第80話「人狼狐・夜の襲撃、ゴモラも暴走」
「……素直なのは良いこと。どう?大人しくダルダロシア大冥林の中に帰るなら、見逃してあげても良いけど?」
リリンサと別れて歩くこと、400m。
走れば3秒も掛からない程度の移動、されど、鬱蒼と茂る森の中を考慮すれば、互いの戦闘を邪魔しない程度には離れている。
そんな絶妙な位置に陣取ったゴモラは、やる気なさそうに空を見上げながら呟いた。
そして、その「めんどくさい」オーラ全開の挑発は皇の矜持を酷く傷つける行いだ。
「所詮は眷皇種風情が良い気になるな。皇どころか、仕える者の中でも頂点に立てぬ半端者め」
「はぁ、種族の格を考慮できないとか。タヌキと負け犬じゃ比べ物にならない。って、言っても理解できないよね、霧霊犬皇・サーベロス」
ストン。っと木の上から飛び降りて来た、三つ首のケルベロス。
その体の末端は闇を放ち、四肢の先端は消えている。
それはまるで、空間に犬の首が三つ浮かんでいるような、不気味な姿だ。
「で、やっぱりお前は先陣を切れないよね、幻鏡豹皇・アステカトリポカ。他者の真似しかできないから、鏡みたいって馬鹿にされる」
「よりにもよってタヌキがそれを言うのか。理知深いと言って欲しいものだがな」
ゆらり。と景色が歪み、黒い身体に黄色い円模様が描かれた巨躯が出現。
一般的な豹とは逆の模様を持つ異常個体は、直視しただけで抗いがたい恐怖感を抱かせる。
「ちょっと前までイキってたくせに、ラグナガルムが皇に覚醒してからは見るも無残な扱いを受けている負け犬共。二匹掛かりで挑んだ癖に負けたとか、面白過ぎてごはんが美味しい」
「……。ただの戯れだ。若輩の皇に花を持たせてやっただけのこと」
「……そうさ。我らもそうしてダルダロシア大冥林で名を馳せた、借りた恩を返したにすぎぬ」
「ふーんそうなんだ?ところで白虎皇・ヒャクゴウ、ザ子守りは大変だね?」
「まったくだ。身の程を弁えられぬ馬鹿が多すぎて困る」
その虎は、別に、何らかの能力で姿を隠していた訳ではない。
ゆったりと草の上に寝そべり、欠伸すらしている余裕。
そんな隙だらけの行いをしているにもかかわらず、いや、それが自然体であるからこそ、背景に溶け込み認識させない。
「ゴモラよ、良いのか?あの人間は死ぬぞ」
「どうして?」
「チィーランピンが相手ではな」
「お前を相手にするよりかマシ。相性が悪すぎ」
無色の悪意が仕掛けてきた。
それは、リリンサとワルトナが心無き魔人達の統括者を結成した時点で、ゴモラには分かっていたことだ。
だが、神が求める物語の中には、カーラレスとシアンの一族の戦い――、無色の悪意とリンサベルとの決着が含まれている。
『知識を蓄える儂らの過度な介入は物語を歪め、結果、神の終世を引き起こす要因になる。自重するじゃの』
そんな那由他の警告を軽んじることは出来ない。
だが、
『しかし、ソドムとゴモラは当事者じゃの。故に、ひとつ例外を設ける。何がよいかの?』
そんな那由他の思いやりへ奏上されたのは、『ムカついたらやり返す』という、曖昧すぎるマイルール。
あまりにもクソタヌキムーブ過ぎると他のタヌキ帝王がどよめく中、那由他はそれを承認した。
「犬も豹も、滅亡の大罪期でだいたい死ぬ。でも、お前は余裕で種族を生き残らさせ、高みの見物を決め込む。流石に、リリンサの方じゃ厳しい。やりすぎ」
「チィーランピンだってそうだろう?」
「小賢しいアレ相手なら付け入る隙はある」
「あぁ……そういうことか。保護者が違うだけではないか」
何かに納得したヒャクゴウは白い尻尾で落ち葉を叩き、挑発するように撒き散らせた。
バラバラと散ってゆくその中を、二匹の黒い皇種が駆ける。
既に意思の疎通を終えている、完璧な連携。
回避しようのない爪と牙が、ゴモラの柔らかそうな首筋を切り刻み、嚙み潰す。
「……ちょうどいい。教材を用意しようと思っていたところ」
「なんっ、」
「だとっ!?」
「ちゃんを教えないとダメだと判断した。なにせセフィナの暴走は、三回、世界を終わらせられる威力」
「分裂魔法か!?」
「小賢しいのはお前だ、ゴモラァァ!!」
「くすっ、レッスンわーん、正しい杖の使い方。《サモンウエポン=神魔杖罰・メルクリウス》」
しゃらり。と音を鳴らして、身の丈ほどもある杖がゴモラの手中に顕現した。
それはある意味で、神と等しきもの。
『魔法』と『魔術』の杖であるそれは――、魔法次元そのものだ。
「えー、これはご存じメルクリウス。アプリコットからあの子、そしてセフィナに受け継がれた凄い杖」
「ふざけっ……」
「という事で、《覚醒せよ、神魔杖罰・メルクリウス=神編を紡ぐ言葉》」
ゴモラ、魔法次元とは神様が作った世界の理なんですよ。ですから、私といっぱい勉強して、ノワル様より賢くなりましょうね。
ヴィギルンルン!
懐かしい思い出、大切な記憶。
大好きな主人の思いに応えるためゴモラはあらゆる魔法を覚え、そして、シアンと共にメルクリウスを作った。
人間ではないゴモラが、人間に与えられた恩恵を100%使いこなす方法。
この杖は、『声帯』という人間に与えられた鍵の代わり。
神の理を無視して魔法次元を開錠する、世界創造ツールを無制限で行使する力だ。
「レッスン、つー。上手な魔法の使い方。《原初守護聖界》」
11本の鍵が取り付けられた錫杖を鳴らし、ゴモラがドヤる。
そして、子供に勉強を教えるように、ゆっくりと解説を始めた。
「固っ……、かみ、くだ、けぬ!?」
「防御魔法は自身の身を守るだけじゃなく、攻撃にも転用できる」
「っ!?」
「例えば、攻撃魔法を閉じ込めておく。これはリリンサも良くやる手法」
噛み殺したゴモラの分身を吐き捨て、アステカトリポカは身体を返していた。
長い牙を見せつけ、そのまま別のゴモラの命を奪おうと顎を閉じる。
だが、ゴモラが差し込んだ四角いキューブが口の中につっかかっている。
「無駄だよ、アステカトリポカ。反射の権能では対処不能」
「!?!?」
「知っている。ゴモラは知っているよ、お前の性格や癖、権能、その性能をゴモラは見ている」
『幻鏡豹皇・アステカトリポカ』
種族 黒曜石豹
年齢 推定530歳
性別 オス
称号 幻鏡豹皇・アステカトリポカ
危険度 大国滅亡の危機
『基礎情報』
黒曜石豹とは、その名の通り、黒曜石のような毛並みを持つ豹の一族だ。
天然ガラスとも呼ばれる黒曜石は光の反射率が高く、古来より、周囲を映す鏡として用いられてきた。
その特性に目を付けた古い豹の皇は黒曜石を集めて砕き、幼い我が子にまぶして外敵から身を隠させた。
そんなことを繰り返す内に黒曜石豹という種族となり、こうして、皇となる力を有するまでに育ったのだ。
『戦闘能力』
滅亡の大罪期で継承された皇は、前代が命を賭けて遺した状況の打破を権能に願う。
それはアステカトリポカも例外ではない。
この大陸で生まれたカツボウゼイが起こした渇望した命脈は、吸血を好む蟲の大量氾濫が原因だった。
空に逃げるダルダロシア大冥林の中から見た、皇の背中。
そして、種を生き残らせるために情報収集に向かった皇の記憶が己に宿った時、アステカトリポカは奮起した。
絶対に種を生き残らせる。どんなことをしてでも、必ず。
そう口に出して誓い、その意思は鋼の石となって全身を覆ったのだ。
『反射の権能』
自分及び、黒曜石豹の毛皮に外部からの影響反射能力を付与するそれは、光を歪めて姿を消すだけではない。
体表に浮かんだ黄色い模様は集約された光エネルギー、それを爆発させて駆ける時、アステカトリポカは光速に近しい速度となる。
「確かに反射能力は強くて、対処が面倒な部類」
「ッ!!《反射の権能・集積ッ!!》」
木々の隙間から差す月光を集め、牙に宿す。
太陽光に比べ明らかに劣るエネルギーしかない月光、だが、牙の内部で乱反射させその先端に集約させたのなら。
ゴモラが作った原初守護聖界のキューブにヒビが走る。
それを見たアステカトリポカとゴモラ、その両方が笑った。
「馬鹿が、しょせんは――」
「でも、手の内がバレている奇襲タイプ程、弱い奴はいない」
「――ッ!?」
「反射は向かって来たものにしか効果がない。こういう風に、引き寄せて絡み取る魔法にはまるで無意味」
「がっ、ぎぃ、がががが……!!」
「この魔法は、《五十重奏魔法連・原界に潜みし銀河王》、創生魔法系統でもトップクラスに便利」
アステカトリポカの口の中から、銀河の海が噴出した。
それは狭いキューブの中に閉じ込められていた、水の魔法十典範。
「……!!《霧限の権能ッ!!》」
「お前の権能を知っているゴモラが、どうして、水の魔法を選択したと思う?サーベロス」
『霧霊犬皇・サーベロス』
種族 黒妖犬
年齢 推定535歳
性別 オス
称号 霧霊犬皇・サーベロス
危険度 大国滅亡の危機
『基礎情報』
黒妖犬は体外へ放出した汗を使って霧を生み出し、身体能力低下や幻覚、上位個体になると即死の毒をまき散らす。
歴代の犬の皇は、霧に関する権能を扱い続け、気体や流体の取り扱いを1000年以上も研鑽してきた。
サーベロスの左右に追加された頭も霧で作り出した偽物であり、犬の皇種の伝統でもある。
だがそれは有毒成分で構築されたものであり、本物の頭よりも殺傷性が高い。
『霧限の権能』
霧とは実体がある物質であり、この権能には、霧を作り出す凝固と昇華を含んでいる。
液体を気体にする、気体を液体に戻す、その両方の現象を任意で起こすことができ、対象は自身の肉体だけではない。
自身の魔力で染められる物質ならば何でも、相手の周囲にある空気ですら、任意で凝結させることが出来る。
「馬鹿な、この我が水を支配できないなど――ッ!?」
「お前ごときのショボい魔力で神に対抗できるとでも?」
「なんっ……」
「メルクリウスは魔法次元を開くマスターキーであり、そして、取り出された魔法は音声による魔法陣を通っていない。つまりゴモラの魔力が混じっていない、純粋な神の魔力で構築されている」
「がっ……」
「それは真の意味での自然現象。世界を維持するための力だよ」
この世界の魔法は、自然現象の下位互換になるように位置づけられている。
例えば、熟練の剣士が雷光槍を見てから避けられるように、ランクが低くなるにつれ、頂点である自然現象から弱体化していくのだ。
だからこそ、このメルクリウスは魔法次元そのものと呼ばれる。
神経速で動ける蟲量大数ですら、メルクリウスが発動した光魔法を視認してから回避することは出来ない。
「ここまでのまとめ。魔法は相性ゲー。メルクリウスで相性が良い魔法を選択した場合、絶対に負けることはない」
アステカトリポカとサーベロスに巻き付いた液状体は、対象を飲み込み別の物質へと書き換える『変換装置』だ。
生命体から非・生命体へ。
それらの区分は物質が持つ情報によって分けられているに過ぎず、それを書き変えるこの魔法には防御という概念は通用しない。
「ごぽっ、ご……」
「奢りに溺れて、悔いて死ね。そうすれば、次代の皇はマシになる」




