第13章幕間 「リリンサの手記⑨」
「ねぇ、キミの隣にいても良いかい?」
私とワルトナの初めて……、いや、二度目の出会いは雨が降りしきる秋の日だった。
その時は確か、窓ガラスに付いた水滴を見ながら、ユニクとシャケの情報をくれたロリコン共の事を考えていたはず。
『ユニクルフィンかどうかは分かりませんが、ベニートラトには名の知れた冒険者が居るようです。あと、シャケフライのパン挟みが大変な美味だとか?』
思えばロリコン……、エアリフェードの助言を受けた後は、大抵はいい結果になることが多かった。
ノウィン→エアリフェード→ワルトナと三人で結託していた疑惑があるので、後で確かめておこう。
「えい。」
「ひゃぁん!?!?」
「くっくっく、可愛らしい声で鳴いたねぇ」
「え、え、なに?なんなの?」
声は聞こえていたけど、私に言っているとは思わなった。
ワルトナの癖のような物なんだけど、自分の声を雑音として相手に処理させ、後で『えぇ?僕はちゃんと言ったよ』みたいな言質の取り方をする。
慣れた今では聞き逃すことはないけど、最初の頃は聞き返すことも多かった。
「突然、雨に振られてしまってねぇ。ずぶ濡れだし心細いし、散々なんだ。だから、キミの隣にいても良いかい?」
昔は思わなかったけど、馬車に乗る前のやりとりを見た現在、この言葉には結構な含みがあると気づいた。
雨に降られた →やる気になれば晴れに出来る
ずぶ濡れ →自分で猫に傘をあげた
心細いし散々なんだ →本心っぽい
君の隣に居ても良いかい →前の言葉と繋がってない
要するに適当な言葉を並べてそれっぽく言っただけ。
ここら辺は今のワルトナにはない雑さなので、ちょっと可愛い。
「ん、貴女の名前はなんていうの?」
「ワルトナだよ」
「そう、私の名前はリリンサ。どこに行くの?」
「雨宿りしたくて乗っただけだから、まだ決めてないんだ。んー、とりあえず、雨が止むまでキミとお喋りしてようかな。どうだい?」
暇だったので許可した……訳じゃなく、レベル5万の女の子に興味を抱いた。
ロリコン共の所で修行を終えた私にとって、レベル5万台の冒険者は珍しくない。
澪たちの鏡銀騎士団やジャフリート国の師範などは結構な確率で超えてくる。
だけど、同年代は初めて見た。
もしかしたらユニクの関係者かもしれない。
そんな期待は直ぐに否定された訳だけど……、むぅ、この頃からはぐらかしは得意だったっぽい。
完全に騙された。むぅ。
「せっかくだから、一緒に食べに行くかい?美味しい店を知っているんだ」
「もちろん!!」
「じゃ、食べ物の話はその時にでも。君の旅の目的は他にもあるでしょ。それを聞かせてよ」
「ん、なんで分かったの?」
「旅慣れしてそうだからね。そもそも、食道楽なんかじゃレベル5万にならないしねぇ」
「それはそう。私はとある目的の為に、忌むべき変態の下で修業してきた」
「………………は?聞き間違いかな、変態って聞こえたけど??」
シャケフライパンに想いを馳せていると、ワルトナと一緒に食べに行くことに。
久しぶりの誰かとの食事だったので、ちょっとワクワクしたのを覚えている。
さらに、ロリコン・ボディフェチ・オタク侍の話題を出して探りを入れた。
この時の私は、ロリコンがユルドルード達と顔見知りじゃないのかと疑っていた。
結果的に真っ黒だったので、後でブチコロコロがしたいと思う。
「そう、英雄ユニクルフィン!あの有名なユルドルードの息子にして、世界最強の英雄!!そして、私の婚約者!!」
「こっ……、婚約は、してないんじゃないかなぁ……?」
当時は気にならなかったけど、この時のワルトナは凄い顔をしてた。
「ふざけるな、ユニは僕のだ!!」とでも言いたそう。
二人で共有すると決めたとはいえ、勝ったのは私。
優先権とかはきっちり決めておきたい。
「こちらこそ、ありがとうね。可愛らしい声があるだけで、良い気分転換になるものなんだよ」
業者台の壮年の男性に挨拶を交わし、幼い私たちはベニートラトへ向い歩み出した。
私も一応は頭を下げてから振り返り、二人を追おうと視線を向け――、
現代のワルトナは業者台の壮年に化けていた。
一切の危機感を抱かせないままに、神殺しの矢が私の胸を貫通。
この時、人生で初めて、死を垣間見た。
本当なら一回きりの経験を得てなお生きているのは、ユニクから貰った漆罪咎を律する装飾のおかげ。
「キミの死因は食い意地による注意力散漫。アホの子にはお似合いの最期だよ」
ワルトナは、いつもの悪い顔で笑っていた。
私のミスを指摘するときの、『しょうがないなぁ』っていう顔。
だからこそ確信した。
ワルトナは私を殺す気がない。
そして、私を怒らせて殺させようとしている。
神殺しの矢を使ったのも、私に本気の殺意をぶつけて錯覚させる為。
だって、ユニクから貰ったプレゼントをワルトナが失念するはずがないから。
「あの子を君の身体に宿らせた後、リリンサ・リンサベルを対象に亡失の魔法を発動する。そうするとね、キミが行った過去があの子に置き換わる」
「……ぇ」
「僕や、ユニ。セフィナ、ノウィン様。世界中の全ての人が知る『リリンサ』が『あの子』となり、思い出が再構築される。そして、その後に、リリンサは残らない」
「……待って」
「友達を殺した僕の罪悪感も、恋人を救えなかったユニの後悔も、家族を亡くしたセフィナやノウィン様の悲しみも、そこにはない。みんな薄暗い過去リリンサなんて覚えていない」
「やだ、そんなの」
「誰も困らないし誰も泣かない、ハッピーエンド。これが、僕が望んだ真の『逆行する真実の虚偽』だ」
この言葉は、正直、効いた。
嘘だと分かってはいても、『できる』と理解してしまえば意識せずにはいられない。
でも、何とか耐えた。
動揺はしたけど、最後までワルトナを信じ切ることが出来た。
「僕にとってキミは本当に大切な人だ。後で忘れるとしても、今の僕にとっては掛け替えのない親友なんだ。あんな最後は納得できない」
「私だって」
「だからね、リリン。本気で戦おう。どっちがどっちを殺しても文句なし。全部出し切って、勝った方が幸せを手に入れる。それでいいね?」
「……分かった。それでいい」
ここが、この二日間のMVP。
友達を信じる、そんな当たり前のことが出来た自分を誇りたい。




