第198話「慶弔の神楽舞い」
「ここは……、すごく、もふもふ……、です」
暖かな毛並みに抱かれ、サチナは目を覚ました。
頬を、いや、全身をくすぐる白い光景にここが天国なのです?と錯覚しかけるも、確かに覚えがある匂いで正気に戻る。
手がある。
足も、尻尾も。
そこには、使い慣れた幼い身体がある。
そして、怒りに任せて覚醒する前の温泉郷の幼女将のままの姿で、ポロリと涙をこぼした。
「ホロビノ……!!」
感極まって涙声になるも、サチナは泣かなかった。
周囲に居るのは自分を抱きかかえているホロビノのみ、だからこそ、勝者に喝采を贈れるのは自分しかいないと思ったからだ。
「よくぞ、勝った、です!!」
「きゅあ!!」
サチナにとって、ホロビノはしっかり者の弟という認識だった。
時の権能による記憶閲覧は、現在の光景から時系列順に遡っていくのがセオリーだ。
だからこそ、数年分の記憶を遡り、誕生してリリンサに拾われる記憶まで見た段階で、ホロビノの年齢は3歳ほどだと思った。
見識が豊かなのも、旅の途中で交流していた各地のドラゴンから貰ったものだと勘違いしたのだ。
そして、ホロビノが数千年を生きる竜だと完全に理解したのは、ダンヴィンゲンの記憶を読んだ後。
戦いに必死になる中の思いがけない情報、だからこそ、サチナは希望を戴く天王竜の力を知っていた訳ではない。
彼女が信じたのは――、しっかり者の弟の実力。
「すげー、です!つえーです!!ホロビノーーっ!!」
明瞭な意識となったサチナは、改めて、ホロビノの記憶を読んだ。
そこには、自分が死んでからダンヴィンゲンが倒されるまで、そして、現在も行われている世界再生の一部始終が映っている。
『超新星臨界』
崩壊していくダンヴィンゲンのまばゆい光に照らされている世界は、ことごとくが破壊されている。
空には、ダンヴィンゲンの節足によって突き破られた次元の風穴があり、バチバチと軋みを上げている。
だがそれはマシな方だ。
木星竜が飛び立った跡地は暗い色の土が露出、無事だった森も樹木の殆どが横薙ぎに倒れている。
そして深刻なのが、ダンヴィンゲンの攻撃の余波を受けている点だ。
サチナに向けて放たれた外骨格鎧砲弾が大地に激突し、岩盤プレートを安々と破壊。
噴出した溶岩の噴流に焼かれ、至る所で火砕流が発生。
それが飛び散った場所は大火事、ある一点を除いた見渡す限りの環境が、紅蓮の地獄と成り果てていた。
「気に掛けたけど、温泉郷にも被害が出た……です」
焼け残った一点とは、温泉郷のことだ。
サチナは木星竜と戦う時から温泉郷と自分の位置取りを気にかけ、直接的な攻撃の余波が行かない様に立ち回っていた。
だが、戦いの規模が大きく、そしてなにより、ダンヴィンゲンという格上の攻撃を捌くのに精一杯となってしまった。
だから、温泉郷が形だけでも認識できる程度に残っていることは奇跡に近い。
ダンヴィンゲンの攻撃を一発でも受け止めるなど、白銀比にすら不可能なのだから。
「サチナは罪滅ぼしをしなくちゃならねーです。だからホロビノ、サチナにも手伝わせろ、です!!」
「きゅあ!!」
世界の現状を認識したホロビノは、躊躇することなく時命の権能を開放した。
それは、左手に持っている、創生の効果を持つ片刃大剣。
物質と命――、世界を構成するモノすべてを再生させるべく、その刃を振るったのだ。
世界に記憶された光景から任意の状態を切り出し、それを現在の状態へ上書き。
舞い上がる熱と煙、燃え盛る大地、灰となった命を混ぜ、元の状態への進化を促す。
だがそれは、死に終えた過去を持つ不完全な復元だ。
竜であり、命の権能がベースになっている時命の権能では記憶の理解・習得の練度が足りず、目標を与えて進化させるという方法しか行えなかったのだ。
「《時永久の神楽殿》」
「きゅあん!」
「「《狐楽演舞・永遠竜世!!》」」
神事を執り行う巫女服を身に纏ったサチナが、鈴が付いた錫杖を振りかざす。
シャランと響いた音色は世界に浸透し、12時間前の己の姿を克明に思い出させた。
そして、ホロビノによって翳される再生の光が時間逆行を呼び起こす。
そうして、世界は完全に修復された。
物質は過去へと戻り、そして、不要となった未来を削除。
戦いが起こる前の、サチナが愛した平和な日常が再誕したのだ。
「所で、ホロビノ。木星竜兄様とダンヴィンゲン、その他もろもろ強そうな魂が全部まとめてホロビノの尻尾に入ってるのは、なんでです?」
「きゅあーぐろっす!」
「勝敗に関係ありそうな奴を片っ端から捕まえてある?ふはっ、悪い奴です!!」
久遠竜鬼のルールでは、勝敗に関係ある生物が死んだ場合、即時復活可能なクリスタルと化すと定めている。
これは両陣営の狐が触れる事で魔力消費無しで蘇生が可能というものであり、ダンヴィンゲンに追い詰められたサチナもこのルールを使ってホロビノを蘇生させた。
そして、サチナが悪い顔でホロビノを撫で回しているのは、ホロビノのもっふもふな尻尾の中にクリスタルが格納されているから。
ダンヴィンゲンを真正面から打ち倒す王竜の尻尾からクリスタルを奪い取るなど、金鳳花には絶対に無理だとサチナは知っている。
「よう、サチナ、ホロビノ。よく頑張ったな」
「!!帝主様、あの惨状で無事なのは、流石なのです」
もう間もなく、世界の再生が終わる。
久遠竜鬼の戦いによる影響は完全に巻き戻され、木星竜が横たわっていた森も、サチナが木星竜にバラまかせた種によって復元された。
そんな渦中から駆け上って来たのは、赤い髪の英雄・ユニクルフィン。
サチナは記憶を読み、外骨格鎧砲弾を一刀両断した光景を目の当たりにし、少しだけ目を丸くした。
「見てたぜ。2匹とも随分と強敵だったな。だが、勝っちまうとは恐れ入ったぜ!!」
「ホロビノのおかげなのです。サチナだけじゃ木星竜兄様に勝つのですらギリギリになるです」
「そりゃホロビノもだろ。サチナがいなけれりゃ苦戦しただろうしな。俺は両方を褒めてるんだぜ!!」
「です!」
「そんで、勝利を祝いたいのは俺だけじゃねえ。今頃、大魔王陛下が祝勝パーティーの準備を進めてくれてるさ」
サチナが向けた視線の先にあるのは、一隻の飛行船。
天窮空母・GR-GR-GGが鷹揚に広げる翼は紅白の祝勝旗に変わり、カラフルな紙吹雪を纏って飛んでいる。




