東の孤島
コンスタンティプルとルギアでイカルガのお披露目をすませた僕たちが次に向かったのは、遙か8000キロかなたのファンロー帝国だった。
今回の旅は僕、ルネルナさん、シエラさん、カイ隊長の四人だけで赴くことになる。
使用するのは全天候型ヘリのイワクス2。
少人数で行くのは定員が少ないことが大きな理由だ。
ファンローの事情に詳しいのでカイ隊長にもついてきてもらうことにした。
高級軍人だけあって宮廷にも自由に出入りできるし、地理や権力者についても詳しい。
僕らにとって頼もしい味方になってくれるだろう。
イワクス2を起動させて最後のチェックをしているとミーナさんが大きな籠を運んできた。
「はい、お弁当とおやつ。本当に忘れ物はない? 食料はちゃんと積んだ?」
ミーナさんは心配そうに積み荷に目をやっている。
「大丈夫ですよ。装甲兵員輸送船に魔石も食料も積み込んであります。物資が欲しいときはそれを召喚すればいいんですから。それに現地調達ができるかもしれません」
地方なら魔石の値段が安いかもしれないという淡い期待もある。
どこでも買い取りができるように、数か国の通貨や金、宝石も用意してある。
医薬品や取引に使えそうなアイテムも積み込んだ。
忘れ物はないはずだ。
いよいよ出発の時刻となり留守番をしてくれるお姉さんたちが見送りに来てくれた。
「それでは行ってきます!」
「気をつけてな」
アルシオ陛下が意を決したように優しくハグしてくれる。
それを真似てかミーナさんやフィオナさんも同じように抱きしめてくれた。
そして――
「シエラさん」
「なんだ?」
「シエラさんは一緒に行くのに、どうして僕をハグしてくれるんですか?」
「そ、それは、みんながしているので、つい……」
しかも、かなり強めに抱きつかれているんですが……。
とにもかくにも僕らはファンロー帝国に向けて出発した。
イワクス2のコックピットでは二つの席が並んで設置してある。
右側が機長席で反対が副機長の席だ。
それぞれの席の前にはほぼ同じ計器がならんでいて、二つの操縦桿は連動している。
これのおかげで機体を着陸させることなく、僕らは順番に休憩をとることができるのだ。
巡航速度を時速235㎞くらいに保ちつつ、僕らは北西へと進路を取った。
「こうしてみると海図に載っていない島がたくさんありますね」
高度3000mから見ると、ぺったりとして見える海の上には無数の島が点在している。
中には集落や港なども確認できることから国交のない国や部族なんかもたくさんあるようだ。
目視と『地理情報』で確認しながら海図にメモを書き加えていく。
こうやって更新していけばより役に立つ地図になるだろう。
「この辺りは航路からも外れており、詳しい状況は各国もつかめていないのだよ。魔物の襲撃を考えれば、どの国も調査船を出す余裕がないからね」
僕の横で操縦桿を握りしめるシエラさんが教えてくれる。
「なるほど。そう聞くとますます冒険航海に出たくなってしまいますね。あそこにはどんな文化が息づいているんだろう?」
旅行記を書いて記録しておきたい気持ちになってしまうな。
「それはそうと、シエラさん。そろそろ操縦をかわった方がいいのではありませんか? もう二時間が経っていますよ」
「そんなにか?」
今日はもう4時間は飛んでいる。
そろそろ着陸して休憩と魔石の補給をするべきだろう。
お昼が近いので僕らの補給もしなくちゃね。
ミーナさんが作ってくれたお弁当は何かな?
「右前方の大き目の島に着陸しませんか? 湾の中に着陸できそうな場所があります。あそこでお昼ご飯にしましょう」
「了解した」
シエラさんはイワクスを大きく旋回させ、眼下に見える島への着陸態勢に入った。
イワクスが着陸する前から僕は周囲に潜んだ人々の気配を感じ取っていた。
「そちらの草陰と、向こうの樹の陰に人々が潜んでいます。現地の人のようですから刺激しないようにしましょう」
みんなにはむやみに武器を抜かないように注意してからイワクスのドアを開けた。
「こんにちは!」
元気よく挨拶しながら島に降り立つ。
だけど、隠れている人たちの反応はない。
言葉の意味が分からなかったかな?
「こんにちは!」
今度はファンロー語で呼びかけたがやっぱり反応はなかった。
「どうする、レニー君? このまま補給と食事だけして飛び立つというのも手だぞ」
「そうですねぇ……」
現地人を怖がらせてしまっているのなら申し訳ない。
なんとかお詫びを言いたいのだけど、相手が話しかけてくれないと何語を話していいかすらわからないのだ。
害意はないようなのでこのままやり過ごすというのも手なんだけど、どうせなら異文化交流をしてみたかった。
「この場所をお借りして、ご飯を食べさせてもらいますね」
僕は姿を見せない人々に別の言語で話しかけてから、ミーナさんが持たせてくれたバスケットを引っ張り出した。
すると、一人の老人が木陰から姿を現し、僕らの方へと歩いてくるではないか。
老人は長い髪の毛に長いひげをたくわえていた。
ひげも髪も真っ白だ。
着ているものは丈が長く、前で合わせて上から帯でとめてあった。
どちらかといえばファンロー帝国の服装に近いのだが、それともまた違う気がする。
垂れた眉毛は両端が下がっていて、本当に困ったような表情を浮かべていた。
「約束の日は明日のはずではありませんか? それに、海からではなく空からやってくるとは、貴方はいつもの魔族とは別の方のようですが……」
老人は僕が初めて聞く言葉で話しかけてきた。
もっとも、『言語理解』のおかげで意味はよくわかる。
「魔族とはどういうことですか? 僕らは人間ですよ」
「人間? いや、人間は空を飛べないでしょう?」
それはそうだろうが、見た目からして人間だと思うのだけど……。
やっぱり服装や顔つきが違うからかな?
ここの人たちは服装だけじゃなくて人種的にもファンローの人に近いようだ。
人種の違いで僕を魔族扱い?
「これは空を飛ぶための魔道具ですよ。僕たちはそれに乗ってきたただの人間です」
「ということは……あなたは偉い呪い師様!?」
「そういうわけでは……」
否定しようと思ったのだけどもう遅かった。
老人が大きな声を出したせいで木陰や林の中から人が溢れ出してくるではないか。
「本当に偉い呪い師様なのか?」
「見ていただろう、空からやってきたんだぞ!」
「きっと太陽神の御使いに違いない!!」
なんだか厄介なことになってきた気がする。
先ほどの老人にはっきりと言わなければ。
「僕は呪い師ではありません。普通の……普通ではないか。ちょっと特殊な船長です」
「船長?」
「そうです。船を呼び出したり動かしたりするのが仕事です」
「やっぱり呪い師様!!」
え~、逆効果?
たしかに、召喚ができる船長は僕以外には見たことないけど……
「あれも、船なのですか?」
老人が指さす先にはイワクスの機体が輝いている。
「あれは艦載機といいまして、その……船に搭載された航空機のことで」
うまく説明できない。
「あれは天の御船に違いない。やっぱり偉い呪い師様なんだ!」
別のところから新たな声が上がる。
それにつられて島の人々がさらにどよめきだした。
う~ん、否定するのが面倒になってきた。
「ま、まあ、特殊な船長です」
どうせすぐに立ち去るのだから多少の誤解があってもいいか……。
「カガミ伯爵、大丈夫なのですか?」
カイ隊長が手をピクピクさせながら僕をかばおうとしてくる。
きっと腰の剣に手を伸ばしたいのだろう。
「大丈夫ですよ隊長。この島の人たちは僕らが空から現れて驚いているだけです。どうやら高位の呪い師……たぶん魔導士のことです。それと間違えているようですね」
「さようですか。それならあながち間違っていませんな」
え? カイ隊長の認識では、僕は魔導士なの?
僕は船長なのに……。
いろいろと騒ぎが起こる前にご飯と補給をすませて立ち去った方がよさそうだな。
「呪い師様!! どうかこの子をお救いください。このままではこの子は魔物の餌食になります!!」
群衆の間を縫って一人の女の人が僕の前に進み出てきた。そして体を投げ出すように僕の前にひれ伏す。すぐ横には僕と同じくらいの年齢の女の子を連れていた。
「どういうことですか?」
「明日は十三夜。生贄をささげなければならない日なのです!」
生贄って、この女の子がそうなのか?
女の子は青白い顔をして探るような目つきで僕を見ている。
「どうか、どうかお願いいたします! この子を魔族の手からお救いください!!」
さっさと出発した方がいいと思ったけど、どうやらそうもいかなさそうだ。
僕はお母さんの手を取って体を起こしてあげた。
「お話を聞かせてください。僕にできることならお手伝いしましょう」
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
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