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勇者の孫の旅先チート 〜最強の船に乗って商売したら千の伝説ができました〜  作者: 長野文三郎


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解放の日は近く

 ダークネルス海峡の魔物を蹴散らしたシャングリラ号は、勢いもそのままにノワール海へと突入した。

ここからエディモン諸島へはおよそ500㎞、8時間ほどの道のりとなる。


「レニー君、舵を代わるから少し休んでおいた方がいい」


 自身も戦闘で疲れているというのにシエラさんが交代を申し出てくれた。

旅の間にシエラさん、ミーナさん、フィオナさんには交代で操船技術を磨いてもらっている。

波が穏やかで問題のない海域なら、高速輸送客船を任せてもいいくらいにはみんな操縦が上達していた。


「それじゃあ少しお願いします」


 舵を代わってもらって、僕は大きく伸びをする。


「それにしても、とんでもない破壊力だったな。フェニックス騎士団の騎士たちも船での戦いに慣れてきて、さらなる力をつけたようだ」

「ええ。戦闘を指揮するノキア団長の判断が的確になっています。全体的な地力が上がった感じがしますよね」

「うむ。今ならノワール海を平定できる勢いだぞ」


 シエラさんは戦闘の興奮がおさまっていないらしい。


「そうなればいいですよね。船が平和に航行できる海になれば……」


 体をリラックスさせて椅子に座ると、ふいに眠気が襲ってきた。

早朝から操船しっぱなしで、休むことなくここまで来たから、自分が思っていた以上に疲れていたようだ。

ミーナさんに頼んでコーヒーか紅茶を持ってきてもらわなきゃ……。


   ♢

「おやつを持ってきましたよー」


 ミーナが操舵室へ入ってくると、慌てた様子のシエラが唇に指を当てた。

そして傍らの椅子を指さす。

見れば、あどけない顔でレニーが眠りこけていた。


「疲れているのだろう。しばらく眠らせてやった方がいい」

「そうですね。可愛い寝顔しちゃって」


 操舵室は計器がたてるわずかな音しかなく静かだ。

ミーナは慈愛に満ちた笑顔でレニーを見つめる。

その後姿にシエラが遠慮がちに声をかけた。


「すまんが、ちょっとだけ舵を代わってくれんか?」

「ん~、構いませんけど、もう少し後で」


 ミーナは少しだけ意地悪そうな顔を作って対応する。


「レニー君の可愛い寝顔を堪能してから代わってあげます。戦闘のときは男らしい表情もするくせに、こ~んなあどけない表情もするのよねえ。ギャップがたまらないわ」

「早くしてくれ。じ、実は私もレニーの寝顔を見たくてたまらないのだ。さっきから気になって操縦に専念できん」

「ちゃんと進路を見ていてくださいよ。岩礁にぶつけたりしないように……」

「わ、わかっているから早くしてくれ。レニーが起きてしまう前に」

「はいはい――」


 そのとき、操舵室の扉が開き勢いよく開き、フィオナが室内へ飛び込んできた。


「おい、レニー! 喜べ、兵員輸送船の操縦をバッチリ覚えたぞ! 上陸のときはアタシに運転させろっ‼ ん、寝ているのか? おい、起きろお!」


 フィオナの大声にレニーの眠りは妨げられてしまう。


「んっ……。え? なんですか?」

「だから、貨物室で操縦の練習をしてたんだよ! 車輪走行はバッチリだ!」


 喜ぶフィオナとは対照的にシエラは怒りに震えていた。


「ミーナ、早く舵を代わってくれ。こいつを斬る!」

「ど、どうしよっかなぁ……」


 先ほどまでの静けさが嘘のように操舵室は賑やかになっていた。


   ♢

 フェニックス騎士団が駐留していた島に戻ると、以前にはなかった円形競技場のようなものができていた。

ちょっとした館くらいの大きさで、土を固めて作ってあるらしい。


「カガミ殿ぉ! 無事に戻られて何よりじゃ、ダハハハハッ!」


 出迎えてくれたのはポセイドン騎士団のナビスカさんだ。


「ただいま戻りました。ナビスカさん、あれは何ですか?」

「おおう、よく聞いてくれた。あれは捕まえた海馬を調教するための施設じゃ。儂が土魔法でこさえたものよ」


 見た目の豪放さに反してナビスカさんはとっても器用だ。

聞いた話では四大魔法のすべてを器用に使いこなすらしい。


「えっ? もしかしてもう海馬を捕まえたんですか?」

「ダハハハハッ! 運が良かったのじゃ。既に三頭確保できたぞい」


 ナビスカさんたちは、たまたま50頭もいる群れをみつけて、そこから3頭を捕まえたそうだ。


「今はあの中で人に慣れさせるところからはじめている。一緒にいて手の匂いを嗅がせたり、そばで並走して走ったりするのじゃ」

「人間が海馬に危害を加えないって教えているんですね」

「その通りじゃ。我々も野生の海馬の飼育など初めてだからな、古い文献に頼りながら手探りでやっておる状況よ」


 それでもナビスカさんは嬉しそうだ。

この人は海馬が大好きだからいきいきと取り組んでいるのだろう。


「そう言えばナビスカさん、大事なお話があります」

「あらたまってどうしたのだ? 海馬の輸送ならまだまだ先で構わないぞ。奴らが人間に慣れてくれんことには運ぶことも容易にはいかないじゃろうて」

「輸送のことではなくて、このたびロックナ王国の王位を継いだ、アルシオ・エールワルト陛下がおいでなのです」


 ポセイドン騎士団はフェニックス騎士団と盟約を結び、この地で野生の海馬を捕獲する暫定的な許可を得ている。

だけどエディモン諸島はロックナ王国の領土だから、正式にアルシオ陛下に謁見した方がいいと思ったのだ。


「さようであったか。実を言えば儂もロックナ王国の方々にお願いしたいことがあったのだ。これはちょうどいい機会と言えるな」

「お願いしたいことってなんですか?」

「無論、海馬のことよ。実際捕獲してみて分かったが、野生の海馬をホイホイと本国へ持ち帰るというわけにはいかんのじゃよ。本格的な調教は向こうでするとしても、ある程度は言うことを聞くように躾けなければならん。さもなければ船にも乗せられんからの」


 つまり、そのための施設設営と滞在をアルシオ様にお願いしたいということか。



 円形競技場に見えた建物は馬場だった。

特に何かがあるわけでもなく、外界が遮られただけの空間だ。

僕とナビスカさんは壁の上から中の様子を見降ろしていた。

この中で三頭の海馬がクレイリーさんやマチルダさんたちと一緒にいる。

見た感じではどちらにも緊張した様子はない。


「外界の情報を締め出して、人間だけに注意が向くようにしてあるのだ。ここで、少しずつ人に慣れさせる」

「クレイリーさんやマチルダさんのことは怖がっていないみたいですね」

「うむ! あれは天賦の才だな。我が子ながら大したものじゃわい、ダハハハハッ!」


 相変わらずの親バカ全開……。


「それで、ナビスカさんの願い出はアルシオ陛下に聞き届けられたのですか?」

「うむ、快く承知してくださった。その代わりといってはなんだが、この地に派遣されたポセイドン騎士団もロックナ王国解放への協力を求められた。まあ、当然と言えば当然だな。正式なことはアルシオ陛下の親書をポセイドン騎士団の団長に手渡してからになる」

「上手くいきますかね?」

「ポセイドン騎士団は喉から手が出るほどに海馬がほしいのだ。断るという選択肢はないよ。国の許可が下り次第、儂の百人隊が派遣されることになるだろう」


 ナビスカさんがここで陣頭指揮をとっているのだから、そうなる可能性は高いそうだ。


「儂の他に異国で海馬を探そうなどという酔狂な騎士はおらんでな、ダハハハハッ!」


 ナビスカさんの百人隊といえば重装騎兵隊か。防御に優れたナビスカ隊が、遠距離魔法攻撃を得意とするフェニックス騎士団と組めば、おもしろい効果が発揮されるかもしれない。

その辺のところはちょっとだけ楽しみだ。

上手くいけばアルシオ陛下の手勢はこれで400人か。

さて、どうやって国を解放していくのだろう?


「レニー君、ナビスカ殿」


 海馬を見守る僕らのところへ厳しい顔つきのシエラさんがやってきた。


「これから御前会議が始まることになった。レニー君とナビスカ殿にも出席してほしいそうだ」


 いよいよロックナ王国解放の具体的な計画が動き出すようだ。

僕らは頷き合って会議室に足を運んだ。


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