夜景を見ながら
ハイネルケへ戻った僕らは無事にキャヴィータを届けることができた。
ニーグリッドさんは賓客の接待で会えなかったけど、とても感謝しているとの伝言をもらっている。
今回の依頼はギリギリだったけど、三人で力を合わせて成功に導けて良かった。
「は~い、キャヴィータですよ!」
ギャレーからミーナさんが大きなお銀ボウルを持ってきてくれた。
ボウルにはこんもりと砕いた氷が盛られ、その上にキャヴィータが盛り付けられている。
「そのままスプーンですくって食べてもいいですし、そちらにある甘くないパンケーキにクリームチーズと一緒に乗せて食べてもいいですよ」
ニーグリッドさんにキャヴィータを運んだ僕らは、自分たちも食べてみたくなってしまい、一瓶だけ取り分けておいたのだ。
通常のキャヴィータは熟成期間が必要なんだけど、今回のように取れたての新物も珍重されるらしい。
「いただきます!」
まずはそのまま一口。
ミーナさんのアドバイスでレモンを一滴だけ絞って口に入れた。
「ん~~~っ! 美味しいです」
プチプチとした食感と魚卵のうま味が口に広がる。
「次はパンケーキと合わせてみて。これはこれで美味しいから」
「どれどれ、私もいただこうか」
ミーナさんの作る料理はなんだって美味しい。
このパンケーキも小麦の香りが口の中に広がり、それがネギやキャヴィータと渾然一体となって一つのハーモニーを奏でている。
それにキャヴィータ料理はこれだけではなかった。
ホタテとキャヴィータのクリーム仕立てマリネや、キャヴィータを使ったパスタなども作ってくれていた。
「私も騎士団の会食でいろいろな料理を食べたが、ミーナの腕はかなりのものだと思うぞ」
「僕もそう思います。それに、ミーナさんの料理ってどこかホッとするというか、気持ちを和ませるんですよね」
「なるほど、言われてみればその通りだ」
「みなさん褒めすぎです。もっと言ってくれてもいいんですよ!」
ミーナさんが胸を張って喜んでいた。
「今日は朝から忙しかったが、これほど美味しいものが食べられるというのは幸だな。ここから見える夜景も綺麗で、船の食事というものの概念が変わったよ」
優雅に白ワインを飲みながらシエラさんがうっとりと外の夜景に見とれている。
どうせ船で料理をするのならと、僕らはクルーザーでセミッタ川の沖合に出て停泊中なのだ。
ハイネルケの城壁では各所で篝火が焚かれていて、揺らめく炎が川を照らし出していた。
「そうですね、こうして夜の景色を見ながら食べるお食事も美味しいですよね」
シエラさんとミーナさんの言葉で天啓のようにアイデアがひらめいた。
これを商売にすることはできないだろうか?
「これ、いいかもしれませんね」
「なんのことだい?」
ワインのせいで少しだけ頬の赤いシエラさんが不思議そうに僕を見つめる。
「こうして、お客さんをクルーザーに乗せてあげて料理を振舞うんですよ。船上レストランというか、食事つきクルージングというか」
「なるほど、非番の騎士なら喜んで飛びつきそうだな」
「今なら川岸にアーモンドの花がいっぱい咲いているわ。お花見をしながらご飯を食べてもらうのもいいかもしれないわね」
レベルも11に上がったばかりで、次の船を得るためのポイントはだいぶ足りない。
クルーザーはこれまでにない大きさだけど貿易には向かない船だ。
だったら、食事つきクルージングを商売にするというのも一つの手だ。
「フライングブリッジ(屋上)や後部デッキにテーブルを置けば、16人分の席は確保できます」
「私が騎士団の仲間に声をかけてみよう」
「すぐにでもコースメニューを考えてみるわ。ウェイターやウェイトレスが必要なら昔の仲間に声をかけてみる」
ワイバーンの買取査定額が出るのは四日後なので、空いた時間を使って僕らは試験的に食事つきクルージングを試してみることにした。
翌日、僕とミーナさんは落ち着かない気持ちでシエラさんの居間にいた。
シエラさんは大鷲城にいる騎士団の人々にクルージングの宣伝をしてくれている最中だ。
「やっぱり一回3000ジェニー(3万円に相当)は高かったかな?」
ミーナさんはかなり不安そうだけど、今回はルギア港で仕入れてきた海の幸を使った豪華料理を出す予定だ。
原価を考えれば決してボッタクリとは思えない。
それに、騎士の方々は高給取りだと聞いている。
多分大丈夫だとは思うけど……。
「シエラさんは絶対にいけると言っていました。ここはシエラさんを信じましょう」
僕だって商売は初めてだから、どうなるかなんてわからなかった。
二人して黙ったままテーブルの上の紅茶を見つめる。
どちらのカップにも半分以上残っていたけど、すっかり冷めきってしまっていた。
「ただいま」
元気な声がして、シエラさんが戻ってきた。
手には一枚の紙が握られている。
「どうでしたか?」
立ち上がって詰め寄る僕を見て、シエラさんはニッコリと笑った。
「昼も夜も満席になった。なっ、私の言った通りだっただろう?」
「よかった……」
ミーナさんが安堵のため息をついたけど、忙しくなるのはこれからだ。
「お客さんが32人もいるのなら、生鮮食品以外は今日中に買い出しをしておかなくてはなりませんね」
「そうだな。特にワインは多めで頼むよ。出来たらカムリ産の白ワインを一本用意しておいてほしい」
「探してみますが、お好きな方が来られるのですか?」
「ああ、騎士団長のシェーンコップ様がな……」
そんな偉い人が来るの!?
「騎士団長様がなんでまた?」
「興味があるのだそうだ」
「興味って……何に?」
「クルージングと料理と船と、レニー君、君にだ」
そう言えば、シエラさんを僕の護衛に任じてくれたのは騎士団長様だったな。
「騎士団長様ってどんな方ですか?」
「えっ……う~ん……かわっている……かな?」
なんだかとっても不安になる答えなんですけど。
「そうそう、ワインの他に団長からもう一つリクエストがあったんだ」
「なんでしょうか?」
「あのな……」
シエラさんが急にもじもじし始めた。
それだけで僕にはなんとなく続く言葉がわかってしまう。
「クルーザーに機銃を換装することは可能だろうか?」
やっぱりそうきたか。
なんでシエラさんはそんなに嬉しそうに頬を染めながら機銃のことを聞くのかな?
「大丈夫ですよ。お好きな場所に設置できます」
「だったらフライングブリッジにしてほしい。団長の席はあそこにしてあるんだ」
高い場所だから眺めもいいし、操縦席の見学もしやすいだろう。
機銃も撃ちやすい気がする……。
「わかりました。じゃあフライングブリッジに設置しておきます」
「うん。今日中に使用感を確認しておこうかな……。ほら、上手く換装されているかどうかとか、使い勝手がどうかとかを確かめておかないといけないだろう?」
趣味じゃないよね?
仕事として言ってるんだよね?
「まあ、クルージングコースの確認もありますので、そのときにでも」
「そうか、そうか。楽しみにしているね」
シエラさんは極上の笑顔で頷いていた。




