サルベージ
僕らは高速輸送客船でダークネルス海峡へと来ていた。
今日はミーナさん、シエラさん、ルネルナさんの三人が一緒だ。
『気象予測』を使って晴れの日を選んでやってきただけあって、明るい日差しが海を照らしている。
まさに絶好のサルベージ日和だった。
「レーダーで確認したけど、周囲に魔物の気配はないわ。これならお宝が取り放題ね!」
ルネルナさんは朝からウキウキしっぱなしだ。
「僕の『地理情報』にも魔物の反応はありません」
「私としてはセイリュウの戦闘力も試してみたかったのだが、魔物がいなければ仕方がないか」
シエラさんも相変わらずだ。
「今日は沈没船からお宝を引き上げる作業に集中しましょう。もちろん魔物が現れれば、これを撃退します」
「了解だ。私もそのつもりでセイリュウに乗るよ」
でも、ここの魔物もすっかり数が減ったなあ。
かつては魔の海峡として恐れられていたけど、今では他所より安全な海になってしまった感さえある。
ダークネルスに来る前にベッパー近海で操縦テストもしてきたから、今日は誰がセイリュウに乗っても問題はないだろう。
ただテストの時も魔物との遭遇はなく、セイリュウの戦闘力は未知数のままだ。
シエラさんほどじゃないけど、僕としてもセイリュウの能力は確かめておきたいというのが本音かな。
次はロックナ本土近海まで行って、秘密裏に戦闘テストをしてみるのもいいかもしれない。
セイリュウのシールドは水深1200mまで耐えられる仕様だ。
もっとも、魔の海峡の水深は最大でも107m、平均でも55mくらいなので、どこでも活動できるはずである。
沈没船は無数にあるので、僕らは片っ端から手を付けていくことにした。
「水中型魔導モービル、セイリュウ起動。残存魔力量100%。駆動可能時間45分。各種計器類異常なし。これより海中に入ります」
甲板の上で確認してから海へと飛び込んだ。
陸上ではゲンブと比べて動きが緩慢に感じるセイリュウも海に入ってしまえば水を得た魚だ。
シールドのおかげで水にぬれることもない。
僕はマーメイドになった気分で水をかき分けて、すぐに目的の沈没船へと達した。
水深60mでは太陽の光がほとんど届かないけど、セイリュウの肩から伸びる二本のサーチライトが周囲を明るく照らし出している。
「ふわああ、面白い魚がいっぱいいますよ!」
初めて見る光景に思わず声を上げると、すぐにミーナさんが反応した。
「どんなのがいるの? 食べられそうなのがいたら捕ってきてくれないかな?」
「いやいや、今日はお宝を引き上げるのが先だろう? 魚はまた今度にしよう」
シエラさんの呆れ声も聞こえてきたぞ。
「そうですね。今は沈没船に集中します。浅い所にいたアワビとかロブスターとかは後で捕まえましょう」
「アワビにロブスターですって!? 絶対だからね。いえ、後で私が自分の手で捕まえに行くわ!」
つくづくミーナさんらしい態度に思わず笑いが零れてしまった。
お宝というのは大抵船長室にあるものだと思う。
もちろん積み荷にも貴重品はあるだろうけど、金貨や宝石類といった貴重品は船長室にしまわれているものだ。
僕は横向きに倒れている船の側面から後部の船長室へと向かった。
沈没船にはびっしりと海藻が生えていて小魚たちの住処になっているようだ。
後部デッキのドアは歪んで開きにくかったけど、セイリュウのクローを使えば簡単に取り払うことができた。
狭い通路を横になって泳ぎながら進んでいくとすぐに船長室は見つかった。
ひょっとしてガイコツとかがあるのかな?
ちょっとだけドキドキしたけど、そういったものはなく、全体的に汚れた船室に色鮮やかな魚が泳いでいるだけだった。
僕はさっそく部屋の中を探索し、すぐに備え付けの金庫を見つけることができた。
本当は海上へ引き上げてから扉を壊さなければならないのだけど、セイリュウには鉄をも切り裂くクローがついている。
中身を壊さないよう慎重に、扉の部分だけを取り外した。
「おお! 赤い宝石がありますよ。なんだろうな、これ? ガーネット……それともルビーかな?」
「すぐに鑑定するから慎重に持ってきなさい。間違っても傷をつけないようにね。それだけで価値が下がってしまうから」
ルネルナさんが細かい指示を出してくる。
「了解です」
僕は用意してきた網状の袋にお宝を大事に詰めていく。
宝石だけでなく金貨や銀貨の入った小さな手提げ金庫も見つかった。
これだけで百万ジェニーくらいにはなりそうだ。
「価値のありそうなものはあらかた回収できましたよ」
「了解。まだ時間は20分以上あるから、念のために積み荷の確認もしてほしいんだけど、大丈夫?」
かなり古そうな沈没船だけど、まともな積み荷が残っているかな?
陶器や銀食器ならアンティーク的な価値が付くのかもしれない。
ルネルナさんもそこら辺を狙っているんだな。
モニターの魔力残量は十分すぎるくらいに残っている。
「問題ありませんよ。荷室の方へ移動します」
僕は船長室を後にして荷室の方へ回ってみた。
ちょうど船体に大きな穴が開いていたのでそこから内部へ侵入を試みる。
おそらく魔物に襲われたときにできた痕跡だろう。
「どう、レニー。何か見つかった?」
「木箱がたくさんありますね。中身は何かな?」
セイリュウは作業用のマニピュレーターというものを備えている。
これは人間と同じく五本の指が付いた精巧な機械の手だ。
クローだと細かい作業は無理なので、今回はこれを使って慎重に開封した。
「中身は酒瓶ですね。これはワインかな? ラベルは海水に浸かっていて判別が難しいな……。おっ、木箱に焼き印があるぞ。え~と、ヴー……、ヴーヴグリコって読むのかな?」
「ヴーヴグリコですって!」
「どうしたんですか、ミーナさん?」
「レニー君、それは有名な発泡ワインよ。いつ作られたものかわからないかな? 多分木箱に記載があると思うんだけど」
「え~と、うわっ、180年も前の物みたいですよ。これじゃあカビてしまって、売り物にはならないかもしれませんね」
「いえ、それはわからないわ。一応引き上げて見て」
料理人としては古いお酒も気になるのかな?
180年も前なんて、とても飲めるとは思えないんだけどね。
「了解です。それじゃあゆっくりと上げていきますね」
魔導アシスト外骨格のおかげでセイリュウもパワフルだ。
とりあえず二つの木箱を小脇に抱え、僕は海上へ戻った。
「お疲れ様、レニー君」
甲板で三人のお姉さんが僕を労ってくれた。
「それどれ、さっそく宝石を鑑定しようじゃない」
ルネルナさんが嬉々として荷物を開いている。
「あらっ、これはやっぱりルビーじゃない。悪くない大きさだわ」
ガーネットよりもルビーの方が価値は高いらしく、ルネルナさんは嬉しそうに詳細を調べている。
その間にもミーナさんは酒瓶の方を調べていた。
「うん、やっぱり間違いないわ。これはヴーヴグリコね。昔の瓶はこんな形をしていたんだ……」
ミーナさんは感慨深そうに発泡ワインの瓶を眺めていたけど、かわいらしく手を合わせてお願いしてきた。
「レニー君、これを一本開けてもいいかな? 中身を確かめたいの」
「そうですね。売り物にするにしろ自家消費するにしろ、きちんと確かめなくてはダメですよね。さっそく一本開けてみますか?」
「ありがとう! じゃあ用意してくるわ。手伝ってセーラー1」
「ピポッ!」
なんか、セーラー1はすっかりミーナさんのしもべみたいになっているな。
本来は感情のないはずのゴーレムなんだけど、ミーナさんの命令だと嬉しそうに従っているような気さえする。
気のせいだろうか?
ミーナさんは瓶を隅々まで洗浄してから、栓を抜いた。
シュポンッ!
小気味の良い音を立ててコルクの栓が空中へと躍り出た。
それと同時に瓶の中の炭酸ガスが180年の時を経て空中に放たれる。
……黴臭くない!
むしろこれは芳香なんじゃないかな?
ミーナさんはグラスを四つ用意してくれていた。
そう、僕も少しだけ舐めさせてもらうんだ。
シュワシュワと細かい泡を立てながら、黄金色の発泡ワインが注がれていく。
「それじゃあ、飲んでみましょう」
ちょっとだけ緊張しながら、僕らは少しずつグラスを傾けた……。
「美味しい!」
お姉さんたちは口々に発泡ワインを褒め称えている。
僕もこれは美味しいと思った。
「でも、なんで180年も前の発泡ワインがこんなにいい状態で保存されていたんでしょう?」
僕の疑問にはミーナさんが答えてくれた。
「発泡ワインの保存には適切な湿度と温度、そして暗闇であることが欠かせないのよ。おそらく偶然にも海中でその条件が重なったんだと思うわ」
「なるほど、つまりこれは奇跡の発泡ワインということですね」
僕がそういうとルネルナさんがいきなりハグしてきた。
「上手いことを言うじゃない、レニー。それ、使えるかもしれないわ」
もう酔っているのですか?
「どういうことだ、ルネルナ?」
ルネルナさんを引きはがしながらシエラさんが質問する。
「つまり、カガミゼネラルカンパニーで『奇跡の発泡ワイン』をオークションにかけるのよ。きっと金持ちたちがたくさん集まってくるわ」
なるほど、そういう発想はなかったな。
「いい考えだと思います。でも、少しは残しておいてくださいね」
「どうして?」
「ほら、ファンロー帝国のときみたいに、これからも世界中の王族と取引をするかもしれないじゃないですか。手土産にはちょうどいいと思うんですよね。それからシャングリラ号に訪れる特別なお客様にも出してあげたいじゃないですか」
「なるほど! 珍しいもの好きの心をくすぐりそうよね。さすがは私のレニーだわ!」
再びルネルナさんに抱きつかれて、今度はほっぺにキスまでされてしまった。
どうやら本当に酔っているらしい。
見れば、ルネルナさんのグラスは飲み干され、新しい発泡ワインがセーラー1の手で注がれていた。




