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勇者の孫の旅先チート 〜最強の船に乗って商売したら千の伝説ができました〜  作者: 長野文三郎


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月下の幽霊船

 その夜は島長の家に泊めてもらい、翌日の昼から僕は生贄となる準備を始めた。


「まずは何をすればいいのですか?」

「初めに、沐浴もくよくをしていただきます」


 沐浴とは水で体を清めることだそうだ。

一人静かに中庭の井戸で水を被ればいいらしい。


「誰かが覗かないよう、私が護衛に就こう」


 シエラさんは何を言っているんだろう?


「覗く人なんていませんよ」

「レニー君は世間を知らなすぎなのだ。不埒な輩はどこにでもいるものだぞ」

「別に見られても平気ですが……」

「え?」

「下着はつけたままで水を浴びればいいんでしょう? だったら別に。パル村にいたときはみんなと川で泳いでいましたし」


 男はみんなパンツ一つで泳いでいたものだ。


「村民になりたい……」

「え?」

「なんでもないっ! とにかく、沐浴をすませたまえ。私が周囲を見張っているから」


 水浴びをするときは武器を身につけられないから心配しているのかな? 

形見のナイフはオリハルコン製だから塩水に浸けたって錆びることはないのに。

収納ケースが革製だから外すことにはするけどね。


 沐浴がすむと、今度は生贄用の真っ白な着物を着せられた。

表面につやがあり、滑らかな肌触りをしている絹製だった。

服に模様などは一切描かれていないのだけど、帯は真っ赤で金と銀の組みひもを一緒に腰へ巻くから、全体としてはかなり派手だ。

生贄が逃げてもすぐに見つけられるようになのかもと邪推してみる。


 一人で着るのは難しくて、島長の家の女中さんが着つけを手伝ってくれた。

裾が床に擦るほど長いから、いざというときは動きづらそうだ。

戦闘になった時の蹴り技は諦めた方がいいかもしれない。

本当はどれくらい脚が開くか試してみたかったけど、もう一度女中さんに着付けをさせるのも申し訳なくてやらないでおいた。


「それでは白粉おしろいを塗っていきますよ。少し目を閉じていてください」


 着付けが終わると次はお化粧だ。

真っ白な液状のペーストを刷毛で顔に塗られていく。

そうやって土台が整うと筆で眉毛やまつ毛を描かれ、最後は唇に紅を入れられた。


 僕としては女の子の服を着ればいいくらいに思っていたので、ここまでしなければならないとは予想外だ。

最後に黒髪ロングのかつらをかぶり、僕の変装は完了した。


 う~ん、お化粧一つで印象ってずいぶん変わるものなんだな。

鏡の中の自分は別人のようにも見える。

ここまで完璧に化ければ魔族も僕が身代わりとは気づかないだろう。

お姉さんたちにも出来栄えを確認してもらおうと、僕は皆が待つ居間へと戻った。


 僕が部屋へ入っていくとシエラさんとルネルナさんは腰を浮かせておどろいていた。


「ファンロー風のレニー……、東の国のお姫様みたい。ほら、私にお顔をよく見せて」


 え~、それは誉め言葉なのだろうか? 

ルネルナさんに手招かれてそばによった。


「本当に可愛いわ。真っ直ぐな黒髪も似合うのね」


 ルネルナさんが嬉しそうに僕のかつらを撫でている。


「わ、私は姫に忠誠を誓うぞ!」


 いつものようにシエラさんがジョークを飛ばして笑わせてくれた。

僕もそれに話を合わせておく。


「騎士よ、わらわの剣を受けてくれるか?」

「もちろん。この身と心を貴方に捧げます」

「ではこれを」


 僕は形見のナイフを取り出した。


「なんてね。これはシエラさんが持っていてください」

「レニー君、それはカガミ・コウスケ殿の形見の品では……?」

「生贄なのに武器は持っていけないでしょう? 大事なものだから信頼できる人に預かっていてほしいのです」


 魔族は人間を舐めきっていて、身体検査などはろくにしないそうだが、念には念を入れておくつもりだ。


「そんな大切なものを私に……」

 シエラさんは強く頷いてナイフを懐に収めた。


 夜の闇が訪れる前に、浜辺の岩場へと連れてこられた。

ここで差し出される家畜たちと一緒に魔族の到着を待つのだ。

僕らの周りには木綿の反物たんものや食料、酒の入った大甕おおがめなども置かれている。月に一回これだけのものを差し出すとなると、島の経済的負担も大きいだろう。


「カガミ様、どうぞお気をつけて……」


 島長は申し訳なさそうに頭を下げる。


「大丈夫ですよ。吉報を待っていてください」


 荷物を運んできた島民たちが去ってしまうと、辺りはしんと静まり返った。

空には少しだけかけた月が白い光を海に落としている。

満月も好きだけど、完全じゃない今夜のような月も綺麗だな、そんなことを考えながら僕は魔族たちがやってくるのを待っていた。


 ここからは見えないけど、シエラさんもセイリュウに乗って離れた場所で待機しているはずだ。

僕が魔族の船に乗ったら、距離をおいて追跡する手はずになっている。

セイリュウの活動限界は50分できてしまうけど、今日は魔石のリザーブタンクを取り付けてある。


 これは海底遺跡の調査をしたとき、セイリュウの活動時間を延ばすためにフィオナさんが開発したオプションパーツだ。

水中で魔石を自動供給する装置で、これがあれば2時間以上の駆動が可能になる。


 そのかわり、動きはだいぶ制限されてしまうので戦闘には向かない。

もっとも、いざ戦闘となれば切り離しは可能だから問題はないだろう。

面倒なのは水中での再装着ができないことで、そこが今後の課題となっている。


 僕が連れ去られたらシエラさんは5㎞ほどの間隔をとって追跡をする予定だ。

水中の魔物は敏感なものも多いけど、さすがにそれだけの距離を取っていれば気づかれることはないだろう。

それに対してセイリュウの方は各種のセンサーが備わっているから見失う心配はない。

魔物の島を特定できたら僕とシエラさんの二人で反撃を開始する予定だった。



 上弦の月が夜空に高く上がったころ、沖の方におぼろな光が見えた。

魔物の船は侘しい光を漏らしながら真っ直ぐに島へ近づいてくる。

その様はおとぎ話に出てくる幽霊船だ。

ぼろぼろの船体は損傷がひどく、今にも沈んでしまいそうに見える。

帆はあちらこちらが破けていて役には立っていいなさそうだ。

きっと海中の魔物が船を引っ張っているのだろう。


 魔族は船の整備などしないらしい。

あれもきっと人間から取り上げた船をそのまま使っているのだろう。

そして、使えなくなったら新しい船を奪う気でいるのだ。

そう考えたら腹が立った。


 やがて船が接岸されると魔物の一群を率いた魔族が僕のところまでやってきた。

魔族はウツボみたいな顔をしている。


「お前が今回の供物くもつか?」

「……」


 全然怖くはなかったけど、恐怖で喋れないふりをしておいた。

女の子の声真似をするのも難しそうだからね。

僕が男だとばれてしまっては元も子もない。


「ぐふふ、震えて口もきけないか。なかなかうまそうなメスじゃないか」


 魔族がニッと笑うと細かくて鋭い歯がたくさん見えた。

あまりの口臭に着物のたもとで鼻を覆う。

すると魔族は嬉しそうに笑い出した。

どうやら僕が怯えていると勘違いしたようだ。


「ふん、残念ながらお前は食わん。ガドンマ様の側女そばめになる予定だからな。だが命令に背いたり、逃げ出そうとしたりしたら生きたままかじってやるから、そう思え。頭からかじってもらえるだなんて思うなよ。つま先や手の指から食って、痛みという痛みをすべて味わわせてやるからな!」


 ここは僕は素直に頷いておく。

そして疑われることもなく、荷物や家畜と一緒にぼろぼろの幽霊船に乗り込むことができた。


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