第216話「羨望の無尽灰塵④」
「そうだねぇ。想像を絶する世界の至宝だねぇ。そんなもんをタヌキの尻尾と合体させるな、こんのアホの子が!!」
本気の殺し合いの合間に、ささやかな愛嬌を……、か。
「いつものノリ」で入れるツッコミも、もう、残り少ないだろう。
平均的な表情のキミの感情を揺さぶる、旅の目的の中には、そんな目標だってあったんだ。
だからこそ、僕は最後までリリンの心を揺さぶり続けるよ。
僕の望んだ未来を実現させるために。
「大方、ホーライ様の昔話を聞いて思いついた作戦だろ。なら、準備時間は2日しかなかった訳だ」
「ん」
「ついで言えば、昨日は魔力を貯めるどころか消費している。違うかい?」
『聖刻杖・ルーンムーン』
七賢人の長、カーラレス・リィンスウィルが開発した魔道具であるこの杖は、あらかじめ覚えさせた魔法を無効化して吸収する、魔導杖の頂点と呼ぶべき代物だった。
カーラレスは当時の全ての魔法を記憶させることで、大規模個人魔導以外の魔法に絶対の優位性を持たせていたからだ。
だが、数千年の時を経た現在、ルーンムーンの真価は失われてしまった。
後の時代の使用者は無効にしたい魔法のみを残し、記憶されていた魔法をエネルギーとして消費。
その考えは加速してゆき、やがて、必要な魔法すらも窮地を乗り切る手段として使用されていったのだ。
そうして魔力が枯渇した聖刻杖・ルーンムーンは、真名すら忘れられた『星杖・ルナ』として長い時代を過ごした。
大聖母と人間の皇の娘に受け継がれるまでは。
「ひと昔前のキミの主武器だ、この僕が性能を知らないとでも?」
「武器は同じでも、使い方が違う」
「そりゃ、尻尾なんか生えてなかったしねぇ。今だから言うけど、ユニはその尻尾にドン引きしてるよ」
「む”ぅ!!」
適当に混ぜ込んだ煽りに、神殺しの矢を添えて。
鋭く射貫く、矢と魔法と言葉の三重奏。
全方向から迫る波状攻撃へリリンサが放ったのは重低音な鳴き声と、自分を中心にした球形の魔法無効化衝撃波。
「おや?無効化は打ち消す魔法よりも消費魔力が多くなる。魔法そのものに消滅のプロセスを盛り込むんだから、当然さ」
「ワルトナ、フィジカル勝負なら絶対に負けない。なぜなら私は、ご飯を一杯食べるから!!」
「……。これほど説得力のある言葉はないねぇ」
ワルトナのモノクルに、一つの仮説が映り込む。
それは、あの子の肉体がどこにあるのか、だ。
もしも、その場所が聖刻杖・ルーンムーンの中なのだとしたら……、リリンは8年もの間、杖に魔力を注ぎ続けてきたことになる。
あの種類の魔法矢を無効化なんておかしいと思ったが、なるほど、リリンの圧倒的な魔力量のカラクリも含めて、その杖が原因だった訳だ。
そして、ホーライ様やタヌキの入れ知恵によって、食い貯めた余分なエネルギーを自分の意志で出し入れできるようになったと。
複数の魔法を混ぜた矢も吸収した所を見ると、悪食=イーターで何らかのサポートもしてるな?
「面白いじゃないか。万全の恋敵を殺してこその略奪愛ってね」
「シェキナは魔法の打ち合いが得意だと聞いた。どっちの方が上か白黒つけよう」
二拍の呼吸音の後、互いに細めた視線で相手を見据える。
弓を引き絞り魔法を奏でるワルトナと、尻尾の残像魔法陣を吹き鳴らすリリン。
互いに打ち合わせたように右に向かって走り出し、挨拶の代わりに大規模殲滅魔法を交わし合う。
「《雷神王の掌!!》」
「《氷終王の槍刑!!》」
空間に描かれた雷の大樹に、氷の花葉が芽吹く。
美しい雷氷の針葉樹が生まれ、そして、左右から叩きつけられた別の魔法によって跡形も無く消滅。
キラキラと舞う霜の結晶に構うことなく、物質を持った矢と尻尾の薙ぎ払いが衝突する。
「んっ!!」
「おっと!!」
シェキナの矢には魔法100%と物質100%、その両方を併せ持つ矢の三種類が存在する。
多彩な効果と速度に優れた魔法矢だが、リリンサが行使する魔法無効化には弱い。
その対策として用意していた『物量で押し潰す』という戦略も、底しれない魔力量の前には不安が残る。
そして、そんな展開をワルトナは読んでいた。
リリンサならこの程度の想定外を軽々引き起こす、そんな信頼があったから。
「競り勝っ……!!」
「ってないねぇ」
ビギリ。と軋んだのは、魔神の脊椎尾の関節部。
駆動拠点に深々と刺さった矢がギアに巻き込まれ、瞬く間に炸裂する。
「原初守護聖界を貫通した……?」
「物質矢を戦闘中に創造するのは中々の手間でねぇ。当然、あらかじめ作ってあるとも。大量に」
魔法次元から取り出すだけの魔法矢と違い、物質矢を手の中に創造するに僅かな時間を必要とする。
それは、シェキナの創造は無から作り出すのではなく、この世界に存在する物質を再構成する『空想錬金術』である為だ。
だが、魔神の脊椎尾を貫いた理由は、物質矢だからだけではない。
今までの様に転移魔法で矢を呼び出すのではなく、シェキナから直接的に撃ち放つ。
複数の弦を束ねて引き絞ることで強弓と化す遠距離用の矢を、至近距離から叩きつけたのだ。
「キミが固いのなんか百も承知だよ。だって、防御重視になるように育てたのは他ならぬ僕なんだから」
「んっ!!」
「実は、シェキナの攻撃力は神殺しの中でも上位でね。キミの防御力を把握している以上、どうとでも出来るとも」
シェキナには、持ち手のハープの他に、8本の弦が搭載されている。
X字に張られた弓の片側ずつに、それぞれ4本。
八音階を司るそれは、ワルトナの動きを邪魔しない様に透過できる半魔法物質。
威力と効果が違う8種類の弦を使い分けることで、さらなる多彩な攻撃を可能とする。
「算数が嫌いなリリンちゃんに質問だよ。4種類の弦の組み合わせ総数×2は?」
「100種類くらい!!」
「あー、惜しい。正解は128通りでしたー」
考える気がまるでないリリンサの答えへ、3本の弦を束ねた矢を返す。
衝撃力、貫通力、飛距離……、8つのパラメーターを弦の張り具合で調節するその矢の威力は、弓を扱った事がある者にしか想像できない。
ソドムと接続されているならいざ知らず、リリンサ単体の経験で看破するのは不可能。
そう判断したのはワルトナのみならず。
「防げないなら、回避すれっ……」
「遅いよ。それじゃ」
現在のリリンサは、認識阻害が掛けられた矢を直接的に認識しているのではない。
周囲の環境変化を読み取り、そこにあるだろうという予測で動いているに過ぎないのだ。
だからこそ、攻撃の前に尾を差し込む防御と、身体を動かす回避には雲泥の差がある。
リリンサの肩に刺さった物理矢が骨を破壊して貫通。
だらりとぶら下がった右腕、その無防備へ向かい速度の速い魔法矢が飛来する。
「つっ!!」
「そろそろ飽きて来たからね、フィナーレと行こうじゃないか」
ギリギリのタイミングで差し込まれた魔神の脊椎尾、だが、その外装にいくつもの矢が突き刺さる。
防御魔法に着弾した瞬間、魔法矢が発していた音色が変化。
ワルトナが遅れて放っていた物理矢と交代、防御を貫通し魔神の脊椎尾の駆動を破壊、動作不良を引き起こす。
「じゃあね、リリン。キミを忘れて、僕は幸せになるよ」
翳した矢で狙うのは、リリンサの首。
声帯を直接破壊し、回復手段を行使させない――、別れの矢。
込める威力は4本の弦をまとめた、最大最強。
「《鎮魂の雨奏》」




