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天使と〇〇  作者: 片宮 椋楽
天使とコワモテ
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第9話

「気のせいでも他人の空似でもなく、まさかのご本人登場っ!、てなことはよぉく分かったよ」


 死神はいつもの如く、空き地の土管に座り、足をばたつかせていた。

 表情から察するに、腑に落ちていないようだ。


「けど、なーんでただ平和に麻婆豆腐食ってた死確者が」死神はふと空に顔を向ける。「いやもう今は死者か」


「別にどちらでも」


 死神はコクリと頷くと、「確かに」と続きを話し始める。


「なーんで、腹に鉄刺さって(・・・・・・・)死んじまうんだよ」


 ん?


 私は首を傾げた。「何故それらを原因結果でまとめるんだ?」


「ん?」死神は意図していた反応と異なった私の反応に眉をひそめた。「違ったのか?」


「違うな」厳密に言えば。


「じゃあどこが?」


 話せば長くなる。一言では言い表せないが、「とりあえず言えることは、偶然だったってことだ」と、応えておく。


「いや、偶然って言い方は違うだろ。死因は偶然に見えても、初めから決まっていたことだ。言い換えれば、俺ら冥界の奴らには分かっていたことだ」


 今日の死神は冷静だ。


 ということはつまり、私の説明が足りなかったということだ。


「とにかく、その間には色々なことがあったんだ」


「ほう」


 仕方ない。「もう一度初めから、けど簡潔に、話すんでいいか?」


「へい、ほい」


 死神の気の抜けた返事を契機に、私は身体を斜めに向けた。


「我々が店に入ると、店員は店の真ん中辺りにある席に案内された。店内が空いていたからか、死確者が一人だと告げたのに、贅沢にも四人がけの席に案内されたんだ」




 時間帯は昼にしては遅く、夜にしては早かった。そのせいだろう、店内にはまばらな人が点々としていた。

 むしろこの夕方になりかけのこの時間にお客がいることこそ、人気店であることを示しているように感じた。


 それにしても皆、昼食を食べ損ねてしまったのだろうか……そんなことを勝手に思ったり。


 店員は、プラスチック製の軽いコップに入ったお水と、袋に入った薄いお手拭きと、半身が紙袋に入った箸を持ってきた。


「メニューはそちらの立てかけてあるものをご覧下さい。ご注文が決まりましたら、ボタンを押して呼んで下さい」


「決まってるんで、今頼んでも?」


「はい」店員は手元に伝票を用意した。


「麻婆豆腐と白飯。セットの方で」


「漬物とスープ付きの方ですね。少々お待ち下さい」


 店員はすぐさま厨房の方へと消えていく。


「最初会った時、なんで迎えだと分かったか、気になってたよな」


 死確者は私を見ながら、そう話し始めた。


「ええ」


 死確者は透明なグラスに入った水で喉を潤すと、「アニキが死ぬ二、三日前から急に呟くことが増えたんだ」とおもむろに続ける。


「けどな、独り言みたいに一人で完結する感じじゃなく、誰かと話してるような。まるで透明人間がそこにいるみたいに話してたのを覚えててな」


 死確者はテーブルに腕をつく。敷かれた白いテーブルクロスにしわができる。


「どんな奴にも天使ってのは来るんだろ?」


「ええ。訪れる日はまばらですが」


「んで、他の奴には見えない?」


「はい、霊体とは異なりますので」


「やっぱりそうだ。あの時のアニキには、そばに天使がいたんだ。そうに違いねえ」


 満足そうに小刻みに頷いた。


「ずっと疑問だったが、今日ようやく分かった」


 長い悩みが解消されたような、疑問の靄が消えたような、にこやかな笑みを浮かべていた。


「もしかしたら、アニキについていた奴はお前の知り合いかもな」


「……ええ」


 私です、そう名乗ればよかったかもしれない。だが、そうはしなかった。

 別にやましいことがあるわけではない。だから、気不味いとかそういうわけじゃない。冥界で出会った時の話のタネになることを、わざわざこの場で消費する必要はない。そう思っただけである。ただ、それだけだ。


「そういや、あの時息巻いて話した時、お前に柳瀬組だって言ってたよな? 俺、敵対していた組が柳瀬組だって話したっけか??」


 あっ。「……多分」


「そうだったっけか。そっか……」


 死確者は納得いかなそうだったが、再び含んだ水と一緒に飲み込んだ。




「今のところ、結び付かなそうだな」


 死神は欠伸を噛み殺していた。口元を見えぬようにと手で覆っている。


「もう少しだったのに」


 タイミングの悪さに思わず膨れっ面になる。


「悪かったよ。そんなむすっとするなって。そんで、いつ関連してくるんだよ」


「麻婆豆腐を食べ終えた後だ」私は事実を述べる。


「……え?」死神は目線だけ上にあげると、眉が急激に真ん中へと寄る。


「いや、料理はまだ運ばれてきてないんだよな?」


「そうだ。それから十分と少し経ってから運ばれてきたんだったと記憶している」


「なら、もう少し、ではなくないか?」


「そうか?」


「そうだろ。もう少しじゃないだろ。だって飯食い終わるまでってことは、早食いであっても十分ぐらいはかかるよな」


「まあそうだな。味わっていたから、食べ終わるまでには二十分ぐらいはあったか」


「だったら、尚更もう少しじゃないだろ」


「そう、か……」


 もう少しというのはなんとも難しい。この上なく主観が入り込んでいる言葉もそうはないだろう。


 例えば、普段五キロメートル歩いている人へ、せいぜい数百メートルしか歩かない人が「この店までどれくらいですか?」と聞いたとする。

 そこまで二キロメートルあるとして、「もう少し」だと思ってそう返した時、尋ねた人は「もう少し」を少なくとも二キロだとは解釈しないはずだ。相当な齟齬が生まれ……あれ、相当、という表現もかなり主観が入ってきてやしないだろうか?


 もういいや。これ以上考えるのが面倒になった。とりあえず今は続きを語ることにしよう。


「どこまで話したっけ?」


「柳瀬組を知ってるのか聞かれて、お前がはぐらかしたところ。だけど、飛ばしてくれ。飯食い終わって、それから?」


「それから……」




「なんだありゃあ」


 死確者は白いシャツにはねたラー油をお手拭きで必死に拭き取っていた。こするようにしてしまったせいで、広がってしまった赤とオレンジの跡。

 あー、とため息混じりに叩く動作を止めない死確者の姿をぼうっと眺めていた私の両耳に、はっきりと届いた。


「あれ、火事じゃない?」


 火事?


 思わず視線を向けた。窓際に座っていたカップルがブラインドを一本指で下ろしながら、外を眺めていた。見ている方向からして、向かいではなく、右隣のようだ。


「火事だよ火事。ヤッバッ」


 普段は見れない情景に興奮しているのか、ブラインドの隙間に片手持ちのスマホのカメラレンズを入れ、撮影し始めた。


 私は死確者に目くばせする。死確者も気になったのか、目が合った途端、お手拭きを乱雑に置いて、席から立ち上がった。


「皆さま」


 そう呼びかけたのは五十代ぐらいの給仕。死確者は腰を落とす。


「只今、隣のビルで、火災が発生致しました」

 ざわめきどよめきが聞こえる。

「こちらに燃え移る危険はございません。ですが、万が一のことを考え、安全のため、ビルの外への避難をお願い致します。皆さま、お荷物をお持ち下さい」


 それぞれの卓で座り合った人同士で目を合わせる。戸惑いながらも言われた通り、荷物を持つ。


 すぐ後ろにいた女性店員や男性店員に目配せをする。頷き交じりに、店の出口へと向かう。


「では順番に誘導致します。店員の指示にお従いの上、階段で一階までお降り下さい」


 客は少ないことも作用してか、皆はそこまで慌ててはいなかった。


「行きましょうか」


「ああ」


 死確者は再度立ち上がった。




「おうおう、関係がありそうな雰囲気になってきたな」


 死神の反応は良くなった。


「それで?」


「何も」


「何も?」眉をひそめる死神。


「問題なく、ビルの外に出た」


「え、途中で燃え移ってきたとかはなく?」


「ああ。熱くもなかったよ」


「そりゃお前はな。熱も寒さも感じねえだろ」


「遠かった、燃え移ってこなかった、ということの比喩だよ」


「だったら、どこでだ?」


「急ぐなって。もう少し後。このすぐ後に出てくるから」




「おぉ、ボヤじゃねえんだな」


 首を傾ける。隣の燃えているビルは七階建て。下の一から三階が飲食店や雑貨屋や雀荘などが入っており、上は住居となっている構造で、屋上には緑色で高い金網がある。


 火の元は三階の雀荘。こちらから見える大きな窓ガラス四枚は割れており、赤とオレンジの炎が外へと噴き出ていた。


 炎はビル全体を飲み込もうと、既に二階と四階にまで燃え広がっていた。もう少しで五階にも移りつつある。


「ガラスが割れる恐れがあります。近づかないで下さい」


 近くの交番からやってきたのだろう、初老の男性警官が横に大きく手を伸ばしていた。群がる野次馬に、下がるように両手を振るジェスチャーをしている。


 規制されているのにもかかわらず、野次馬は興味のおもむくままに、スマホのカメラレンズを燃え盛るビルに向けた。こんなこと滅多に経験できないぞ、と言わんばかりに目を輝かせている者もいる。


「そこ下がってっ」


 警官の声ともに、ガラスが割れる音が聞こえた。見上げると、熱で溶けたのか、煙や気圧に耐えられなかったのか。


 キャアという悲鳴が上がる。同時に、野次馬は後退した。あれほどまで立ち止まって、むしろさりげなく近づこうと目論みていたのに。いくら忠告をしても、実害が無ければ効果が虚しいというのは、いつの世も同じだ。


「酷い有様だな」


 死確者は燃えるビルに腕を組みながら、眺めていた。


「駄目ですっ」


 男の叫ぶ声。視線が集まる。


 派手なメイクの女性が警官を押しのけて、ビルに向かおうとしていた。

 一方警官は、彼女の両腕を掴み、必死に止めようとしていた。

 その隣で別の警官と攻防をしている男性もいた。女性よりは老けてはいるものの、同じく派手な格好をしている。


「やめてっ、離してっ」


 女性はつんざいて叫ぶも、警官は「いけませんっ」と引く気配はなかった。


「中に、部屋にまだマー君が……息子がいるんですっ」


 えっ?

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