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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編

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28/105

28☆あまにがオレンジの朝?

「重い……。目ぇ覚めてんなら降りろよ、汐音」


「重いって言わないでよ。そーゆーのはあたしのプロポーションじっくり見てから言いなさいよね。そんなに見たいならお望み通り見せてあげるけど?」


「ご、ごめんって。分かったからとりあえず降りて、ね?」


 腕枕ならぬ胸枕。昨晩ピロートークの最中、あたしは頭を抱っこされながら茉莉花の心臓の音を聞いているうちに安心して寝落ちてしまったらしい。推定Dカップくらいであろう茉莉花の胸は、(さらし)で潰されてるのがいい感じに低反発枕っぽくて心地よかったのもある。


 それにしても、一晩中同じ体勢で爆睡してしまったのはさすがに申し訳なかったかも……。


「しょうがないから今度はあたしが腕枕してあげる。ほら、ほらほら」


 あたしが二の腕をぺちぺち叩くと、一瞬『よしっ』を言われて解放された仔犬のように目を輝かせた。でもすぐ我に返ったらしく、ぷるぷると首を振って二人の間を布団で隔てた。


「い、いいよぉ……。するのはいいけどしてもらうのは……その……目の前に来るし」


「胸が? なによ、そんなに嫌がられると傷つくじゃない。あたしばっかしてもらってお返しがしたいって言ってんのにー」


「怒るなよぉ、んもう……。ぼくはシャワー行ってくる。ついて来んなよな」


 むくれ顔の茉莉花がもぞもぞと布団から出ていく。昨晩一緒に行こうと誘ったのにヤダヤダの連発で、仕方なくあたしは一人でお風呂に行ったのだった。


 普段から早朝にシャワーを浴びる茉莉花は誰もいない時間を熟知しているらしく、時計を見ながらいそいそとバスセットをかき集めている。あたしはその姿を目で追いながら、ついつい口元を緩ませてしまっていた。


「ねーねー、なんかこのシチュエーションで『シャワー行ってくる』って言うとえっちぃわね。触りもしないくせに」


「いちいちツッコまなくていいから……もうっ。ドラマの見すぎだって。汐音は寝てていいよ。いや、むしろ寝てて。帰りに飲み物でも買ってこようか?」


 上体を起こそうとするあたしの髪をかき上げながら優しく覗き込む。不本意にもその手つきと甘いハスキーボイスにきゅんとしてしまった自分がいて悔しい。


 そんな赤面してしまった顔を見られたくなくて、茉莉花の手を振り払ってごろりと寝返る。「おやおやぁ?」と笑う声が聞こえた気がしたけど、布の擦れる音にかき消されていった。


「いらないから早く帰ってきて」


「嬉しい事言ってくれるね。……かわいい時とかわいくない時の差が激しすぎるけど……」


「なんか言った?」


「行ってきますって言った。じゃーね、仔猫ちゃん」


 絶対言ってないくせに、そう言おうとしたけど、布団の上から頭をぽんぽんされておとなしくなってしまうあたし……。自分じゃないみたいで気持ち悪い。腹が立つ。自分にも、あいつにも。


 パタンという扉の音を聞きながら考えた。あたしはどうしてしまったんだろう、と。見かける度にいちいちムカついてたあいつに、今度はいちいちトキメいてしまうなんて……。


 やっぱりムカつく。おもしろくない。不条理だ。


「うー……」


 もう一度寝返りを打って隣のベッドを見やる。誰もいないベッド。使われていないベッド。でも数週間すれば主が帰ってくる。綺麗に整えられた枕やシーツを見る限り、清楚で作法がなっていて、女の子らしさ満点なお嬢様なんだろうな、と想像した。


 という事は、主が、千歳さんとやらが帰ってきたら、あたしはもうここでは寝れない? 一緒に寝れない? この爽快で幸せな目覚めは二度と味わえない?


「だよねぇ……」


 そう思うと急に現実が残酷な気がして、せっかくの心地よいベッドも調理される前のまな板にさえ感じてきてしまった。あたしの居場所を見つけたというのに、そんな傲慢な思いさえ湧いてくる。


 うだうだごろごろと余計な事ばかり考えて横たわっているうちにカーテンの向こうに眩しさを感じた。陽が高くなってきた。デスクの時計を見ればまだ六時。


 爆睡していたから長時間寝ていた気がしていたけど、毎朝早朝にシャワーを浴びる茉莉花は同じ時間に目覚めてしまったのだろう。つられてあたしも目覚めてしまったのかもしれない。


 隙間からこぼれる日差しが眩しい。しっかりと締め直して来ようか、そうも思ったけど、カーテンに手を伸ばすのもおっくうでもぞもぞと頭まで布団をずり上げた。


 茉莉花の匂い。腕の中にいる時とはまた違う匂いがする。甘ったるい香水のそれではなく、どこか懐かしい匂いのような……。


 安心してしまったのか、潜り込んだままうとうとしているとガチャッという扉の開く音がした。でも心地よくてもう少しだけこのままでいたい、そう思っていると……。


「たっだいまーぁ!」


「きゃっ!」


 布団の上からガバッと覆い被られ、思わず悲鳴を上げた。人がせっかく浸っていたのに……あたしのまったりモードはプチンという音と共に終わりを告げた。


「びっくりしたじゃないっ、このバカ」


 勢いよく起き上がって布団ごと跳ね除けると、茉莉花は「きゃっ」と言いながら吹っ飛んでいった。


 あれ? この展開って……。


「茉莉花? 同じ手を使ってくるとはいい度胸してるわね。また再現して欲しいの? ドエムなの? バカなの?」


「イタタ……もうっ、酷いじゃない、茉莉花ちゃぁーん」


 篭もった布団の中からは聞き慣れない声がした。あの時のトラウマが脳裏を過ぎる。いや、でも、この甲高い声からすると確実に女の子ではある。だけど、あの低い茉莉花の声からは出せるとも思えない。


 え、じゃ、じゃあこれは……。


 蠢く物体と化した布団を恐る恐る捲ると……。


「へ?」


「え?」


 そこにいたのは……。


 あたしが突き飛ばしたままへたり込んで座っていた中身の人、それは長い癖毛を三つ編みでまとめ、色香漂う漆黒のホルダーネックワンピースを着た娘だった。レモン型の大きな釣り目を更に見開いて呆然としている。


「だ、誰っ?」


「そ、そっちこそ誰っ? え、何? ここ二一八号室だよね? え、え? え、あ、もしかして茉莉花ちゃんのファンの子?」


「ち、違うけど……いや、えっと、二一八ではあるけど……そ、そっちこそ……」


 お互いにパニックだった。パジャマこそ着ているものの、茉莉花のベッドで寝ているくせに誰だと問い質している時点で、あたしは昼ドラで言うところの愛人ポジション。そこへ新たな女が現れて『あたしこそ恋人よ』『いいえ、あたしよ』なんてやり取りが始まるんだろうかと、一瞬にして妄想が爆走した。


 だって、口にしているのは同一人物の名前。


 待て待て、あいつなら『部屋においでよ、仔猫ちゃん』とかなんとか誘いそうな気もするけど、土日は契約上あたしと一緒なんだし、なにより今は自主規制中の身。じゃ、じゃあストーカー? 熱狂的信者?


 パチくりしながら見つめ合う事数十秒。ベッドの下で転がっているその娘がやっと口を開こうとした瞬間、再びガチャリという音がして、二人同時に振り返った。


「ただいまー。あれ、汐音ってば起きてたの? 見て見てー、自販機にネーブルサイダーっていう新しいのが入ってたから買って来……」


 タオルで髪をわしゃわしゃしながらご機嫌で帰宅する渦中の娘、その名も獅子倉茉莉花。だけどそのご機嫌は、ベッドの上から目配せで『なんなの、この娘』と睨みつけるあたしの尋問によって一気に急降下していった。



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