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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜

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91/105

91☆王子様だから

 

 ミニ汐音はおすわりができる。

 身長は7センチちょい。実物汐音の20分の1で作られているのだろう。三等身なのでやたら頭がデカいところが愛くるしい。

 玲ちゃんはぬいぐるみ作りが趣味と聞く。だがただのぬいぐるみではなく、誰が見ても汐音そっくりに作るとは尋常じゃない腕前だ。ここまでのハイクオリティな作品を作る才能を持ちながら服飾科ではなく普通科に進んだのが本当にもったいない。

 まぁ、趣味の範囲だから楽しんで打ち込めるというのはよくある話しだけど……。

 もらった翌日の早朝、汐音のトレードマークでもある赤毛のポニーテールの結び目にボールチェーンを付けた。吊り下げるとバランス的にちょっと前のめりになってしまうが、頭頂部にぶっ刺すのにどうも抵抗があったので苦肉の策だ。

「ちょっとぉ……バッグなんかにぶら下げるつもりじゃないでしょうねぇ?」

 お寝坊さんがベッドから呆れた声をよこしてくる。手早くチェーンを取り付け、ぼくはドヤ顔で掲げて見せた。

「へへっ、もらったもんはぼくのもんだ。どうしようがぼくの勝手だろ?」

「やめてよねー。まぁたマリッカ信者に何言われるか……」

「だーいじょーぶっ! そんな子猫ちゃんはもういないよ。もしいたとしても、ぼくがおしおきするからさ!」

「なにがおしおきよ……。そのおしおきすらも、信者たちは快感だったりするかもしれないじゃない。ドエムの取り巻きなだけに」

 早速バッグに取り付けているぼくが「誰がドエムだ!」とツッコむと、汐音は赤毛をくしゃくしゃしながら「顔洗ってこよーっと」と部屋を後にした。

 まったく、心配症も大変だなぁ……。いらん心配までしてると、そのうちハゲちゃいそうでこっちが心配だ。

 バッグを揺らしてみる。ミニ汐音も短い手足をぷらぷらさせながら一緒に揺れた。チェーンの長さはちょうど良さそうだ。

「よしっ、さすがぼく!」

 本当はちょっぴり恥ずかしい。シルバーアクセや革ヒモのキーホルダーなんかを好むぼくがぬいぐるみをぶらさげているのだ。恋人のミニチュアでなければ有り得ないだろう。不揃いになったバッグのサイドに一度苦笑いを向け、ぼくも身支度を始めた。

 *

「おはようマリッカ。今日も素敵ね!」

「おはよー。ねぇマリッカ、昨日のプレゼントは私のが1番だったでしょ?」

「マリッカおはよ! 昨日のパーティー楽しかったわぁ。今度は私を隣に座らせてー!」

 登校時の子猫ちゃんたちのお出迎えに笑顔で応え、いつもと変わらない1日が始まる。鈴芽ちゃんと登校する汐音を視界の端で捕らえつつ6組の教室に入るや否や、クラスメイトの凉ちゃんがズンズン詰め寄ってきた。

「おはよ、凉ちゃん。なんだよ怖い顔してぇ。1日遅れの誕生日くれるって?」

「やんねぇっつーの! それより茉莉花、お前2年の先輩に怨みでも買ったか?」

 いつもぼくのふざけ相手の凉ちゃんが、珍しく真剣な表情で見下ろしてくる。ぼくはちょっと首を傾げたが、嫉妬ややっかみなんて日常茶飯事なので思う節があるんだかないんだかだ。

 ちなみに『あんた』呼ばわりするのは恋人の汐音だけだが、『お前』呼ばわりするのは仲良しの凉ちゃんだけだ。

「あるっちゃーあるけど、ないっちゃーないな。いつものことじゃん? ぼくがかっこよくてモテるからおもしろくないって人は珍しくないよ」

「おめでたいやつだなぁ。後ろ姿で間違えられたこっちの身にもなれってーの!」

 凉ちゃんに軽くげんこつを食らわせられた。ぼくは患部を摩りながら、肩を組んできた凉ちゃんの小声に耳を欹てる。

 凉ちゃんの話しによると、なんでも黒髪でつり目の先輩にいきなり「獅子倉茉莉花さん!」と後ろから肩を掴まれたらしい。ショートでボーイッシュで6組というだけだが、ぼくと凉ちゃんを見間違えたのだと思われる。

「違うっつってんのにさ、ろくに人の顔も見ずにこれを押しつけてきたんだよ。お前、ほんとに気をつけろよ? 何かあったら相談に乗るからさ」

「はぁ……分かった分かった」

 めんどくさいなぁ、とため息をついた。凉ちゃんが「ん」と握らせてきた四つ折りの紙を開く。

『相葉汐音と別れろ。さもないと退学にさせる』

「退学……?」

 明朝体で印字された簡素な手紙だった。いや、手紙というより悪質な脅迫状か……。

「ははっ、人気者も辛いなぁ。モテない凉ちゃんが羨ましいよ」

 ぼくが笑い飛ばすと、凉ちゃんはムッと唇を尖らせて「余計なお世話だっ」とほっぺたをつねってきた。

「いててててっ、顔はやめろ顔はー」

「ふんっ、人がせっかく心配してやってんのにさっ。この整った顔に傷が付いてもしらねーからな!」

「だ、大丈夫だよ! 謝るから放してー」

 凉ちゃんはふんっと鼻を鳴らしながら手を放した。大げさだがこんなに心配してくれる友人に感謝しつつ、もう一度手紙に目を落とした。

「退学ねぇ……」

 どう考えても嫌がらせが過ぎる。きっと陰キャ中の陰キャだ。文句あんなら直接言いに来いっての。

 まぁぼくはともかく汐音には注意するよう伝えるべきだろうか……。

 いや、心配症の汐音のことだ。余計な不安を植え付けるくらいなら黙っておこう。

 その代わり、念のため千歳と鈴芽ちゃんにメッセを入れておく。『汐音が黒髪でつり目の先輩と接触してたらぼくに報告して』と。

 季節はそろそろ星花祭ムードで沸き立つ。初めての文化祭にぼくもわくわくしている。ファッションショー用に製作した作品の試着は誰に頼もっかなーなんて呑気なことを考えながら着席すると、先に返信があったのは千歳だった。

『おっけーよん! しかしなんかあった?』

 どう返そうか悩んでいるうちにもうひとつピロンと通知がきた。

『承知しました。お名前は分かりますか?』

 ぼくは両方に『とりあえずよろしく』とだけ返し、バッグに手紙を押し込んだ。代わりに数学の教科書を引っ張り出す。退屈な座学なんかなくなればいいのにな、とミニ汐音の頭を一撫でした。

 黒髪でつり目……。

 黒宮部長か? いや、黒宮部長なら部員であるぼくを見間違えたりしないだろう。それに部長はぼくを『獅子倉』と呼ぶ。そもそも部長は3年生だ。

 じゃあ砂塚先輩? んー、確かに2年生だが、あの人はむしろ汐音の肩を持っていたくらいだ。こんな手紙をよこすわけがない。

 じゃあ……。

 思えば美人揃いのこの学園には、つり目も切れ長もわんさかいる。猫目の汐音だってつり目のカテゴリに入るだろう。情報が少なすぎて特定できるわけがないことに気付いた。

「やーめやめっ」

 考えても仕方ない。そもそもただの陰湿ないたずらだろう。始業まであと5分だ。今日のランチのお誘いをしようと立ち上がった瞬間、「マリッカ!」と呼ぶ声がした。

 振り返ると扉に手をかけたままの奈也ちゃんが手招きをしていた。ぼくはにっこり手を上げて応える。立ち上がり廊下に近付くにつれ、扉で隠れていたちびっこが視野に入った。

 瞬間、嫌な予感が脳裏を過ぎる。

「獅子倉さん、すみません! 汐音さんが……」

 鈴芽ちゃんのつぶらな目が揺れている。理由こそ話していないものの、鈴芽ちゃんも胸騒ぎがしたのだろう。

「汐音は?」

「アタシと4組の前で話してたら、横から2年の先輩が割って入ってきて……。ちょうど汐音を探しに来た鈴芽ちゃんに言ったら……」

 申し訳なさげに、今度は奈也ちゃんが答えた。奈也ちゃんは大人の顔色に敏感になってしまう環境で育っている。名も知らぬ異様な空気の先輩に何かを感じたらしい。

「どっち行った?」

 あっち、と廊下の奥を指を指されたところで教室は多数ある。とりあえず昇降口方面ではないのなら校舎内には間違いない。

「申し訳ありません、獅子倉さん……」

 スマホを握りしめたまま見上げてくる黒髪おかっぱ人形の頭を撫でて「大丈夫、ありがとね」と笑顔を作った。我ながらアッパレだ。この動揺は、きっと2人には悟られていないだろう……。

「大丈夫だよ、ぼくは王子様だからね。奈也ちゃん、悪いけど1時間目のノートあとでよろしく」

 ウィンクしてはいるものの、心臓は早鐘を打っている。始業のベルを背に廊下を急いだ。

 まさか、母さんの差し金じゃ……。

 いや、母さんは星花のOGじゃない。差し向けるような知り合いはいないはずだ。

 ならばやっぱりぼくへの怨みか汐音への妬みか、あるいは凶暴な子猫ちゃん、いや、子虎ちゃんか……。

 いずれにせよ、『退学させる』なんておだやかじゃない……。

 心臓が胸骨の内側から、早く早くと急かしてくる。どこへ行った? どこから探す? 高鳴る一方の心拍数は早足だからか、それとも焦りだろうか……。





◆今回のゲスト


黒鹿月木綿稀様作 「夢見る風の凉けさよ」より

各務凉さんをお借りしました。

こちらの作品もよろしくお願いいたします。

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