水陸両用車
折り重なるコマンドドラゴンの死体をぼんやりと眺めていたら、シエラさんの厳しい声が僕たちを叱咤した。
「すぐに撤退するぞ。レニー君、この木箱を持って船へ。私が殿をつとめる」
「そんな、もうちょっと拾っていこうぜ!」
フィオナさんが不満を漏らしたけど、僕は翡電石で半分ほど埋まった木箱を掴んで桟橋に足をかけた。
「フィオナさん早く。ミーナさんの魔力は空っぽなんです」
「その通りだ。我々の消耗も自覚する以上に激しい」
二人で説得するとフィオナさんもすぐに自分の木箱を持って船へと移動した。
全員が船へ乗り込むと、魔法で作り出した氷の橋は砕けて海へと沈んだ。
「ミーナさん、大丈夫ですか?」
「うん。またまた魔力切れで動けなくなっちゃったけどね」
ミーナさんは力なく甲板に座り込んでいる。
「すごく助かりました。とにかく船室に入りましょう。失礼します」
動けなくなっているミーナさんの体の下に手を入れて持ち上げる。
「えっ?」「なっ……」「ひゅ~」
「緊急時だからごめんなさい。キャビンのソファーまで運びます」
「レニー君……ありがと」
ミーナさんをデッキに置いたまま発進はできない。
「機銃で敵を掃射した上にお姫様抱っこだと? ミーナはどれだけ恵まれているんだ!?」
「次は私も射撃手をやろうかな。まあ、私は抱かれるより抱きたいタイプだけどね」
「そ、それも捨てがたい……」
「おっと、シエラのアネキは宗旨替えかい?」
「ぐぬぬ……選べん!」
シエラさんとフィオナさんが小声で込み入った話をしているようだったけど、よく聞こえなかった。
二人が仲良くなってくれるのは嬉しいから、会話には入らずにミーナさんを運んでしまおう。
ミーナさんをソファーにおろしているとシエラさんたちも入ってきた。
「レニー君、すぐに島から距離をとってくれ」
「了解です」
海岸からはわずかにしか離れていない。
島の魔物が襲ってくる恐れもあるから、僕は即座にクルーザーを動かした。
沖合1キロくらいのところまで出て、船を停泊させた。
これでようやく一息つける。
「どうする? 強行すればもうワンチャンあるんじゃないか?」
翡電石の入った木箱を横目で見ながらフィオナさんが提案してきた。
「私は反対だ。今の戦闘で他の魔物が起きだしているかもしれないし、ミーナの魔力も回復していない」
フィオナさんの意見もわかる。
10分もあれば木箱一つ分の翡電石は回収できるのだ。
せっかくこんなところまで来たのだから、なるべくたくさんの石を持ち帰りたいと考えるのはもっともだった。
一方で経験に基づいたシエラさんの考え方も尊重されるべきだと思った。
僕たちは万全ではないんだ。
ミーナさんはもう機銃を撃てない。
代わりにフィオナさんが撃つとしても、石を集めるのは僕とシエラさんだけになってしまう。
シエラさんとフィオナさんがじっと僕を見つめてきた。
船長である僕の意見を聞きたいのだろう。
「少しだけ待ってください。ちょっと確認したいことがあります」
僕は念のためにステータス画面を開いた。
戦闘が始まってから二回もレベルは上昇している。
この場で役に立つものが召喚出来るようになっているかもしれない。
名前 レニー・カガミ
年齢 13歳
MP 4058
職業 船長(Lv.13)
所有スキル「気象予測」「ダガピア」
走行距離 1720キロ 討伐ポイント 31285 トータルポイント 33005
船長の固有スキル「地理情報」を会得。半径10キロ以内の地理情報を自動的に把握できる。海図や地図などの情報すべてを得られる。
新所有船舶
■水陸両用・小型装甲兵員輸送船
水密処理を施した水上、陸上共に走行が可能な車両であり船。上陸強襲作戦に使用されることが多い。
全長4.9m 全幅1.92m
525馬力魔導エンジン搭載(およそ180MPで1時間の運用が可能・魔力チャージ4500MP)
陸上移動 最高速度 時速70キロ
水上移動 最高速度 時速17キロ
魔導重機関銃 (一発につき4MP消費)
魔導グレネード(一発につき50MP消費 *75メートル未満の射距離の場合、射手が負傷する可能性あり)
また、とんでもないスキルと船を手に入れてしまった。
でもこれ船?
ステータス画面の画像では大きな車輪が六つもついていて、馬車とも船ともつかない姿をしている。
ごつごつとした鋼の外観は動く砦のようだ。
そしてこの武装……。
またシエラさんがおかしくなってしまいそうで心配だ。
普段は真面目で素敵なお姉さんなのに、機銃を見ただけで呼吸が荒くなって、顔が上気してしまうんだもん。
ましてやこれは現行の機銃よりもパワーアップされているらしい。
しかも今回はグレネードなんて言うとんでもないモノも標準で装備されている。
大丈夫かな?
でも、この船があればスベッチ島へ再上陸して翡電石をとってくることだって可能かもしれない。
船で直接海岸に上がれれば、石を運ぶ手間はずっと減る。
撤収するときだって後部ハッチからすぐに乗れて、攻撃を加えながら海に逃げることも可能だ。
僕はステータス画面を閉じて三人のお姉さんに向き合った。
「結論から言います。僕はもう一度島へ行って翡電石をとってきたいと考えます」
「やっぱりレニーは男の子だな。こうなったら二人ででも――」
「何か考えがあるんだね」
はしゃぐフィオナさんの口を塞ぎながらシエラさんがじっと僕を見つめる。
「さっきの戦闘で僕のレベルが上がって、新しい船を召喚出来るようになりました。それを使えばより安全に石をとれます」」
「それはどんな船なんだい?」
「小型装甲兵員輸送船といいます」
僕が船の種類を言っただけでシエラさんの口が半開きになった。
そして、どういうわけか色っぽい溜息が漏れる。
「んっ……そうこう……へいいんゆそう……。名前を聞いただけでトキメキが止まらないぞっ!」
お医者様はいませんか!?
急患です!
「シエラさん、落ち着いてください!」
戦闘の要はシエラさんだから、この状態ではとても再上陸は無理だ。
「はっ!? す、すまない。琴線に触れる単語の羅列で少々トリップしていたようだ。もう大丈夫だから説明を続けてくれ……」
やや前のめりで僕に説明を促すシエラさんはちょっとだけ怖かったけど、小型装甲兵員輸送船を使用しての作戦を提案してみた。
「つまり、船に乗ったまま上陸できる、とこういうことかい?」
「とんでもない魔道具だな。ぜひ分解してみたいぜ」
「この船なら比較的安全に翡電石を集められると思うのです」
シエラさんは僕の作戦を聞いて深く物思いに沈んだ。
先ほどの興奮はもう収まっているみたいだ。
「レニー君、その船に機銃の換装は可能かい?」
うっ、まずい……。
だけど、こちらの戦力についての情報はすべて伝えなければならない。
シエラさんは上陸時の隊長なんだから……。
「換装も可能ですが、最初から魔導重機関銃と魔導グレネードという武装が搭載されています」
「ほう……」
思ったよりも反応が薄い……?
さすがのシエラさんも武器に慣れて平静を保てるようになってきたようだ。
「気をつけなくてはならないのですが、重機関銃はこれまでの機銃よりも威力が上がった分MP消費が二倍になっています。グレネードは爆裂魔法と同じ効果がある武器だと考えてください」
「へ、へえ~……」
シエラさんは視線を逸らして横を向いている。
まるで、武装については考えないようにしているみたいだ。
代わりにフィオナさんがいろいろと質問してきた。
「そのグレネードってのも、魔力さえあれば誰でも使用できるってことだよね?」
「はい。一発で消費されるMPは50かかりますけど」
「威力は?」
「有効射程距離は1600メートルで、弾着地点から半径15m以内の魔物を殺傷する能力があります」
直径30メートルある円の中にいる魔物を範囲攻撃できるわけだ。
騎士が使う爆裂魔法そのものといっても差し支えない。
「おっそろしい武器だな。連射速度はどんくらいなんだ?」
「理論的には一分間に300発撃てるそうです」
「ひょぇ~~……」
実際は狙いをつけなくてはいけないし、MPが追い付かないからそんな連射はできないだろう。
僕もレベル13になって魔力保有量は4058まで上がっているけど、グレネードなら81発の連射が限界だ。
……それでも圧倒的な気がするけど。
「シエラさん、どうでしょうか。装甲兵員輸送船があれば、再上陸は可能だと思うんですが」
「それは……し、失礼する」
それまで黙って話を聞いていたシエラさんは、突然立ち上がってトイレへと入ってしまった。
おとなしいと思ったらトイレを我慢していたの?
だけど、トイレから聞こえてくるのは苦し気な喘ぎ声だ。
「オッ……オエェェェッ!」
「まさか、シエラさん具合が!?」
慌てて様子を見に行こうとした僕をフィオナさんが止めた。
「落ち着けレニー」
「だってシエラさんが!」
「興奮しすぎて吐き気をもよおしただけじゃね?」
あっ……、妙に納得。
1分もかからないうちにシエラさんは戻ってきたけど、その姿はいつもと変わらない凛々しさに溢れている。
目だけがちょっと充血していたけど。
「お待たせした。一人でゆっくり考えてみたが、レニー君の案を私も支持するとしよう」
シエラさんは何事もなかったかのように振舞った。
僕らもそ知らぬふりで頷く。
シャングリラ号の仲間は優しい人ばかりだった。




