第11話「お片付け」
「……ちょっと焦げすぎ?まぁ、幻想の炎だし……。幻想だから、見た目ほど酷くないはずだし……。」
気絶し仰向けに倒れているモウゲンドの下腹部を見やり、リリンサは素直な感想を呟いた。
一応、どんな感じになったか気になり、現状を確認しているのだ。
リリンサは、凄惨な現状をみて言い訳じみた独り言を何度か呟き、ピクリとも動かないモウゲンドから興味を手放した。
今、もっとも優先すべきはユニクルフィンの安否だと思い直し、手軽な確認手段として『ゆにクラブカード』を召喚。
すぐに保護材を外し、四隅に指を当てて魔力を注入、ユニクルフィン裏情報を表示させ、現在地を確認した。
「……やっぱり、現在地はさっき居た森のままとなっている。ユニクは転移していないか、この異空間はあの草原の空間をこじ開けて作ったものかのどちらか……?」
リリンサはこの異空間に飛ばされた後、自分とユニクルフィンの現在地についての考察をしていた。
その考察とは、転移元の場所から移動していないという仮説。
リリンサは、「敵の目的はユニクルフィンと私の足止めであり、主戦力が到着するまでの時間稼ぎ」だと判断したのだ。
「敵は、万端な準備をしてやってくるはず。その前にユニクと合流しないと……」
現状を確認し終ったリリンサは、手早く戦略を立て直した。
まずは、ユニクルフィンの現在位置の把握。
そして、この異空間からの脱出。
最後に、ユニクルフィンの奪還。
ついでに敵の殲滅も。と付け加えたリリンサは、魔王の左腕を構え直し、モウゲンドからウワゴートへ視線を変えた。
「ねぇ。意識はある?」
「いぃ、痛い……怖い……」
磔刑に処され、うわ言を呟くウワゴート。
一応はリリンサの言葉に反応を示したようだが、恐怖装置がある魔王の右腕が直接体に刺さっているこの状況で、まともに会話ができるはずが無かった。
ウワゴートの状況は、言うならば、致死毒がある蛇に噛みつかれた直後のようなもの。
このままでは死ぬという恐怖が思考を塗りつぶし続け錯乱している今は、並大抵の刺激では影響を与えられない。
「……えい。」
そんなウワゴートの状態を理解しているリリンサは、迷わず、魔王の左腕でウワゴートの頭をつついた。
恐怖の重ねがけ。
二つの恐怖装置を共鳴させ、ウワゴートの意識を覚醒させたのだ。
恐怖を克服させるのも、これまた恐怖だった。
「私の質問に答えて。嘘はつかないで欲しい」
「ひぃい。分かりましだぁ」
「一応言うけど、あなたの体に刺さってる魔王の右腕は私の命令で変幻自在に稼働する。削ったり、発熱したり、かき混ぜたり、色々できるから素直に話した方が良い」
「ひぃぃぃ!分かりましだぁぁぁ!!」
その声を聞いてリリンサは満足げに頷き、質問を吟味し始めた。
魔王シリーズの影響によって、複雑な受け答えは難しい。
出来るだけ簡素かつ、確信に迫る質問を探しているのだ。
「私と一緒に居た男性、ユニクルフィンの居場所はどこ?」
質問を吟味した結果、率直にユニクルフィンの居場所を聞く事にしたリリンサ。
ひっかけやフェイクが出来ない現状、ユニクルフィンの居場所を直接聞くのが最も効率が良いと判断したのだ。
そして、ウワゴートは呻きながらも、リリンサの問いに答えた。
「知らねぇ……」
「あ”?もう一回言って。」
「ワイらは……この異空間がどんなもんなのか知らねぇ……けど、ワイらと、同じような場所に居るはずだぁ」
「そう。じゃあもう一つ聞く。あなた達の雇い主は誰?」
「それは……。真っ黒い女と、真っ白い女……。認識阻害が掛けられてて良く分からない……。でも、黒い方はお前よりも、歳下だと……思う……」
「そう、分かった。もう、休んでいいよ。《魔王の右腕に命ずる。痛覚を閉ざし、安寧を与えよ。あと、それなりに治療もして》」
ウワゴートを適当に処理しつつ、先ほどの話を推察し、リリンサは笑みを潜めた。
……私より年下?やはり、ゆにクラブの関係者?
でもそうすると、その黒い女は、当時10歳以下ということになる?
その答えに辿り着いたリリンサは、今度はぎりりと歯を軋ませ、不快感を顔に出す。
ウワゴートの話を整理すると、敵はリリンサと年の近い女の子という事になると気が付いたのだ。
そして、その仮説が正しいとし、精神誘導を仕掛けていたウワゴートとモウゲンドの言葉を混ぜ込んだリリンサは、ものすごく歪んだ結論を出した。
「ユニクに助けられ恩がある癖に、命を狙ってきた。しかも、自分のものにならないからってユニクを殺した後、私に勝利宣言をしようとした?……そんな事、許せるはずがない……。逆にぶち殺してやる……!」
沈静化しつつあった感情が再び炎上し、リリンサは空間を見据えた。
次に取るべき行動は、この異空間からの脱出。
幸いにして、リリンサが手に持っている魔王に左腕は、その願いを容易に叶える事が出来るものだった。
そして、魔王の左腕をかざしながら、リリンサは命令を下す。
「《教えて、魔王の左腕。この空間で強度が低い場所はどこ?》」
鈴とした声に答えるように、魔王の左腕の宝珠が怪しく光り出した。
蒼い波動を何度か発し、すぐに、リリンサの命令通りの答えを導き出す。
その答えを認識したリリンサは、今度は首からぶら下げている魔王の心臓核との同期を強めていく。
魔王の心臓核は、使用者との同期を強める事で、使用者自身の知覚の流れを強める性質がある。
その性質を生かし、リリンサは空間にわずかに流入している外界の空気を探しているのだ。
そして、空間の強度が脆く外界の空気が流入している場所を特定し、魔王の左腕の機能で狙いを定めながら、命令を呟いた。
「《魔王の心臓核、そこのゴミ達から、魔力を吸い上げて私にちょうだい。》……うん。いい感じ。」
気絶しているモウゲンドと、安らかな顔をして茫然自失に陥っているウワゴートから魔力を吸いあげるリリンサ。
魔王シリーズを使用するのに使った魔力を補充し、溢れ始めた魔力を十全に使い、呪文を唱えてゆく。
そして、禍々しい蒼い波動を漏らし始めた魔王の左腕を空高く掲げ、リリンサはストレスと共に破壊の呪文を言い放った。
「……《五十重奏魔法連・雷人王の掌!!》」
**********
「ぐーるぐるきんぐー!」
「ぐるぐるきんぐー!」
「ぐるぐるぐるきんぐー!!」
「ぐるぐるぅぅ、き・ん・ぐー!!」
「……アホの子がアホ鳥と戯れてるねぇ。可愛いねぇ」
リリンサとユニクルフィンが転移した場所には、キング鳶色鳥が一匹残されていた。
ソレを見つけたセフィナは、速攻で籠に近づき回収。
一度手放した鳶色鳥と再び相まみえたセフィナの顔は、満面の笑みだ。
「ワルトナさん、この鳥、可愛いよ!?ぐるぐるきんぐ―って鳴くよ!?」
「……きっと、王様なんだよ」
「王様かぁーー。そうだ、良いものあげるね!じゃじゃーん!私のおやつ、『ササミジャ―キー』!!」
「鳥にササミなんて食わせるんじゃないよ!?」
「あ、食べた!すっごく食べてるよ!?ワルトナさん!」
「しかも、爆食いとか……。さすが王様、キングオブアホ鳥だねぇ……ん?」
アホの子がアホ鳥と戯れていると、和やかな気分を楽しんでいるワルトナ。
悪辣極まる暗劇部員・指導聖母の日常を生きるワルトナは、こういった朗らかな瞬間がこの上なく好きだった。
いつの日か経験した、優しい日常。
感情の乏しかった自分を真っ当に育ててくれた、親しき友人と過ごした日々を思い出すからだ。
最近になって、その日常がタヌキ帝王に汚染されていた事に気が付いたが、それでも、ワルトナにとってかけがえのない思い出なのは変わらない。
そんな事を思い出しつつ、油断なく周囲に気を配っていたワルトナは、空間の変化に気が付いた。
異空間に繋がっているであろう場所から僅かに漏れだしている恐怖の波動。
それに心当たりの有るワルトナは、「あ、これ、ヤバいかも……」と呟き、セフィナに声をかけた。
「セフィナ。どうやら、狂言師の二人は失敗したみたいだ。一度隠れて様子を見るよ」
「そうなの?おねーちゃんが勝ったって事?」
「そうそう。リリンサが勝利したみたいだね」
「……おねーちゃん、すっごおおい!!レベルが高い年上の人を倒したって事だよね!?しかも、2対1だったのにね!?」
「ほら、僕の言った通り、リリンサは強かっただろう?だから……逃げるよ!」
漏れだす恐怖の波動が加速度的に増えてくのを感じたワルトナは、無理やりセフィナの手を取ってその場を離脱。
その際にセフィナの持っていたササミジャ―キーの袋が破けて中身が散乱。
悲痛な声を上げてセフィナが固まったが、「そんなの後でいくらでも買ってやるよ!」とワルトナが叫んだ事で、無事に離脱する事が出来た。
「ジャーキー……。」
「ほら、とりあえずバナナチップスで我慢しな。あとで補填はするからさ」
「わーい」
「で、ちょっと、おでこ出しな」
「おでこ?はい、これでいい?」
「おーけーおーけー。そい」
「ひゃああああん!冷たぁい!?」
対タヌキ用決戦兵器を差し出してセフィナを黙らせた後、ワルトナは空間から薄いシールを取り出した。
それをセフィナの額に張り、指を当てて魔法陣を構築。
冷たい感覚と共に、セフィナの体内に魔法陣の効果が広がってゆく。
「ワルトナさん、これなんですか?」
「これは、外部との魔力影響を遮断する魔法陣だよ。これを張っておくと外部からの影響も受けないし、僕達の魔力も外に漏れ出ない。要は、隠密性が上がるって考えておけばいい」
「へぇー。ワルトナさんって、すごく便利な道具いっぱい持ってますよね!すごいです!!」
「これくらい持ってなきゃ、悪典も悪才も悪性にも太刀打ちできないし当然さ。さて、勝利したリリンサが出てくるよ」
ワルトナは自分の額にも同じシールを張りながら、空間の歪みに視線を向けている。
このシールは、先ほどのワルトナの説明通りの効果の他に、魔王シリーズへの対策もかねているものだった。
外部からの魔力影響を遮断する。
魔道具の中でも上位の魔王シリーズの影響を完全に防ぐ事は出来ないが、それでも、嫌悪感を抱く程度まで効果を減らす事は出来る。
リリンサと長い旅を経験しているワルトナは、ご機嫌ナナメなヤンデリリン対策は完璧だった。
「そろそろかな……。ほら、出てきた。セフィナ、あんまりはしゃいだ声を出さないようにね」
「うん。大丈夫……?…………あ、あれ!?おねーちゃん、滅茶苦茶怒ってるよ!?激おこだよ!?」
「うっわぁ。あれはやばい。ウワゴートとか生きてるのか不安になるレベル」
「ものすっごい怒ってる時の顔だよ!?私がおねーちゃんのアイスを落としちゃた時の顔だよ!?怖いよ!?オバケより怖いよ!?」
あれ、おかしいな。魔王シリーズの影響は最小限の筈なんだけど……?と、恐怖で取り乱し始めたセフィナを見て、ワルトナは若干困惑した。
だが、すぐにセフィナが恐怖を感じている理由が魔王シリーズでなくリリンサそのものだと理解したワルトナは、「姉妹喧嘩で感じる恐怖が魔王シリーズ並みとか……。さすがリンサベル姉妹。僕の想像を容易く超えてくる」と妙に納得。
そして、認識阻害の魔道具の効果を強めながら、リリンサの様子を窺った。
「あのね、ワルトナさん。あのおねーちゃんはね、すっごく怖いの。脇の下をこちょこちょされてね、死にそうになるの……」
「古来より、くすぐりは拷問として使用された歴史があるからね。場合によっては発狂するかも?」
「だからね、あのおねーちゃんはマジでヤバいの……すぐに謝っても許してくれない時もあるの……」
怒り狂うリリンサを見て、しょんぼりしてしまったセフィナ。
それを適当になだめながら、ワルトナは現状を考察していた。
魔王シリーズが3つともか。こりゃ、本当にウワゴートとモウゲンドはヤバいかもしれないね。
今は理性を正す僕らやユニもいないし、死んじゃいないと思うけど、色々、使い物にならなくなってるだろう……。
ワルトナは的確に現状を理解し、これから起こるであろうの未来へ意識を向けた。
この後はリリンはユニの所に向かうはず。
しかも、力技でどうにかするね。間違いなく。
未来を想像し終えたワルトナは、セフィナに向かい合って、にこやかに微笑んだ。
「うん、教育に悪いから、離脱で!!」
「え?は、はい?」
「ということで、僕らは異空間に逃げまーす《魔法陣解放・隔絶空間転移》」
軽い声を残して、ポケットから取り出した魔道具のスイッチを押したワルトナとセフィナの姿が消えた。
そして、広い草原にはリリンサとキング鳶色鳥だけが残された。
**********
「……脱出成功。次は、異空間の狭間を見つけて、そこをぶち破る。」
異空間から抜け出てきたリリンサは、再び魔王の心臓核との同期を強めると、今度は空間から不自然に空気が漏れ出ている場所を探り始めた。
その結果、自分が抜け出てきたすぐ隣に一つと、ここから少し離れた場所に、かすかにもう一つ空間の歪みが生じている場所を見つけて、首をかしげる。
「ん、二つある?近くに有るのはユニクの居た位置に近いからこっちが当たりだとして……あぁ、そっか。敵の主戦力がやってくる用の穴だね。」
間違った考察を自信たっぷりに呟き、リリンサは不敵な笑みを浮かべた。
にやりと悪魔な笑みを浮かべて、魔王の左腕に魔力を本気で注いでゆく。
そして、じっくりと呪文を唱えて、最高品質の魔法を準備。
それは、先ほど空間をぶち破った雷人王の掌よりも、感情と悪意と魔力がこもっている連撃だった。
「……《二十重奏魔法連・願いと王位の債務!!》」
圧縮された魔力が可視化し、荘厳に輝く光の槍が形成された。
一撃で半径20mを消し炭にする程の威力の願いと王位の債務が合計20本。
それらは目標へ向けて整列し、リリンの合図をまっている。
「あっけなく、ブチ転がって欲しい。《やれ》」
ちょっとした町なら壊滅するほどの大災害が歪む空間へ向けて、飛翔し、着弾。
その凄まじい余波のせいで、この森に住まう生物が気絶しまくっていたことが、後に判明。
謎の怪奇現象として不安定機構の史実書に刻まれ、ワルトナの手によって秘密裏に処理された。
「さて、これで敵の足止めは完璧。待っててユニク。今助けに行くからね」




