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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜

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95/105

95☆彼女を作るもの

 

『珍しいな。どうした? 今仕事中だぞ?』

「うん、ごめん。誕プレの御礼だけ言おうと思ってさ。ありがとね、父さん」

『なんだ、そんなことか。後で家に帰ったらかけ直すよ。お母さんも話したいだろうしな』

「ううん、かけ直さなくていい。これから課題やんなきゃだし、父さんも忙しいだろ? 母さんにもよろしく言っといて?」

『……分かった。お父さんも今日は遅くなるかもしれないから、またゆっくり話そう。……何か変わったこととか困ったことはないか?』

「ないよ、元気でやってる。んじゃね。父さんも身体に気をつけて」

『あぁ、ありがとう。今新しくアミューズメントパークを建設中なんだ。プレオープンする時には友達たくさん連れて遊びに来なさい。小遣いが足りなくなったらいつでも言うんだぞ? 獅子倉家の娘たるもの、恥ずかしくない格好で……』

「分かった分かった! んじゃぁね」

 通話を切るまで、父さんはずっと嬉しそうな声のままだった。ぼくからかけることはあまりないからだ。周囲の音からして車で移動中だったのだろう。やり手社長は相変わらず忙しいらしい。

 ホーム画面に戻ったスマホを見つめ、そんな父さんに心の中でごめんと呟く。

 わざと仕事中にかけた。母さんによろしくと手間を省いた。ケガのことを隠し何もないと言ってしまった。

 計算してかけた電話だったが、今更ちょっと罪悪感……。

 父さんの口ぶりからして、ぼくが一瞬帰宅したことは伝わっていないと思われる。忙しくて母さんと話せていないのか、心配かけまいと話していないだけなのか、はたまたショックのあまり、母さんの中でなかったことにされているのか……。

 いずれにせよ、傷が完全に消えるまでは帰れない。保護者に連絡すると言った医務室の先生に「自分で言うから大丈夫!」と説得してあるのだ。学校で、しかも顔にケガをしたなんて両親の耳に入ったら、モンペ化してそれこそ転校騒ぎになりうる。

「龍一さんたちにはいいの?」

 ぼくがスマホをデスクに置くと、静かに宿題を済ませた汐音が顔を上げた。

「いーのいーの! あんなふざけたもんよこしてきたやつらに、なんでわざわざ電話しなきゃいけないんだよ。どうせくれるんなら、もっとマシなもんくれろっての! 一応メッセだけは入れとくけどさぁ……」

「ぷっ、そのメッセに画像添付してみたら? 『似合うー?』って」

「……マジで怒るぞ?」

「あははっ。やぁね、そんな怖い顔してたらイケメンが台無しよ? さっ、歯磨きしてこよーっと」

 ジト目を向けているぼくに気付かないふりをし、汐音はいたずらな笑みを浮かべながらそそくさと逃げるように出て行った。チャイナドレスのほうかスケスケランジェリーセットのほうか、どちらを想像してるのか知らないが、さっきからずっと人の顔を見ては吹き出していた。

 くっそー、みんなしてぼくで遊びやがって……!

 机上の鏡に、むくれた自分が映っている。週末にマスクを買いに行かなきゃな、なんて思いながらふざけた贈り物を引き出しの奥深くに押し込んだ。

 *

 その週の土曜日、今日はショッピングでも行こうよと誘ったぼくに、汐音は言いにくそうにお願いをしてきた。

「茉莉花の買い物には付き合う。その前に……ついてきて欲しいところがあるの」

「もちろんいいよ。映画? カフェ?」

「ううん、あのね……」

 汐音はギュッとスマホを握りしめた。

 なんでも、お姉さんが入院してしまったとか。お見舞いに行きたいけど地元を独りで歩きたくないのでついてきて欲しい、ということだった。

「言っておくけど、うちには寄らせないわよ? 上がらせないわよ? 外から見るのもダメ。あんなボロアパート見たら、茉莉花が気絶しちゃう」

「なんでぼくが気絶するんだよ。ボロいアパートくらい見たことあるぞ?」

「いいからダメなの! 近くまでついてきてくれるだけでいいの。お姉ちゃんの着替え取りに行く間だけ、悪いけど近くで待ってて?」

 なんだそりゃ、とツッコみたいのをぐっと堪え「分かった」と頷いた。彼女が地元に帰りたくない理由を考慮するとこれ以上はツッコめなかった。

 汐音の家は、学園前駅を挟んでぼくんちの反対側だ。あちら側はあまり行ったことがないのでわくわくしているぼくに、「あんまはしゃがないでよね」と釘を刺してくる。目的はお見舞いなのだ。不謹慎だったかな、と反省反省。

 ドラッグストアでマスクを買い、電車に揺られること2時間ちょい。鈍行じゃないと止まらない駅なので、距離よりもだいぶ遠く感じた。

 夏休みに日帰りで帰宅した際はお姉さんが迎えに来てくれていたらしい。汐音の去年の事件を知っているのはお姉さんだけなので、両親や妹には頼みづらかったのだろう。

 寝返りをする度に痛みで起きてしまい、最近寝不足のぼくが車内でうとうとしだすと「暇だから寝ないでよぉ」と脇をくすぐってくる。そのくせぼくが起きているとスマホでメッセのやりとりばかりしているので、お返しにくすぐり返すと「つねるわよ?」とマスクに指を近付けてきた。

 彼女のメンタルが元気なのはいいのだが、その前にぼくの身体がずたずたになりそう……。

 電車を降りると、ツクツクボウシの大合唱が響いていた。

 ホームから眺めてみる限り、駅の周辺は昔ながらの小さな商店や民家が集中しているものの、少し離れるとすぐ田畑が広がっていた。ところどころに学校や病院なのか、大きな建物も見える。神社もある。うちの近所とは違い、緑の多い、いい所だなと思った。

「田舎だって思ったでしょ」

「思ってないよ? 緑が多くていいなって思っただけ」

「一緒じゃない」

 いじけた顔が愛らしくて、先導する彼女の指にそっと触れた。すぐに「ダメ」と振りほどかれる。ですよねー……とおとなしく隣を歩いた。

「ここで待ってて。いいわね? ずぇーったい、ついて来ちゃダメだからね?」

 汐音の家は、案外駅から近かった。隣のブロックだから、ここで待っているようにと床屋さんの角に立たされた。休みでもないのに、店先の青と赤のぐるぐるは止まったままだ。壊れてるのか?

「はいはい、分かったから行っといで」

 疑惑の目を向けながら、「5分で戻るから」と言い残して汐音は角を曲がって行った。ぼくが塀からそっと顔を出すと、あちらが振り向きかけたので慌てて顔を引っ込めた。

 絶対、と言われると……ねぇ……。

 足音が完全に消えたのを確認し、再びそっと覗いてみる。彼女の姿はない。左の角を曲がったのだろう。なるべく足音を立てず、早足で追いかけた。

 次の角でまたひょっこり顔だけ出す。遠くに赤毛が見えた。キョロキョロしている。周りを警戒しているのだろうか。心なしか肩が強ばっているようにも見える。変なプライドなんか捨てて、おとなしくぼくを付き添わせばいいのに……。

 汐音は1階の端がお豆腐屋さんになっている、3階建ての木造建築の外階段を上って行った。築何十年なのだというボロアパートだ。間違いなくここが彼女の実家だろう。

 ……失礼だが、ほんっとにボロい……。

 ボロアパートはドラマで見たことはあるけれど、実物を拝んだのは初めてだ。彼女は鍵を持っていないのか、真ん中の部屋の呼び鈴を鳴らしている。

 中から小学生の女の子が出てきた。扉を開けるやいなや、汐音に抱きついている。妹は一つ下だと言っていたが誰なのだろう? 手を引かれて一緒に入って行った。

 知りたいな、と思った。両親の前ではどんな娘なのだろう。三姉妹の挟まれっ子な汐音は、どんな妹でどんなお姉ちゃんなのだろう……。彼女が消えた部屋を見上げ、ぼんやり考えていた。

 5分どころか20分経っても降りて来ず、ちょっと遅すぎないかい? とスマートウォッチに目を落とした瞬間、「また帰ってくるからぁ」という彼女の声が微かに聞こえた。

 ぼくは急いで床屋さんまで戻った。背後で「絶対だよー?」とかん高い声もする。さっきの小学生だろう。

 息を弾ませていると怪しまれるので呼吸を整える。マスクが苦しい。たんこぶを避け額の汗も袖口で拭った。

「お待たせ。ごめん、遅くなって」

「いや、いいよ。持とうか?」

 嘘をつくのは得意ではないが、汐音は特に何も疑ってこなかった。お姉さんの着替えが入っていると思われる紙袋に手を差し伸べる。いつも重い物はぼくに持たせるくせに、「ううん、大丈夫」と微笑んだ。

 なんか、嬉しそうだった……。

 さっきの小学生は誰なの? と聞きたいところだったが、聞いてしまうとぼくが尾行していたのがバレてしまうので、気になりつつも飲み込む。しかしあの子との時間が楽しかったのだろう。汐音は緊張が溶けたようににこにこしていた。

 病院まではバスで3つだと言う。口にしたら叩かれそうだが、田舎道というものを経験してみたかったので、せっかくだから歩こうよと提案すると、少し躊躇ってから頷いてくれた。

「ロビーかなんかで待ってればいい? こ1時間くらいなら余裕で待っててあげるよ」

 実家に入る前の強ばりはどこへやらのご機嫌な汐音とおしゃべりに夢中になっているうち、いかにも立て直したばかりらしき大きな建物が見えてきた。真っ白な側面に『つつじ総合病院』と書かれた看板がへばりついている。

「うーん……。お姉ちゃん、一緒に来なよって言ってるけど、大丈夫?」

「えっ! ぼくもっ?」

 思わず足が止まる。傍らを軽トラックが追い越して行った。

「あたしが独りで来れないの分かってるからさ、友達についてきてもらってるなら一緒においでってメッセ来たの」

 全く予想だにしていなかった展開に、汐音もぼくも困惑気味だった。

「イヤだったら無理にとは言わない。でも、ついてきてくれたら、お姉ちゃんきっと安心してくれると思う……」

 地元で怖い目にあった妹に星花学園を薦めたお姉さんだから、元気でうまくやっていてほしいと願っているのだろう。かといって心の準備も何もできていないぼくが「ちわー! 友達でーぇっす」なんて顔を出したところで安心材料になるんだろうか……。

「イヤじゃないよ? ……うーん、でも久しぶりの姉妹の再会にさぁ……」

「お姉ちゃんがおいでって言ってるんだからいいんじゃない? あたしも別にイヤじゃないし」

「うーん、分かったよ……」

 詩織の家族には会ったことがない。恋人の家族に会うなんて初めてだ。柄になく緊張してきた……。

 院内は外観同様真っ白で奇麗だった。今まで農道のような道を歩いてきたので、逆にここだけ異質な感じだ。汐音は初めてじゃなかったのか、迷わずエレベーターへ向かった。

 チン、と辿り着いたのは5階。右が整形外科、左が婦人科と矢印がぶら下がっている。

 汐音は左へ曲がった。ぼくもついて行く。自分がケガしたばかりなので、てっきりお姉さんも外科系だと思っていた。汐音が入院の理由を言ってこないので、あえてぼくも聞かなかったのだ。

「お姉ちゃん?」

 4人部屋の前。その入り口に『相葉美音』とプレートが貼ってある。1番手前のベッドを覗く汐音の合図を、ぼくは廊下で待つことにした。

「汐音? ありがとう。入っていいよ」

 シャッとカーテンを開き、汐音がベッドに近付いて行った。隙間から起き上がろうとしている女性の姿が見えた。

 少し顔色は悪いが、明らかに汐音のお姉さんだとすぐに分かる。汐音に似ている。いや、お姉さんだから、汐音が似ているのか。

 つるんとしたゆでたまごのようなおでこがお揃いだ。芯の強そうな目元もそっくりだが、お姉さんは少し穏やかな猫目だった。

 唯一全く違っているのは、その髪色。汐音は姉妹で1人だけ赤毛なのだと言っていた。お姉さんは天使の輪っかができそうなつやつやの黒髪だ。肩にかかるくらいのセミロングで、形の良い顎ラインをレイヤーがなぞっている。

 荷物を手渡す汐音の横顔がすごく嬉しそうだった。あまり話題には出てこないが、お姉さんが大好きなのだろう。お姉さんも優しく微笑んでいる。

 ぼくはしばらく黙って、姉妹の再会を廊下から見守っていた。汐音の声がいつもよりワントーン高い。ぼくといる時より楽しいのかよ、とちょっぴり妬いてしまったり。

「友達?」

 目が合った。お姉さんが「おいでよ」と手招きしている。マスクをしたまま突っ立っていたのだ、怪しまれなかっただろうか……とおずおずカーテンを身幅まで開いた。

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