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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第2章 ビビット編

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44/105

44☆デートのちデート

 その夜、茉莉花は寮の門限ギリギリに帰ってきた。金曜の夜はみんなテンションが高めだし、茉莉花もまた羽根を伸ばしていたに違いない。


「遅かったわね。先寝ちゃおうかと思ったわ」


「へぇ? ぼくがいなくても眠れるんならそうしてもらっても構わなかったけど? 今日は金曜だから鈴芽ちゃん実家っしょ? 一人でも眠れるんなら自分の部屋で寝てりゃよかったじゃん」


 茉莉花はあたしの嫌味が気に障ったらしく、雑にバッグを放り投げ、羽織っていた緑色のスカジャンをベッドに脱ぎ捨てた。


 何よ、遅かったのは事実じゃない……。


「タバコくっさー。またカラオケ? よく飽きずに行くわね。レパートリー尽きないわけ?」


「……ずいぶん突っ掛ってくるな。ぼく何かした? それとも八つ当たりなら御免だけど?」


「機嫌悪いのはそっちじゃない。何よ、帰ってきて早々」


 ほんとは薄々分かっている。お互いにもやもやしている事を。あたしは明日デートしてくるという後ろめたさに、茉莉花は茉莉花であたしを引き止める権利がないもどかしさに。今日まであえて触れてこなかった話題だったし、お互いの言い分も本音も聞き出せずじまいだったから。


 これ以上会話を重ねても溝を深めるだけかもしれない、そう思ってあたしが黙っていると茉莉花もまた黙ってデスクの灯りを点けた。デスクチェアにもたれるギィッという音が、なんだかあたしを責めているようで苦しくなった。


 まだ十時とはいえ、茉莉花と話せないのなら起きててもしょうがない。かといって啖呵切ってしまった手前、鈴芽ちゃんのいない自室で寝るなんて不眠確定。だからってピリピリしたこの空気の中、いつものように茉莉花の存在を感じながら爆睡をする図太さも持ち合わせていなく……。


「汐音」


 バッグからファッション雑誌とノートを取り出しながら茉莉花が声を掛けてきた。黙って振り返ると、無表情な横顔のまま茉莉花は話し始めた。


「楽しんでおいでよ、明日」


「……言われなくてもそのつもりだけど?」


 またつっけんどんに語気を強めてしまう。自分の不器用さにイライラする。


「そう。ならいいんだ。ちょっとはぼくに後ろめたさを感じてくれてるかなと思ったけど……思い上がりだったみたいだね」


 ぺらぺらと雑誌を(めく)りながら淡々と話し続ける。その横顔には感情を見出せない。デスクの灯りが無表情な茉莉花を照らす。


「ぼくも明日出掛けてくるから」


「え? どこへ?」


「買い物。夏服を見立てて欲しいって頼まれてさ」


「え……聞いてない……」


「言ってない。ってゆーかさっき決まったから。カラオケ行った子と三人で。……別に二人きりでって訳じゃないんだからいいよね?」


 嫌味、仕返し、揚げ足、沸々と込み上げてくる怒りを容易く鎮められる程あたしは穏やかではない。話しかけてきておきながら一向にこちらを向こうとしない素振りにも相当腹が立つ。


「行ってくれば? あんたが出掛けるのなんてしょっちゅうだし、あたしが置いてけぼりなのも今に始まった事じゃないもの。今更あたしの許可も同意も必要ないわよ。あんたが遊びたいと思う子と、遊びたいだけ遊んでくればいいじゃない」


「……そうだね……」


 本心なんかじゃないって分かってるくせに。ほんとは行って欲しくないって気持ち知ってるくせに。茉莉花の鋭い相槌に心がきしむ音がした。


「ねぇ、茉莉花。見て見て?」


 なんとか空気を変えたくて、あたしは猫撫で声で呼び掛けた。さっき千歳に借りたブラウスを宛がいながら覗き込むと、茉莉花が横目でちらりとこちらを見た。


「……かわいいじゃん。それも奈也ちゃんに貰ったの?」


「さすがの奈也でもブラウスなんて作れないわよ。これは千歳に借りたの。そんで、こっちがスカート。結構ぶりぶりだけど、千歳の私服にしてはまともな方だったから……でもちょっと短か過ぎる、かな」


 茉莉花はあたしが宛がったスカートの丈をまじまじと眺めてから小さく首を振った。


「いいんじゃない? 汐音は足綺麗なんだからさ。それに、着てみたらそれほどぶりぶりでもないと思う」


「そ、そうかな?」


「うん。着てみてよ。ぼくは明日見れないかもしれないし」


 グサッと刺さる。せっかく空気を持ち直せたと思ったのに、明日の話題になった途端危険球に思えてならない。


 それでもさっきよりかは幾分ましな物腰にあたしも咳払いをして切り替える。再び手元に視線を落とす茉莉花の視界に入らないようにブラウスに腕を通した。


「ブラウスはともかく、スカートはやっぱ短いや。制服が穿き慣れてるからか、膝上は抵抗あるし」


 鏡の前でそう呟くと、デスクチェアごと振り返った茉莉花と鏡越しに目が合った。物言いたげにこちらを見ている。何を言われるのかとおずおず「何よ」と問い掛けると、茉莉花はゆっくり立ち上がってにっこり笑った。


「似合う。かわいいよ、汐音」


「も、もういいわよ、褒めてくれなくて。やっぱり短か過ぎるから違うの借りてくる」


「何で? もうちょっとぶりぶりでも似合うくらいだよ。丈だってちょうどいいと思うけどな」


「だ、だって……こんなかわいいの、あたし柄じゃないもん……」


 視線を戻すと服に着られている相葉汐音が映っていた。千歳が言っていた、髪も下ろしてパッチンも外せばそれらしくなる、と。でもあたしには、アニメキャラのフィギュアに無理矢理違うキャラの服を着せてるような違和感しか感じられない。ちんちくりんのデコッぱちがお嬢様の真似っ子をしているようにしか見えない。


「汐音」


 茉莉花が後ろから腕を回してくる。久しぶりに感じる茉莉花の体温。でも鏡の中のあたしたちはどこかぎこちない。不釣り合いな容姿に恥ずかしくなって鏡から視線を逸らした。何を着てもさまになる茉莉花の側にいる事が改めて惨めに感じる……。


「汐音、ごめん。寂しかったんだよ。汐音がこんな風にぼくの腕の中にいないんだと思うと」


「……いるじゃない、バカ」


「分かる? ぼく今すごくドキドキしてる。ぼくの汐音はこんなにかわいいんだって改めて思っちゃって……」


 抱きしめられた腕がぎゅっとなる。確かに、確かに茉莉花の鼓動が伝わってくるけど、そんな事言われて恥ずかしくない訳がないあたしだってドキドキしてきちゃう。言ってくれた事は嬉しいけど、嬉しいってバレちゃうのは悔しい……。


「き、着替えるから離れなさいよ」


「ヤダね。もうちょっとこうしてたい。……いーないーな、こんなかわいい姿見せられたらぼくだって汐音とデートしたくなるじゃんか」


「普段はかわいくないって言いたいんでしょ。悪かったわね、色気もかわいげもなくて」


「そんな揚げ足取るとこはかわいくないけどさ、なんだかんだ言ってるくせにぼくの腕に収まってる汐音がかわいくて好きなんだよね」


 耳元で囁かれて一気に顔が熱くなっていった。ムッと口を尖らせて腕を振り解く。にやりと笑われて悔しくなったあたしがじろりと睨み上げると、茉莉花は小さく首を傾げて言った。


「ねぇ汐音、明後日の日曜、ぼくとデートしてくれる?」


「デートって……だって、あたしとあんたは……」


「大丈夫。誰にも見つからないデートにするから。だからさ、汐音……」


 女の子の唇は柔らかい。茉莉花の唇が教えてくれた。こうしてキスをする度に思い出す。目を閉じるととろけてしまいそうで、あぁ、やっぱりあたし茉莉花の事が好きなんだ、って思い知らされてしまう。


「約束、してあげるから破らないでよ? 破ったらぶっ飛ばすから」


「もー、ムードが台無しじゃんかよぉ」


「あはっ、ぶっ殺す、の方がよかったかなぁ」


 けらけら笑うあたしを見て苦笑いを浮かべる茉莉花。始めからこうすればよかったんだ、埋め合わせは日曜日に、って。そしたらあんなにギクシャクする必要はなかったのに。そんな簡単な事を見落とすのもまた、バカで不器用なあたしたちらしいけど。


 大好きな茉莉花の前では悪態ついちゃう、天邪鬼なあたしでごめん。だけどこの姿はあなたにしか見せない。だからあなたもあたしの為だけに笑って欲しい。

 

 誰と出掛けようが、こんな笑顔を見せるのはあなたの元だけだって信じていて?


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