
「それが――七里ヶ浜くんなんだ。……僕は七里ヶ浜くんの事が好き。人間として、男性として好きなの」
東堂先輩は黙ったまま、じっと巻島の横顔を見つめていた。
何も言えない俺を見て、巻島は微笑んだ。
「……好きだよ、七里ヶ浜くん」
俺はなにも応える事ができない。
「でも……それはおかしいと思うんだけど」
「え?」
「だって……葉音は今まで教室で、彼を気にする素振りはなかったじゃない。ずっと好きだった相手じゃないの?」
「それは――」
巻島は言葉を詰まらせる。
「――話さなくて良い。自分の心にだけ留めておきたい言葉が、私にもあるから。私が悪かったわ。前に、お互いに詮索しないことに決めたものね」
何か事情があったのね、と勝手に納得してしまう東堂先輩。
「でも――」
彼女の視線は、再び俺へと向けられた。
「あなたには、葉音を幸せにする覚悟があるの?」
「ないです」
「なっ……」
俺の即答に、流石の先輩も面食らっている。
ここで「もちろんです」と答えられるほど、俺は空気が読める人間ではない。
「俺は巻島と付き合う気はないですし、彼女を作りたいとも思っていません」
「あ、あなたが葉音にアプローチをかけたから、葉音はその気になったんでしょう!? それなのに、その言い方は――」
「俺は何もしてないです。いや、厳密にはしてますけど、邪な気持ちがあってのことじゃない。むしろ、東堂先輩に助けてほしいです。俺はアンタの事が嫌いだけど、利害は一致してますから」
「葉音、あなたは本当にこんな男を選ぼうとしてるの!?」
もっともである。
巻島にオウンゴールを決められてしまった以上、先輩を味方に引き込むしか俺が逃げ切る道はない。
カスみたいな事を言っている自覚はあるが、あえてだ。
巻島への断りのメッセージの同時上映である。
しかし先輩が俺を指さすと、それを遮るように巻島が一歩前に出る。
「七里ヶ浜くんの事を悪く言わないで!」
「でも……彼に葉音と釣り合うような部分があるとは――」
「――これ以上は、僕も怒るよ」
一瞬、東堂先輩が言ったのかと思ってしまったほどに、低く冷えた声。
間違いなく正しいのは先輩の方なのだろうが、普段温厚な巻島に静かな怒りを向けられて、何も言えないでいる。
「僕は涼と喧嘩する気はないよ。涼は大切な人だから」
「それは、私も――」
「でも、たとえ誰であっても、この恋は邪魔させない。誰であっても――絶対に」
言い放った巻島は、絶句している東堂先輩との会話が終わったと考えたのか、「行こう」と俺の手を引っ張る。
そしてそのまま、屋上の扉を開いた。
彼女の後ろについて階段を降りていると、背後で扉が閉まった音が聞こえた。やけに大きく、耳に残った。
いつもほとんど設定を練らずに書き始めるので、現在進行形でバリバリ展開に困ってます。
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