鳳凰は東を目指す
僕らは島の端にある広い場所へやってきた。
岩と低木が続く藪が広がっていて、使用目的はまだ決まっていない場所だ。
「ここなら、ぺちゃんこにしても大丈夫かな? アルシオ陛下、よろしいでしょうか?」
「ベッパーの領主はレニーじゃないか。好きなようにすればよい。わらわに気を遣わなくてもよいぞ。レニーのやることなら、わらわはなんでも受け入れる」
そこまで言われると却ってやりにくいなあ……。
でもうまく整地できれば、ここは使い勝手の良い場所になるかもしれない。
「ところで、海じゃなくて陸地で呼び出すのか?」
フィオナさんの疑問ももっともだ。
「基本的には地上での活動を前提とした艦なんですよ。水上移動よりも陸上移動の方が得意なくらいです。ただ、進路のすべてを潰してしまいますけど」
「それは楽しみだ。さっそく見せてくれよ」
「わかりました。シエラさんの準備はいいですか? 大きく深呼吸してください」
「う、うむ。スーハー、スーハー、スーハー……」
シエラさんは素直に深呼吸をしていた。
「それではいきますよ。……召喚、水陸両用強襲巡洋艦!」
荒涼とした海辺の大地に色とりどりの魔法陣が六つ浮かんだ。
魔法陣は風を取り込みながら回転し、巨大な光の渦となる。
やがて六色の渦は一つとなり、まばゆい光を放って一隻の船を呼び出した。
その威容は巨大な二輪車だ。
「ルネルナさん、シエラさんが息をしていない! 人工呼吸をしますっ!!」
「バカレニー! そんなことをしたら本当にシエラが天国へ行ってしまうわっ! それよりも医務室よ」
すったもんだはあったけど、水陸両用強襲巡洋艦のお披露目は大成功だった。
巨大な車輪を使っていい感じに海岸を整地できたので、この当たりに波止場を作るのがよさそうだ。
フィオナさんはここを利用して金属精錬場を作りたいと言っていた。
輸入用の船が入港できれば使い勝手はいいだろう。
◇
お姉さんたちはそれぞれの仕事に戻り、僕は一人で海岸にやってきている。
ずっと航海だったし、ガイドロス島攻略もあった、少しは休めとアルシオ陛下に言われたのだ。
自分では特に疲れたという実感はないのだけど、たまには一人になるのもいいかな、なんて思ったんだ。
だから、釣竿を持ってここにやってきた。
のんびりと釣り糸を垂れて、海と空を眺めながら頭の中を空っぽにしようと思ったんだ。
だけど、思い浮かぶのはローエンのことばかりだ。
あと3日もすればローエンはファンローに帰り着くだろう。
そして皇帝の命を狙うはず……。
僕にできることは本当にないのだろうか?
「失礼します、カガミ伯爵」
遠慮がちに声をかけてくる人がいた。
それはローエンが派遣してくれた白狼隊の隊員で、まだ若い士官だ。
若いと言っても僕より7歳は年上だと思うけど、小柄で身長は僕より少し高いだけだった。
「どうしましたか?」
「釣りのお邪魔をして申し訳ありません! 自分は白狼隊士、リー・リンチェイであります」
「邪魔なんてとんでもない」
僕には『釣り』のスキルがある。
本気で釣ろうと思えば、メガントクジラだって釣ることができるのだ。
いや、釣る気はないんだけどね。
「失礼を承知でよろしいでしょうか?」
「どうしたんですか? 僕にできることならなんでも言ってください」
「ローエン殿下は、それとカイ隊長はどうしていらっしゃいますか?」
白狼隊はローエンの直属部隊だし、その隊長であるカイさんは、今はローエンと行動を共にしているのだ。
心配になるのは当然だろう。
白狼隊の皆さんはローエンを慕っている。
皇帝弑逆の話はできないけど、ガイドロスの話くらいなら聞かせてあげたい。
「安心してください、ローエン皇子も、カイ隊長も元気ですから。それどころか、魔の島と呼ばれるガイドロスを攻略してしまったんですよ」
「ガイドロスをっ!?」
僕はリーさんにこれまでの顛末を差しさわりの無い程度に説明しておいた。
「そうですか。ローエン殿下とカイ隊長はケガもなくお過ごしですか。本当によかった」
「ええ……」
大変なのはこれからなんだけどね。
ローエンはこれからおこることを無事に乗り切れるのだろうか?
内戦になったらファンローの人々はどうなるのだろう……。
「それにしても、今日は日が悪いのでしょうか?」
ぼんやりと考えていたら、不意にリーさんに声をかけられた。
「えっ? 何がですか?」
「魚がぜんぜん釣れていないようなので」
「ああ、そのことですか」
「ここの海はいい漁場ですよね。ベッパーに派遣されてアジラが大好きになりました。ウルト総料理長が作ってくださったアジラフライを食べてアジラの概念が変わりましたよ」
ミーナさんが作るアジラフライは最高なのだ。
ピクルス入りのタルタルソースがとてもよく合う。
「アジラを釣りましょうか?」
「釣りましょうか、とは……?」
僕は指先から釣竿に意志を込める。
すると3秒もしないうちに竿に当たりがあった。
「きた」
合わせて竿を上げると40センチくらいのアジラがかかっていた。
なかなか食いでがありそうだ。
「はいどうぞ。総督府の調理場に持っていけば料理してくれますよ」
僕はバケツごとアジラをリーさんに渡す。
「ええっ!? いや、どうも……恐縮です」
魚が釣れたらなんだかスッキリしてしまった。
考えもまとまったぞ。
ここでうじうじと悩んでいても仕方がない。
ローエンはああ言ったけど、僕はやっぱり気になってしまうんだ。
「リーさん、お願いがあるんですけど」
「何なりとお申し付けください」
「リーさんの制服を僕に貸してもらえないでしょうか?」
「私の制服をですか?」
「はい、ぜひお願いします」
この人のサイズなら僕が着てもおかしくないはずだった。
同じ過ちを繰り返さない、という点において僕にも成長があった。
ローエンのところへ行く前に、今度はきちんとお姉さんたちに事情を説明したのだ。
「無理はしません。戦闘もなるべく避けて、正体を明かすこともしません。ただ、ローエンが危ないときは守ってやりたいんです」
「そう、だがなあ……」
アルシオ陛下は思案顔だ。
「僕には力があります。ローエンを守って、いざというときはローエンを連れて脱出する力です。ローエンのことだから僕がいなくても作戦を成功させるとは思いますが、いざというときは……」
アルシオ陛下が大きなため息をついた。
「まったく、ローエン皇子に少し嫉妬してしまうな」
「何を言っているんですか。アルシオ陛下が同じ目に遭ったら僕は全力で助けに行きますよ」
「レニー……」
「他のお姉さんたちだってそうです。困ったときはいつでも言ってくださいね」
フィオナさんが一歩前に出た。
「まあ、そういうことだ。レニーは言い出したらきかないしな」
けっきょく、五人のお姉さんたちは僕の出発を了承してくれた。
「あとのことをよろしくお願いします」
僕がいなくてもベッパー、ロックナの復興は休みなく進んでいく。
託せるのはお姉さんたちだけなのだ。
スザクを垂直離陸させ北東の方向へ機首をまわした。
そろそろローエンがハンロー港へ戻ってくる頃だろう、急がなくてはならない。
きらめく機体は赤い尾を引いて夜空を駆け抜けた。




