第13章幕間 「リリンサの手記⑪」
「私の勝ちだよ、わる、とな……」
「あぁ、そうみたいだね。リリン」
衝突した雷人王の掌と氷終王の槍刑の余波で私とワルトナは立っているだけで精一杯になった。
残っている魔力は、神欲輪廻・ゼーヴァオートを覚醒させられるギリギリの量。
だから見栄と気合と根性で勝ちを宣言し、ワルトナに負けを認めさせた。
「歯を食いしばって!!」
「え」
でも、ワルトナは口が達者。
一回程度の言質を取った所で何の意味もない。
だからこそ、星刻杖ルーンムーンで殴ってふらつかせ、そのまま地面に押し倒す。
「げほ、げほ、……リリン、重い」
「重くない」
「どいて」
「どかない」
私がたまに失敗して似たような体勢になった時と同じ、「しょうがないなぁ」という顔。
口では酷いことを言うけれど、内心ではそこまで困っていない、いつもの表情だった。
「約束した。私が勝ったら全て話すと」
「したね」
「そしてワルトナは負けを認めた。だから……、貴女が思っていること、全部、話して欲しい」
本当の戦いはここから。
私は口喧嘩でワルトナに勝ったことは一度もない。
ワルトナが負けた振りして身を引いても、最終的には私も譲歩をさせられる。
でも、今日は譲らない。
私の願いの100%を叶える。そうじゃなきゃ、勝ちにはならない。
「リリン、僕のことが憎いかい?」
「当然」
「そうかい。じゃあ、ちゃんと殺してくれるかい?」
「……絶対に、やだ!!」
ワルトナの願いは諦めて死ぬこと。
無色の悪意にそれを強制されていて、他の選択肢を考えられていない。
まずは本心を全部吐き出させる、そう思って、ワルトナの嘘を丁寧に否定する。
「僕は無色の悪意の伝達者、君の敵だ。これから先も事あるごとに君を狙う。あの子との幸せなら、なんだって犠牲に出来る」
「うそ」
「嘘なんかじゃないさ。事実、僕は温泉郷を危機に晒した。訪れている人は1万人を下らない。そんな大勢を殺そうとしたんだよ」
「知らない。少なくとも、私は見ていない」
「テトラフィーアやセブンジードが死んだよ。サチナだって重傷を負った、ヴェルサラスクやシャトーガンマも。他にも大勢の人が傷ついたよ。そんな敵をそのままにして良いのかい?」
「レジェやカミナがいる。サチナの時の権能もある。大丈夫なようにしてある、そうでしょ、ワルトナ」
ワルトナはあらゆる局面で人命を一番大切に考える。
それは敵味方問わず、そのせいで、効率を重視するレジェやメナファスと対立することもあった。
レーヴァテイン、時の権能、カミナ、メルテッサ、魔道具や魔法。
あらゆる人命を助ける手段を知っているからこそ、無色の悪意を持っていても安易な殺人を行うはずがない。
私に嘘を見抜かれた時の表情で、ワルトナは薄く笑った。
反論しようかどうか迷っている。
させない。
「ワルトナは考えすぎ」
「え……」
「色んな事を考えすぎて、訳が分からなくなっている。だからね話して、隠している事実、知られたくない事、つらい感情、全部話して。約束だから」
しっかりと顔を見て、強い口調で言い切る。
それでも誤魔化そうとしたから、手を強く握って名前を呼んだ。
「ワルトナ」
「……だって、ずるいじゃないか」
「ずるい?」
「僕はもう、君やユニの隣にいられないのに。あの子に頭を撫でて貰う資格なんて、最初からないのに。もう、絶対無理なのに」
「それはなぜ?」
「分かってるだろ!!全ての元凶は僕だ。僕を、ワールドトナーを、物語の中心に添える為に……、金鳳花が仕組んだことなんだから」
分かっている。
私とユニクの物語、その根幹にワルトナが関わっていること。
最初から金鳳花の意図が混じっていることも。
それでも、私とワルトナが過ごした思い出が汚れるなんてありえない。
「あの子が亡くなったのも、君の人生が歪んだのも、そもそも僕のせいだ」
天命根樹の件で20万の人が亡くなった。
その中にはあの子やパパが含まれている、その事に対しての怒りや悲しさを私は抱いている。
でもそれは、ワルトナとは関係ないこと。
……いや違う、ワルトナも当事者で、被害者だ。
あの子を失って悲しんでいるのは、私と一緒なんだから。
「世界中の人が僕を恨んでる。許さない。だけど、そんなことはどうでも良いんだ」
「じゃあ、何が嫌?」
「ひっく、君やユニに嫌われるのは、やだ……」
やっと、本心を引き出せた。
ついでに零れた涙はまだ拭わない。
全部の感情を出し切るまで、手を拘束して拭わせない。
「嫌なのに、こんなことをしたの?」
「だって、ずるい……」
「どうズルいの?」
「キミやあの子がユニと一緒に居るのは良い。まだ許せる。でも、3番目は僕の席だ。でも僕は諦めなくちゃならないのに、他の奴が座るなんて絶対やだ……」
「だから、テトラを巻き込んだ?」
「うん。他の女はどうにかできても、テトラフィーアは無理だった。あの子の思い出がすり替わっているんじゃなく、ちゃんとユニに恋しているから。だから、僕が死んだらその席に座る。死を悼むふりして笑うだろう。そんなの許せる訳ない……」
テトラフィーアがユニクの恋敵と聞いた時、とても凄く焦った。
私から見た彼女は、姫であり、大臣であり、天才であり、美人であり、胸も大きい。
世間一般的な女性の評価としてみれば、私は大敗を喫する……、それを自覚していても、「ユニクにだけ認められればいい」と思って意識すらしていなかった。
思えば、ワルトナはテトラフィーアの心無き魔人達の統括者入りに猛反発した。
結局、「実績を積んだら」という名目でレジェの預かりになった訳だけど、今ならその気持ちは凄く分かる。
「質問する。貴女は知っていてユニクや私を騙したの?天命根樹の正体も、蟲量大数がどういう存在なのかも、金鳳花が何をしようとしているのかも、全部知っていながら、私達と旅をしたの?」
「……知らなかったよ」
「ん」
「違和感は前からあった、だから、アンジュから距離を取って答えを探していた。それが卒業試験のように思えたから」
「確信したのは、いつ?」
「ホーライ様の話を聞いた時。金鳳花、指導聖母・品財アンジェンティール、ブルファム王国の出自、ノーブルホーク家とラウンドラクーン家、無色の悪意、カーラレス・リィーンスウィル。一個でも疑わしい情報がたくさん出てきて、そして、その存在の行き着く先は、君だった」
「私……?」
「大聖母の一番の役割は、神と共に物語を鑑賞すること。娘が主演女優の舞台を熱心に見ない親なんていないさ」
「私がヒロインってこと?」
「ははっ、そうだね。そして僕はヒロインを苦しめる悪役なんだ。ユニを、リリンを、あの子を裏切り、最後に断罪される純粋悪。……ひどいよね」
この確認によっては、ゼーヴァオートの発動の仕方を変えるつもりだった。
ワルトナが金鳳花の関与を知っていた時間が長ければ長いほど、私達を騙す技術が高いという事になる。
私は良くても、レジェやカミナが離れて行ってしまったら意味が無い。
でも、それは杞憂だった。
ワルトナが知ったのは、ホーライから話を聞いた時。
つまり、一昨日。
こんな短期間で決着を付けようとしたのは、きっと、私達に嘘を吐きたくなかったから。
「こんなの酷い……、あんまりだ……。ひっく、僕だって本当はキミと一緒に居たい、ユニやあの子に頭を撫でて貰いたい。褒められたい。幸せになりたい」
「ワルトナ、あなたは間違った」
「ひっく、何をだよ。間違いようがないだろ、こんな破綻のしようのない人生」
「私に相談しなかった。私じゃダメなら、レジェやカミナ、メナファス。セフィナやお母さんだって絶対に力になってくれる!!」
ワルトナが相談できなかったのは、私が『恋敵』だったから。
負けたくない、ユニクを取られたくないって気持ちが邪魔をしたんだと思う。
だからこそ、私はワルトナの手を取った。
間違った方向に行っても引っ張り出せるように。
「話せる訳ないだろ。……知られたら終わりなのに」
「なんでそうなるの。私はワルトナを嫌いになったりしない!!教えて貰った過去も、全部ワルトナは悪くなかった!!あんな話で恨むなんて出来るはずがない!!」
「そうじゃない、そんな簡単な話じゃないんだよ。人の心は」
「心って何?私がワルトナを裏切るって思ってるの?」
生きていれば、心変わりなんて何回でも起る。
米を食べに入ったお店で、展示されていたパンとスープにつられて、つい頼んでしまった時の様に。
ほんの些細な感情の揺らぎは、人である以上、絶対に失くせない。
そして、確かにその時、私は嫉妬すると思う。
「また……?」 って。
私が狙っていたケーキをワルトナが食べちゃった時、ユニクに構って欲しくて策謀を巡らせた時、もしも先にワルトナがユニクの子を宿した時。
ほんのちょっとの嫉妬のせいで、私はワルトナを疑う。
そして、ちょっとだけ喧嘩した後……、笑って許すんだ。
「そしていつの日か、君は僕を嫌いになる。だって僕の罪は、言葉で許してお終いなんて軽いものじゃないから」
「だから、諦めるというの?」
「そうだよ。数年後、リリンやユニに見捨てられる。そんなことを考えただけで、足がすくむ、心が裂けそうになる。……そうなるくらいだったらさ、思い出の中だけでも一緒に居たいって思ったんだ」
話を聞いて、理解して。
やっぱりワルトナは私の一番の親友だと思った。
こんなにも真っすぐに私のことを見ていてくれる、だったら、その想いには答えなければならない。
「ワルトナ」
「ぐすっ……、はい」
「私は諦めない。だって、あなたの悩みなんて、簡単に解決できるから」
ポケットの中のゼーヴァオートを取り出し、蓋を開けて見せつける。
本当は、私とワルトナとユニクの三人が揃っている時に、みんなで一緒に着けようと思っていた。
でも、永遠の愛を誓うこの心に、偽りはない。
「これはユニクから貰った指輪。初めてのプレゼント」
「……やっぱり僕のこと嫌いなんじゃないか。自慢なんて」
「違う。これは絆の証明。使用者の心を繋ぐ、神すら欲した真実と締結の指輪」
そう言えば、この指輪はワルトナに見せていなかった。
指輪を貰ったという報告はしたけれど、直ぐに話を逸らされて自慢できなかったのを覚えている。
結果的にはワルトナを驚かせることが出来た。
こんなにも目を丸くした顔なんて、初めて見たかもしれない!!
「《覚醒せよ、神欲輪廻・ゼーヴァオート》」
自分とワルトナの左手の薬指に指輪を嵌め、無理やり手を繋ぐ。
ゼーヴァオートの覚醒が効果を発揮する前に、熱と鼓動が私の手に伝わって来た。




