第172話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-キツネside⑦」
「家族団欒の邪魔ね……。良いじゃん別に、もう一回やればさ」
ローレライが憧れ欲した家族団欒は、もう、叶わない。
生きているなら、取り返しが付くのなら、またやり直せばいい。
それは、彼女の心の底からの本音だ。
「はぁ?言葉で言うほど簡単に出来るなら、苦労はしないんですよ」
「にゃはは、その苦労が羨ましいけどね。私的には」
「?それで申し開きは終わりですか。苛立ちを紛らわすには足りませんが」
突然、遭遇した自分に殺されかける、それは、レーヴァテインを命に届かせるには十分な不意であるはずだった。
その中でたった一つの想定外、それは、エデンがレーヴァティンの能力を理解していた事だ。
那由他による神殺しの知識封印は、悪食=イーターを介して行われる後天的な記憶摂食。
だが、現在の那由他はハナちゃん達と酒盛り中。
それゆえに能動的な記憶操作は行われず、悪食=イーターの記憶消去にはタイムラグが発生している。
「そっちはまさしく遊び感覚なんだろうけどさ、おねーさん達は必至なんだよね。そりゃ、奇襲でも何でもするさ」
「弱者の戦略は嫌いじゃないんですよ、というか、私から見たら大体が弱者な訳ですし」
「じゃあ、何に苛立ってるん?」
「そこに白銀比がいる事ですね。さっきの私は権能で作り出した分身でしょうし、グラム=エンド=ゼロが記憶されたこととか、流石に不愉快に思ってまして」
エデンは冷静に状況を検分し、ローレライに敗北したと理解した。
その点については全く怒っていない、それどころか、敗者なのに生かされている事に感謝すらしている。
だが、エルドラドとの戦いを邪魔されたこと、息子に不甲斐ない所を見せたこと、そして、記憶の権能を持つ白銀比に自分の実力を覚えられてしまったこと。
それらの後に響く失態の原因と、それを演じた自分を容易には許せない。
「おねーさんとの一騎打ちで勘弁してくれないかな?」
「ゴモラさんやカナンさんが見ていますしね。これ以上、エルに嫌われたくないですし」
「にゃはぁ……、よっし、やるかにゃ」
抉られたローレライの腹には既に、薄い膜が張られている。
レーヴァティンの適応進化の効果により最低限の処置が行われているからだ。
だが、失った血液と体力は戻らない。
立っているだけで疲労を感じる身体で仰ぎ見る世界第4位は、あまりにも、高く遠く。
砕けそうになる弱い心を、ローレライは疑って否定する。
「エデンよ、わっちも子を持つ親でありんす。家族団欒に思う所もあるなんしな」
「あら、珍しく意見が合いましたね?それで」
「なぁに、詫びを兼ねた交渉でありんす。天窮空母に被害を出さなければ、お前の戦いに関する記憶を、ここにいる全員から消してやるでありんす」
「グラム=エンド=ゼロの情報流出を防げると?」
「どうせ、この後も遊びに参加するなんしな?次の狙いは、グラムを持つユニクルフィン辺りでありんしょう」
「カウンターを避けられずに死に掛けてる彼女では、腹の虫が収まらないのは当然でしょう」
白銀比の提案を聞いたローレライの背筋に、嫌な悪寒が奔る。
可愛い弟に尻拭いをさせる……、所の話ではない。
エデンは手札を隠したまま、神殺しに最大の警戒を抱いた状態で戦いを仕掛けるだろう。
それは、ユニクルフィンの勝ちの目を潰す行いだ。
「どうするなんし?」
「いいですよ。約束なさい」
「《ゆーびきりげんまん、嘘ついたら、針千本のーます。指切った》。これで良いでありんすな?」
「私も貴女も、針を千本飲んだくらいじゃ死なないのでは?」
「じゃあ、《ゆーびきりげんまん、嘘ついたら、那由他の飯を横取りすーる。指切った》」
「あーそれは死にますね。確実に」
冗談みたいな約束も、震えあがったゴモラを見れば納得するしかない。
白銀比の真意も予想しつつ、憂いを捨てたローレライはレーヴァティンを強く握る。
「……《第四魔法次元、解放》」
「好きなだけ強化なさいな。食材は調理されている方が美味しいのですから」
「《神聖幾何学魔導と絶対視束を接続》、レーヴァティンの進化を適用。神の名の下に、魔法よ、写ろえ》」
「魔法十典範と、魔法創神典で出来た肉体の融合、終生を行う唯一神の疑似再現でしょうか?わぁ、美味しそう」
「《疑神代名詞・”終わらぬ未来を紡ぎ出そう”》」
それは、ローレライが思いつく限りに組み上げた、神が行うであろう終生時のプロセス。
世絶の神の因子を最大限に強化し、足りない才覚をレーヴァティンを使って無理やり進化。
デメリットを全く考慮しない、この瞬間の為だけの境地。
その心意気は無茶と無謀を繰り返した、とてつもなくムカつく老爺を参考にしている。
「蟲はね、私の好物なんですよ」
動き出したローレライに語り掛けるような、呟き。
エデンは目を閉じて思い出し、味わう。
王蟲兵……、過去の強者の味と、これからの美味を。
「神蟲召上グラム=エンド=ゼロ。神と蟲を食べる為に生み出したこの技は、私が磨き上げた至上のテーブルマナーです」
食事とは、一方的な捕食行為だ。
既に息絶えた生物を口に運び、味わう。
抗う以前の問題――、概念を破壊するグラムの一撃は、認知不能、不可避の一撃。
「料理の中心にナイフを立て、匙を入れる。溢れた肉汁を掬い、味わう。心躍る瞬間とはまさに、このこ……」
ローレライの腹を切り分け進むグラムの感触に、違和感があった。
それは、まるで、肉だと思ったものが皿を彩る飾りだったかのような――、偽り。
「これ、レーヴァティンの……!」
「お前に神の肉体は勿体ない。食品サンプルでも齧ってろ。そして」
過去に付けられた傷の上を寸分違わずに通るグラムの刃が破壊するのは、レーヴァティンで作った疑似肉体。
下半身を両断されたという事実は残るものの、即死に至ることはない。
それは、レジェリクエが仕掛けていた運命。
確定確率殺害、もっとも低い確率を手繰り寄せる魔法により、ローレライは勝機を掌握する。
「味わいなよ。おねーさん達の特別な晩餐」
剣を振り抜き終えたエデンと、攻撃モーションに入ったローレライ。
右肩から入ったレーヴァティンの切っ先が、肋骨を断ち、肺を裂き、そして心臓へと。
「食い止めなさいッ!《神戒既食・ラグナロク=ルーラーァァ!!》」
剣の進路に割り込んだ白と黒の二重球体ペンダントが、レーヴァティンの切っ先を嚙み殺す。
早打つエデンの心臓、だがそれは、傷一つなく血液を送り出している。
「いいですね、すごく良い。命を脅かす獲物を、屠り、食す。これこそまさに食事の醍醐味っ!!」
「ごほっ……、ちぇ、まだ足りないかぁ」
「人の肉は癖が強い、それもまた美味なのです。さぁ、ゆっくり味わいましょうね。ふふ」
皿の上の料理を切り分けたら、後は口に運ぶだけ。
グラムに付いた血に舌を這わせ、ゆっくりとテイスティングし、嚥下する。
上半身と下半身に分けられたローレライの命は潰えない。
彼女はもう、料理という別の存在へと破戒されている。
食べられる以外の終わりを、迎えることは無い。
「エデンの勝利なんしな?」
「えぇ。勝利の祝杯を共に味わうというのも、たまには良いかもしれませんね?一緒にどうですか?」
「くすくすくす、約束を果たすのが先でありんしょう」
「……え?」
突然白く塗りつぶされた視界の中で、訳も分からず立ち尽くすエデン。
時系列が分からない。
確か私は、エルに後ろから突き飛ばされて……?
白銀比は消したのだ。
この場にいる――、エデンを含む全員から、これまでの戦いの記憶を。
「《極楽遊妓・子守歌》」
「え?」
そしてついでに、エデンの記憶の中から幸せな思い出を呼び起こす。
それは、不安定機構の神殿で飼われていた時代。
シアンにたっぷりとおやつを貰って満腹な状態でする昼寝、そんな幸せの記憶はエデンを深い眠りに誘った。
「すぴー。むにゃむにゃ、もうたべられませーん……」
「おい、ゴモラ。こいつをどうするなんしな?」
丸くなって眠り出したエデンを見下ろして指差し、白銀比が問う。
記憶を消され状況が理解できていない……、そんなゴモラの答えは、白銀比が満足するものだった。
「窓からポイ捨て?」
「なら、さっさとやるでありーんす」
しれっと人型になったゴモラは躊躇なく、エデンの襟首を掴む。
そして、そのまま窓に向かって引きずり、思いっきり投げ捨てた。
「ぽーい!あ、これって不法投棄?何も見ていないって事でどうぞよろしく」
「くすくすくす、日頃の関係性が伺えるなんしなぁ」
「エル程じゃなくても、割とウザい」




