第107話「恋人狼狐・朝の考察①」
「ちくしょう……、誰も見つからねぇ……ッ!!」
失敗したと気が付いたのは、今から2時間前。
一度、サチナ達と合流して状況を整えようと白銀比の部屋を訪れた俺達を出迎えたのは、凄惨な血の海だった。
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「リリンに伝言は伝えた。ゴモラ達と協力してダルダロシア大冥林の襲撃に備えてくれと。それと、なぜか師匠がいるらしい」
「エアリフェード様が?へぇー、それは心強いねぇ」
「そっちはどうだ?サチナはセブンジードの記憶封印を解けそうか?」
「頑張ってたよ。表情から察するに、順調に進んでるっぽい」
リリンと関所で打ち合わせをした後、俺一人で白銀比の部屋に向かっていた。
再度の襲撃に備えつつ、移動をそれなりの速度にして白銀比も捜索。
深夜だというのに騒がしい街並みを見ていると、命を賭けた戦いの最中であることを忘れそうになる。
もうすぐ白銀比の部屋がある銀鈴の湯……、そんな所で真正面からワルトが現れた。
立ち止まって俺とリリンの状況を伝え、ワルトに指示を仰ぐ。
「これからどうする?もう一回襲撃されるかもしれないし、どっちかサチナの護衛に付くか?」
「いや、2度目の襲撃はないよ。それはルールに反するからね」
「ルールに反する?」
「人狼ゲームのだよ。人狼側が行える襲撃は一晩に一回。そして、その襲撃は騎士であるユニが防いだ。だから大丈夫」
「それは……、いや、これは神が求めた鑑賞娯楽。だから、ルールがある。ってことか?」
「正解!いやーユニは物分かりが良いねぇ、リリン以上だねぇ」
……それは褒めてるのか?
比較対象が大魔王ハムスターなので、いまいち喜びきれない。
「ということで、僕らは白銀比様を探そう。あ、サーティーズには先に声を掛けてある。現金即決払いで」
「時の権能の結界をどうにかしねぇと、リリンと合流できないしな。大丈夫だと思うが、外がどうなっているのかも気になる」
「実は、ラグナにはリリンを守るように指示を出してある。タヌキもいるし万が一もないだろうけど……、確かに、妙に静かなんだよねぇ」
結界越しに会話をした時にリリンが言った異常な魔力を、俺は感じなかった。
ってことは、何らかの認識錯誤が結界に掛かっている。
それがサチナや白銀比の意図するものなら良いんだが、敵側が用意したものならば、外にどれだけの危険が潜んでいるのか分からなくなる。
「リリンやセフィナの安全確保は当然だし、戦力的な意味でも、できるだけ早い合流が望ましいね。白銀比様と交渉し、サチナ達を連れて一度温泉郷の外に出ておきたい。師匠がいるなら尚更だ」
「だな。俺はどこら辺を捜索すればいい?」
「人通りの多い所を探しておくれ。チラシを配りながらね」
「これは?」
「観光客にとって、人狼狐は温泉郷の公式イベント。そして、罪悪感なく狐の心臓を狙っている。このチラシは、その認識を改める為のもの、ほら、『狐が持つ心臓とは心臓型の鍵型アクセサリである』って書いてあるだろ」
「なるほど。このチラシ、認識改変の魔法が掛かってるのか。見た人は鍵型のアクセサリを探すようなる訳だ」
「サーティーズには思想誘導をメインに、ユニには捜索をメインにしつつ、双方を両立して貰う。いいね?」
「任せろ!」
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何が任せろ!だ。
任された仕事があったとしても、それより優先するべきことはある。
安全第一。
そんな当たり前の常識を疎かにした結果、サチナやテトラフィーアを失ってしまった。
「くそ……」
「ユニ」
「ワルトか。そっちも……、ダメだったみたいだな」
チラシが無くなった俺はワルトと合流し、サチナの所に戻ることにした。
最初に気が付いた異変は、仕掛けていた罠が解除されていたから。
焦る気持ちを押して部屋に突入し、そしてそこにあったのは、明らかに致死量を超えている凄惨な血の海と夥しい数の弾痕だった。
そうして俺達は間違いを理解し、何人かの仲間を失った。
部屋の中に居るはずだったのは、サチナ、テトラフィーア、ヴェルサラスク、シャトーガンマ、セブンジード、メイの6人。
この血が誰のものかは分からない、だが、一人や二人分にしては多すぎるように思えた。
「サチナはまだ生きている。結界が消失していないからね」
「白銀比が上書きしたとはいえ、元はサチナの結界。サチナが死んでいるなら消えるのが自然だったか」
「……だけど、即座に殺せるような状況になっている、と思う。それに、テトラフィーア達はもう」
「言うな。お前の口からも聞いちまったら、俺の中で覆せなくなる」
気が動転する中でワルトと一緒に出した答えは、『カミナさんとメナファスに襲撃された』だ。
罠の解除はカミナさんが行い、そして、凄惨な血の海はメナファスが。
戦闘力が高いサチナにどうやって勝ったのかは不明、金鳳花が直接乗り込んだのか、あるいは別の方法か。
俺はもう、そこに興味を抱けなかった。
歩くたびに跳ねる赤い音。
それが誰のものだったのか、そして、それを行ったであろうメナファスへの感情ばかりが煮えたぎっていて。
「すぅ、はぁー、悪い。お前に八つ当たりしても何にもならねぇのにな」
「間違っちゃいない。これは全部、僕のせいだからね」
「いや、それは」
「夜の襲撃は一回だけだと決めつけたのは僕だ。護衛を付けるという君の意見を下げさせたのも」
「一緒に判断したんだ。お前だけが悪い訳じゃない」
「悪いさ。君は僕を信じ、この言葉に従った。間違った判断を下した以上は、責任は僕にある」
お前のせいにして良い訳ねぇだろ。
信じる……、いや、思考を停止して意見に乗っかることで、楽をしようとしたのは俺だ。
ワルトに任せておけば大丈夫、そんな俺の甘えが、この事態を引き起こした。
「どっちが、とかさ、そういうのは後にしようぜ。今は捕らわれた仲間をどうやって助けるかだ」
「先に聞かせておくれ。……それには、労力に見合う価値が残されていると思うかい?」
「どう、いうことだよ?」
「捕らわれた仲間とキミは言うが、生きているのはサチナだけだ」
「言うなと……。理由は、なんだ?」
「襲撃者がメナファスだからだ。彼女はもともと、殺人を厭わない。レジェも必要だと判断した殺しは躊躇わない。そして、その論理感は無色の悪意で強化されている」
「……あぁ」
「超越者の僕とキミが本気で探して痕跡すら見つけられない。なら、サチナを含めて一切の抵抗が出来ない状況だ。もしも、テトラフィーアが無事なら、何らかの方法で僕らに情報を残すだろう」
「だからって、見捨てて逃げろって言うのかよ」
真っすぐ見上げるワルトの視線が、俺を捉えた。
そして、俺が聞きたくなかった意見を射ち放つ。
「……そうだよ、ユニ。もう残っているのは僕とユニ、リリンとセフィナだけだ。あとは裏切ったか、殺された。これから頑張ったとしても、もう、『友達』は取り戻せない」




