海底遺跡
おぼろげな記憶を手繰り寄せ、僕らはオリハルコンの盾を見つけた海域へやってきた。
ぷかぷか揺れる装甲兵員輸送船の上で僕、ミーナさん、フィオナさん、シエラさんの四人は波を見つめる。
「確かこの辺だと思うんですけど……」
『地理情報』で得られる地形になんとなく見覚えがある。
腐った絨毯を積んだあの船を見つけられれば、だいたいの方角はわかるはずだ。
「この近辺にある沈没船は三つです。きっとどれかが前回サルベージをした船でしょう。潜ってみればわかると思います」
「よしっ、気合を入れて潜ってこい!」
いつになくフィオナさんが熱い。
新たなオリハルコンの発見もさることながら、古代文明の魔道具が発掘できるかもしれないと息巻いているのだ。
「いくらなんでも、そんな大昔の魔道具が使えるとは思えませんよ。ましてや海底に沈んでいる遺跡ですから」
「言うな! わかってる。わかってるんだ。だけどさ、もしかしたらってこともあるだろう? 古代文明の魔法術式なんかがレリーフとして残っている、なんてことだってあるかもしれないんだから」
「あったとしても読める人はいないじゃないですか」
古代文明の石板なんかは結構発掘されるけど、それを読める人は世界中に誰もいないという話だ。
偉い学者たちが一生懸命解読しているそうだが、未だに手掛かりも掴めていないらしい。
「期待しすぎないようにお願いしますよ」
「わかっている。とにかく死ぬ気で探してきてくれ。疲れたらすぐにアタシが交代するからなっ!」
フィオナさんは僕の肩を両手で掴んで叫んだ。
顔が近いです……。
本当にわかっているのだろうか?
期待に満ち満ちた目をしているけど、魔道具師にとって古代文明の技術はそれくらい夢中になってしまうものなのだろう。
そりゃあ僕だってチラッと期待くらいはしているけどね。
装甲輸送船の後部ハッチを開いてセイリュウを発進させた。
海の中を進んでいくとすぐに沈没船がサーチライトに浮かび上がった。
ついているぞ、あの船の形に見覚えがある。
やっぱりだ!
荷室へ潜り込むために僕がクローで開けた船体の穴がある。
ということは、盾を拾ったのはあちらの方角だな。
『地理情報』に意識を集中しながら盾のあった方向に進んでいく。
大量の土砂なんかが積もっていたらわからないとは思うけど、大きな人工物があれば気づけるはずだ。
あれ?
海底に盛り上がった部分があるんだけど、よく見ると端の方にやけに角ばった部分があるぞ。
まるで積み木を土で埋めてしまったんだけど、角がすこしだけはみ出しているみたいだ。
ひょっとしたらあそこが古代遺跡の跡か⁉
期待を胸にセイリュウの速度を上げた。
「こちらレニーです。やけに四角い石を発見しました。どう見ても人間の手によるものだとしか思えないのですが」
すぐにフィオナさんが反応してきた。
興奮した顔が目に浮かぶようだ。
(なんだと! きっとそれが遺跡だ。入口がどこにあるかわかるか?)
「全体の9割が土砂で埋まっているんですよ。見えているのは一部分だけなんです。もしこれが遺跡なら、これは屋根の一部かもしれませんね」
(とにかくよく調べてくれ)
「了解です。おっ、これも人工物じゃないのかな?」
(何を見つけた、レニー!?)
「石板らしきものが落ちてます。貝が付いていてよくわからないけど、たぶん古代文字が書いてあるんじゃないですか?」
(きっと古代魔法言語に違いない! 重力魔法復活の時は今!!)
違うような気がするなぁ。
汚くて判別は不能だけど、20文字以内の短い言葉だよ。
(レニー、破壊しないよう、慎重に運び上げるんだぞ)
「了解です」
魔法術式でないとしても歴史資料的な価値はあるだろうから、慎重に運ぶとしよう。
クローで傷をつけないよう細心の注意を払いながら、マニピュレーターも使って石板を持ち上げた。
セイリュウで石板を運んだ僕らは落ち着けそうな海岸に移動した。
「汚い石板だな。よし、これはあたしが綺麗にするから、レニーは引き続き海底調査な!」
今日のフィオナさんは鬼だ。苦労して重たい石板を運んできたと言うのに……。
「馬鹿を言うな、次の調査は私が変わる。レニー君は少し休むといい」
シエラさん、優しい!
なんだかんだでお師匠様は僕に甘いんだよね。
「ふふっ、腕が鳴る。カブリティスでも現れてくれればいいがな」
もしかしてセイリュウで戦いたいだけ!?
「シエラさん、戦闘になっても遺跡のそばはなるべく避けてくださいね」
「もちろんだ、今日はマジックミサイルを試すんだからね!」
本当に心配になってきたけど出撃しちゃダメとは言えない。
調査はシエラさんに任せて、僕は装甲輸送船の通信機でサポート、フィオナさんとミーナさんは石板の洗浄をすることになった。
(こちらシエラ、レニー君が言っていた人工物を確認した。周囲に敵影はないな……)
「索敵が終わり次第、調査をお願いします」
(了解した。積もった土砂を少し取り除いてみるよ。何か出てくるかもしれないからね。入り口とか、敵とか)
「泥の中から魔物が出てきても反射的にマジックミサイルを撃ったらダメですからね!」
(わかっている。その場合はカウンターでクローを叩き込んでやるさ!)
違う!
「それが効果的ということは僕も理解していますが、今回はその場所から緊急離脱してもらわないと困ります」
(そ、そうだった)
「本当にお願いしますよ……」
(う、うむ。大丈夫だ)
心配は尽きないけどシエラさんは元来が優秀な人だ。
きっとマジックミサイルのトリガーの誘惑に勝てると信じるしかない。
僕は自分の師匠の生真面目な部分に賭けることにした。
「敵襲!」
スピーカーから聞こえてきたシエラさんの声に自分の耳を疑ってしまう。
魔導レーダーにも『地理情報』にもなんの反応もなかったはずだ。
この前のクラーケンみたいに泥の中に隠れていたんだな。
「シエラさん遺跡から離れて!」
「わかってはいるが……こいつの動きが……」
海中での戦闘は難しいのだ。
こうなったら仕方がない、シエラさんの好きに戦ってもらおう。
「シエラさん、もういいから反撃してください!」
「だが……遺跡が……くっ!」
「どんなに古い遺跡だって、僕にとってはシエラさんの方が大切です!!」
「…………」
「シエラさん? シエラさん応答してください! シエラさん!!」
まさか、魔物の攻撃が当たって……。
「あーはっはっはっはっ!!」
シエラさん?
「我が道に敵無し! 是、無敵と言うなるなり!!!!!! 海斬爪烈滅撃!!」
戦いの中で必殺技をひらめいた!?
「シエラ……さん?」
応答は……。
「レニー君、あいし、ゲフンゲフン。クラゲの化け物を殲滅したよ」
「よかった、無事なんですね?」
「私は大丈夫だ。ただ、遺跡の方はどうなっているかわからない。今は戦闘のせいで視界がものすごく悪くなっているんだ。すまん、ひょっとしたら傷をつけてしまったかもしれない」
「それはいいですから、一度戻ってきてください。どうせ今の状態では作業できないでしょう?」
「……怒ってないか?」
「そんなわけないじゃないですか。飲み物を用意しておきますから、早く戻ってきてくださいね」
「うん」
シエラさんが無事でよかった。
いったん落ち着いたら今度は僕が潜ってみよう。
『地理情報』で戦闘を観察していたけど、魔物は遺跡の中から出てきたような気がするんだよね。
どうやら土砂が堆積していた場所に潜んでいたようだ。
だとしたら、もう屋根は崩れているのかもしれない。
なんとかそこから入る方法がないか探ってみるとしよう。




