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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜

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99/105

99☆閃きは企み

 

「歌えないなら、じゃあ獅子倉、うちの代わりにお前が伴奏やれ」

「はいーっ? 今から練習しろっつーんスかーぁ!」

 星花祭、いわゆる文化祭を週末に控えた月曜日。歌えなくても一応顔だけだそっかなーと練習が終わった頃を見計り、軽い気持ちで部活にひょっこり顔を出したぼくは、いきなりの黒宮部長のむちゃぶりに目をひん剥いた。

「なんだ、獅子倉家のご令嬢たるもの、ピアノくらい習ってたんじゃないのか? たった2曲でいいんだぞ? 楽勝だろう」

「習わされてたのなんて小学校の時までッスよっ? あれからガチで弾いたことなんてないんスよー? あと何日だと思ってんスか? 無理に決まってんじゃないスか!」

「今日を入れれば6日もある。小学校までやっていたなら充分思い出せるはずだ。子供の頃にやっていたものは、意外と身体が覚えてるもんさ」

「ぼくが恥かくだけじゃなくて、合唱部が恥かくことになるんスよっ? 11月の合唱コンクールまでには傷も治るし、今回は裏方でいいじゃないッスかー」

「合唱コンはクラス別だろ? 合唱部とは関係ないからそれはそれで頑張れ。お前が出ないとなると聞きに来るギャラリーが減るからな。うちは今からプログラムの訂正を申し込んでくる。伴奏にお前の名前があればギャラリーもざくざくゲットだ。そうなれば必然的に来年度の入部率もアップ間違いない。んじゃ、そういうことだ。せいぜいうちらに恥をかかさないように仕上げとけよ?」

 取らぬタヌキの皮算用で不適な笑みを隠せない部長は太ったクリアファイルをドサッとぼくに押しつけ、「あー忙しい忙しい」と手をひらひらさせながら音楽室を後にしていった。

「マジかよーぉ……」

 項垂れるぼくを部のみんなが囲んでいる。だがその大半はぼくと同じ表情だ。つまり、『えー、マリッカがー……?』という不安特盛りの顔つきである。

「誰か変わってくださいよーぉ。黒宮部長以外にも、ピアノくらい弾ける人いるっしょー?」

 ぐるりと見渡しても、すかさず目を逸らしたりそそくさと帰り支度を始めたり。莉亜ちゃん先輩に至っては「マリッカちゃん、飴あげるから頑張ってねー!」と笑顔で肩をぽんぽんしてきた。

 理不尽すぎるーっ!

「あははっ、押しつけられちゃったわねぇ」

 あっという間にみんなすたこら退散し、音楽室に残ったのはぼくと汐音だけ。早く陽が暮れるようになってきた窓際で呑気に笑っている。気の毒そうな素振りひとつないのかとますますしょぼくれてしまう。

「笑い事じゃないぞ! これから毎日、指から血が吹き出るまで練習しないと間に合わない。ったく、部長はぼくのこと客寄せパンダかなんかと勘違いしてるんじゃなかろうか……」

「かわいいじゃない、パンダ。プログラムに『パンダ倉茉莉花』って書き直してもらう?」

 自分で言ってげらげら笑っているので無視無視。そんな茶番に付き合っているくらいなら練習しないとだ。ぼくは腹をくくってピアノに向かった。

 楽譜を広げた。黒宮部長の伴奏が脳内で再生される。歌い込んでいるので音は全て頭に入っている。

 譜面は読める。問題は指だ。同じピアノ教室で習っていた4兄妹の中で、ぼくは龍一兄ちゃんの次にセンスがあると褒めてもらったことはある。だがそれは3年以上も前の話だ。果たして思い通りに動いてくれるだろうか……。

 鍵盤に両手を乗せてみた。久しぶりの感触だ。指を広げてみた。昔より鍵盤のひとつひとつが小さく感じた。

「ねぇ、なんか弾いてみてよ。昔弾いてたやつなら弾けるでしょ?」

 いつの間にか背後に来ていた汐音が肩に顎を乗せてきた。

「簡単に言うなよ。んっと……」

 幼稚園の頃ハマっていた戦隊もののオープニング曲を思い出す。気分屋だったぼくに「茉莉花ちゃんは興味のある曲なら飲み込み早いからねぇ」と教えてくれた曲だ。

 まずは右手、次に左手を動かしてみると、あとは勝手に両手が走ってくれた。

「すごーい! やっぱ弾けるじゃない! 聞いたことあるけど、これなんだっけ?」

 部長の言った通りだった。大好きで何度も練習した曲は、身体が自然と動いてくれる。ぼくがメロディに併せて軽く口ずさむと「あー、懐かしい!」と汐音も鼻歌を乗せてきた。

 後奏まで終えると、汐音はおサルのおもちゃのように大げさな拍手をしてくれた。ちょっと気分がいい。手が大きくなった分、間隔が計れずミスしてしまったところもあったけれど、3年以上触れていなかった楽器がこんなにも楽しいと思えるとは意外だった。

「茉莉花にピアノなんて似合わないと思ってたけど、こうしてみると結構様になってるわねぇ」

「失礼だなぁ。先帰ってなよ。ぼくはもう少し指慣らしたり練習してから帰るから」

「えー、聞きたーい! 茉莉花がピアノ弾けるなんて知らなかったからもっと聞きたいなーぁ。おとなしくしてるからいいでしょー?」

 頬をくっつけておねだりしてきた。絶対おとなしくなんてできないくせに……と思いながらも「しょうがないなぁ」と許可してしまう。

 汐音はぼくの斜め後ろに椅子を持ってきてちょこんと座った。最近はかっこいいとこ見せれていないので気合いが入る。思い出せる曲をいくつか弾いてみた。

「上手いじゃなーい! ねぇ、クラシックとかは弾かないの?」

「兄ちゃんたちは弾けるけど、ぼくは弾けないんだなー。今考えたら、ぼくめっちゃわがままだったかも。専らアニソンとかポップスとか、自分の好きな曲を楽譜に起こしてもらっては、それしか練習しなかったから。同年代の子には羨ましがられてたよ、私もそっちがいいーってね」

「ふーん、昔っからマイペースなお嬢ちゃまだったのね」

「さっきからちょいちょい失礼だなぁ。そんなことばっか言うんなら帰ってくんない?」

「あははっ、褒め言葉よー」

 そうは言っても自覚があったのか、汐音は『お口にチャック』のジェスチャーをした。いちいちツッコんでる暇はないので、ファイルから取り出した楽譜としばらく睨めっこする。

「弾けっかなぁ……」

 ぼやいて両手を動かしてみる。うん、ゆっくりなら弾けそうだ。しかしサビ前の上下にパートが別れるところでもたつく。これをさらりと弾いてしまうんだから黒宮部長、ちょっと尊敬。性格には難ありだけど。

 1曲目をどうにか終えた。弾けそうな気がしてきた。身体が覚えてくれるまで何度も何度も繰り返さないとだ。

 目立ちたがり屋のぼくがピアノ伴奏なんて柄じゃないと思っていたけど、大勢の部員の中で歌っているよりも、むしろひとりでピアノに向かっているほうがかっこいいのでは……?

「なにニヤついてんの?」

 肩に力が入っていたので首をこきこきならしていると、汐音が不思議そうに覗き込んできた。

「ん? ぼくかっこいいじゃんって思って」

「はいはい、かっこいいかっこいい」

「なんだよー、汐音だって思っただろー?」

 汐音は笑いながら肩をもんでくれた。不器用だが力はあるので気持ちいい。ぼくはその間、2曲目の楽譜に目を通した。

 *

 木曜日。本番は明後日。授業中もイメトレで指を動かしていた成果もあり、やっと2曲とも暗譜で弾けるようになった。

 放課後、合唱部のみんなと初めて併せた。どよめきがめっちゃ気持ちよかった。あの黒宮部長でさえ「予想以上だな」と嬉しそうにしてくれた。

 ぼくも嬉しかった。弾けるようになったこと、褒めてもらえたこと、そして、最後の星花祭で『アルトの女王』が歌ってくれること。

「部長、ぼくソロくれるなら歌いたいけど、もらえないなら今後はピアノでもいいかも」

「調子に乗るな。お前は合唱のソロにはむいてないんだから、ソロが歌いたいなら軽音部にでも行け。うちが卒業したらアルトのボリュームがだいぶ下がる。お前もアルトに残って引っ張っていってほしいとこだが、そんなに目立ちたいなら次期部長に懇願してみるんだな」

 目立ちたいってバレてたか……。テヘペロ。

「そうだ獅子倉、お前にもうひとつやってほしいことがある」

 椅子に座ったままのぼくの肩をがっちり掴み、黒宮部長はまたもニヤリと笑った。

 嫌な予感しかしない……。


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